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歌姫の決定


 リアナとセリーナは顔色を悪くして立っていた。先ほどの自信ありげな態度はすでに消えていた。

 二人はあたりを伺うように視線をうろつかせている。


「流石にこれだけの人が見ている中での披露です。緊張するのも分かります。ですがこの程度の規模で緊張するのなら、大祭でのお役目は果たせません。それにここにおられる方々はあなた方が初めての披露だとわかっておりますから、多少の失敗は大目に見てくださいますよ」


 神官長は意外と性格が悪いみたいだ。宥めるような言い方で、しっかりと逃げ道を塞いでいる。もし万が一、ここで歌を披露しない場合は、神を欺き詐称していたとして社会から爪弾きにあってしまうだろう。

 神殿の在り方を知っている貴族なら、色合いがやや怪しい二人が長年候補に残っている理由に気がついているはずだ。そのことに気がついている人たちはどこか楽し気で、意地の悪い視線を向けている。


 二人はどうするのだろうと思っていたら、わたしの方へと二人の視線が向いた。


「では順番は彼女からにしてください」

「わたし、ですか?」


 何故わたしが一番に歌うことになるのだろう。不思議すぎて首を傾げた。


「ええ。わたくしから歌ってもいいけれど、そうなるとあなたの出番がなくなってしまうでしょう?」


 どうやら、優しさらしい。このまま受け入れてもいいけれど、なんとなく釈然としない。


「自信があるのなら、リアナ様からどうぞ。リアナ様かセリーナ様のどちらかが歌姫であるなら、わたしは披露する必要がなくなりますから」


 とりあえず言ってみれば、リアナとセリーナの顔が歪んだ。その表情はリアナとセリーナが自分が歌姫ではないことを知っているのだと告げていた。


「せっかく盛り上がっているところを申し訳ないけど、このままでは茶会が始まらないわ」


 微妙な空気が漂い始めたころに、澄んだ声が響いた。大きな声ではないが、会場の注意を十分に引いた。皆の視線がそちらに向く。


「母上」


 カイデンがぽつりと呟いた。18年前に見た時と変わらず美しい女性がそこにいた。彼女は年を重ねても老いを感じさせず、以前よりも輝きを増していた。


「カイデンがエスコートしている貴女、名前は?」

「ミンディと言います」


 優雅に見えるように気を付けながら、膝を折って挨拶をする。寵姫は目を細めてほほ笑んだ。


「ミンディ、貴女から披露しなさい。カイデンがエスコートするのにふさわしいところを見せればいいわ」


 そう言われても、と思いちらりと神官長を見る。彼は仕方がないと肩を竦めた。今日は彼女の主催しているお茶会だ。彼女の要望が一番という事なのだろう。


「わかりました。では、一番に歌わせてもらいます」

「よろしくね。彼女の後はバンクス伯爵令嬢、コムリーさんの順番でお願いね」

「承知しました」


 二人は渋々その順番を受け入れた。

 こうしてお茶会は急遽、歌姫候補の歌の披露へと変わった。



******


 庭の中央に立ち、ぐるりと囲うように席が用意される。

 準備が終わったのを見て、わたしは一度目を閉じて、息を整えた。


 心に思い描くのは神界にいる神と兄姉たち。

 歌声は空に届き、天と地を繋ぐ。二つの世界を繋ぎ、神が世界の歪みを整える。


 強く神を思い、歌い始めた。










 歌が終わって周囲を見れば、しんと静まっていた。誰もがその歌声に驚き、声が出ない。


「これほどとは……」


 しばらくするとうっとりとしたため息とともに、そんな言葉が聞こえた。

 もしかしたら歌姫の歌の意味を知らないのかもしれないと思い至った。貴族の人たちがその程度であるのなら、確かに歌が上手い程度でいいはずだと思うわけだ。


「空が……」


 誰かが声を上げた。つられて上を見れば、雲一つない青空は柔らかな黄金のベールがゆらゆらと揺れていた。天界から歌声が届いたという合図である。この後、指定されている歌を歌うと、どんどん変化していくのだが、今歌ったのはほんの一部。歌が続かないので、すぐに黄金のベールは空に薄く広がり溶けていく。


「これは素晴らしい。神に届いたようですね。それでは次はリアナ様、どうぞお願いします」


 神官長は目を細めて嬉しそうに呟いた後、リアナに顔を向けた。リアナは茫然として空を見上げていたが、神官長の言葉に顔を歪めた。


「わたくしが歌う意味がありますの?」

「ありますよ。もしかしたら歌姫は一人ではないかもしれませんから」

「わたくしは……」


 リアナがなおも言いつのろうとしたとき、誰かがリアナとセリーナを指さした。皆が空から二人に注目する。


 二人の髪が根元から徐々に白く色が抜けていった。ざわめく声に二人も異変に気がついたようだ。慌てて、毛先を手に取っている。

 完全に白く抜けた時、二人は悲鳴を上げた。


「いやああ」

「どうして?!」


 理由は明白なのだが、二人の混乱ぶりはひどかった。取り乱す二人は先ほどまでの自信満々な歌姫候補ではなかった。


「二人を別室に連れて行きなさい」


 寵姫が冷静にそう指示をした。指示されて、二人は家の者に抱きかかえられて会場を後にする。その後姿を見送っていたら、カイデンがわたしの肩をそっと抱いた。


「君が歌姫だ。挨拶を」

「え、今?!」

「簡単でいい。すぐに下がるから」


 そう言われてしまえば仕方がないので、先ほど歌った場所まで出た。歌姫は王族に次ぐ地位になるため、先ほどのような膝を折るような礼はしない。


 これが正解だったかな、と内心焦りながらも、右手を左胸に当て、左手でドレスの裾を摘まむ。綺麗に見せるために少しだけ膝を曲げたが、頭を下げなくてよかったはずと何とか形にした。


 ぱん、と拍手がどこからか鳴れば、すぐに沸き上がるような拍手が響いた。その迫力に狼狽えたが、すぐにカイデンがわたしの手を取る。


「歌姫である彼女は私と婚約を結ぶことになる。後日、改めて披露の場を設けたい」


 そんな挨拶をすると、彼はゆっくりと歩き始める。私もその動きに合わせて足を動かした。神官長の前を通った時、彼は嬉しそうな顔でカイデンに話しかけた。


「約束通りミンディは殿下の婚約者となります。どうか、彼女を大切にしてください」

「今まで守ってくれて感謝する」


 うん?

 どういうことだろう?


 なんだか二人の会話を聞いていると、カイデンはわたしのことを知っているかのようだ。


「説明は後で。ミュー」


 ミューと再び言われて唖然とした。目を大きく見開き彼を見上げる。


「え? あの?」


 訳が分からないまま、カイデンに連れられて会場を後にした。




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