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神殿での生活



 神殿に引き取られてから、生活が一変した。


 神殿では普通の仕事は免除されていて、自分のことは最低限行うが、掃除や洗濯、食事の用意などはしなくてよくなった。


 その代わりに、勉強をすることになった。最低限の文字と計算は孤児院長に教わっていたが、それだけでは足りないらしい。毎日毎日、流麗な文字が書けるように文字の書き取り、行儀作法、さらにはダンスまで。その後に歌の練習だ。


 初めの頃は一日中勉強しているのが苦痛でどうしようもなかったが、こんな生活を1カ月も続けていれば少しは慣れてくる。


 ミミズがのたくったような字が目に見えて上手になり、お辞儀も褒められるようになってきた。ダンスもまだぎこちないものの、足運びは間違わなくなった。


 ちょっとした上達でも先生をしている神官たちは大げさに褒めてくれるので、もう少しやろうかと乗せられてしまう。自分でもちょろいと思いながらも、褒められると珍しいお菓子が出てくるのだからやるしかない。


 歌は苦労することなく上達した。練習すればするほど声が伸び、出せる音域が広がる。上達が目に見えてわかるので、ますますやる気になった。


 神さまのお手伝いが歌を歌うことだと知ったのは歌の練習後の座学の時だ。教えてくれる神官の話をよくよく聞けば、歌姫に選ばれた少女がある歌を歌うと、世界が浄化されるのだそうだ。


 世界の浄化と言われて、首を捻る。世界の歪みは人間たちにはわからないから、そういう話になっているようだ。


 ちなみにこの世界が穢れていくのは、人間の欲が徐々に溜まるかららしい。

 世界が滞るから直す、という程度の認識しか神界にはないため、もっともらしい理屈が凄いと感心してしまう。


「歌うことで浄化されたとわかるものですか?」

「ちゃんと神聖書を読んでいれば知ることができるけど、あまり認識している一般の人は少ないね」

「神聖書?」

「神殿の行動指針というのか、あり方を描いた書物だよ。基本的には神殿というのは、神託の実行者なんだ。神殿が絶対に守らなくてはいけないことは、過去に受けた神託をきちんと守れているかどうかだけだ。それ以外は結構自由」


 なんだかちょっと思っていたのと違う。

 変な顔をしていたのか、神官がニヤニヤと笑った。


「ここに住んでいるうちにわかると思うけど、自分の欲望を叶えたいためにお布施をする。それで神殿側は過去の神託の範囲を調べて、その欲望が抵触していないか判断する。抵触していれば、ダメだからこちらと指示して、抵触していなければそのままを勧める」

「……そういうもの?」

「そういうもの。だからね、今ちょっと困っているんだよね」


 はははは、と他人事のように神官は笑う。


「おいおい、それ以上、まっさらな子供に裏側を教えるな。もう少し何かに包め」


 呆れたような声が割り込んだ。神官とわたしは顔を上げる。


「神官長、珍しいですね」


 神官は神官長を見て立ち上がった。ゆったりとした神殿独特の挨拶をする。神官長も軽く手を上げてそれに応えた。神官長はわたしを迎えに来た人だ。神殿の中では大神官、神官長、上級神官、神官、見習いと格が決まっている。神官長は神殿内の2番目に偉い人だった。


「ここでの生活は慣れてきたかな?」

「はい。色々教えてもらっています」


 とりあえず無難に答えておく。神官長は神官の隣に座った。


「夢を持ち続けたいのなら、話半分に聞くことがコツだ」

「ええ、と」


 どう答えていいのかわからなくて、視線をうろつかせた。神官は肩を竦めた。


「別にいいでしょう。ここで暮らして言ったらすぐにわかることですから。知らない方が悩みますよ」

「そういうものかね」

「現実を知るのは自分を守る上でも大切なことです。今のままだと、この子、歌姫になれないじゃないですか」

「歌姫になれない? わたしが歌姫でしょう?」


 不思議な言葉に思わず神官長を見る。彼は苦笑していた。


「歌姫になりたい二人の候補がお金をたくさん積んでいてね。この際だから、半年ぐらい焦らしてそれぞれの陣営からお金をもらおうかという話になっている」

「はい?」

「最終的には神託を守らないわけじゃない。だから、君は歌の練習をしているだろう?」

 

 それでいいのか。ぶっちゃけすぎだと思う。


 そんな気持ちが顔に出たのか、神官がさらっと答えた。


「運営費はいるし、神殿で働いている人たちを養わなくてはいけないからね。食事も服もタダじゃない」


 ああ、うん。貧乏な孤児院で暮らしてきたからお金の大切さは知っている。でも神殿なんだから、もっと気持ちが清々しくなることをしなくていいのかと思ってしまう。でも神さまも特に信仰心を欲しているわけではないから、自分の下ろした神託が実行されれば気にならないのかもしれない。


「神官長はそれを伝えに来たのですか?」

「様子を見るついでにだ。先ほど、彼女の歌が聞こえていたが、とても素晴らしいものだった。もっと練習を重ねれば、神に届くほどになるだろう。無理がない程度にもっと練習を増やせばいい」

「歌の練習を増やすのは嬉しいですけど、わたし一人だけ教えるわけにはいかないでしょう?」


 神殿で教えてもらっている歌は少し特殊だ。今は使われていない文字とかもある。それに、この歌は神託によって伝えられたと聞いてるので、神殿の外には出せないと思う。


「今は歌を練習しているのは一人だから問題ない」


 驚いて口があんぐりとあく。


「え? 一人だけ? 他の人も歌姫候補ですよね?」

「そうだね。でも歌姫候補と言い張りながら、歌について問い合わせられたことがない」


 もういいや。

 歌姫候補と言われている他の二人は歌姫の仕事をしたいわけではなく、その後に続く結婚がしたいだけだ。だから、神にささげる歌を教わりに来ない。

 知っていて神殿も黙っている。だって相手が言ってこないわけだし、歌姫ではないと知っているから。


 大人の汚い部分は見るべきじゃない。

 本当にそう思う。



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