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歌姫候補になりました


 彼とも会えない、神さまの手伝いも進まない状況で毎日を過ごしていた。


 内心はとても焦ってはいたが、子供であるわたしがどうあがいても何もできない。せめて貴族の娘であったり、ちょっと裕福な平民であったらもっとできることはあったかもしれない。


「あー! 腹立つ!」


 何も言ってこない神さまにもイライラしていた。そのイライラを解消するために与えられた仕事をこなす。


 ぶちぶちぶち。


 今日は外の掃除担当だったので、八つ当たり気味に草を毟る。いい感じに成長している草は毟れば毟るほど、成果が目に見えるのでひたすら引っこ抜いていた。


 無心になれと自分に言い聞かせるものの、すぐさま思考は彼と神さまの手伝いへと向いてしまう。

 相当焦っていると自分でも思うのだが、どうしようもない。わたしはすでに10歳なのだ。流石にまずい。


「ああ、こんなところにいた」


 一人でぶつぶつと呟きながら仕事をしていたわたしの所に、院長先生がやってきた。驚いて顔を上げる。院長先生は一人ではなかった。神官の制服を着た優しい顔のおじさんが一緒だ。


 どうしたことだろうと慌てて立ち上がって、服についた汚れを払う。ドロドロではなかったが、あまり綺麗な格好ではない。いつもならお客様が来る時には一番良い服を着て綺麗にする。それもしないままお客様に会わせられて驚いた。


「あの、わたし、汚れているから」


 とにかく近づいてくる神官と距離をとろうと声を出した。


「ああ。これは素晴らしい。きっと彼女で間違いない」

「この子は確かに黒髪と深みのある紫の瞳を持ちますが、それにしても……」


 院長先生が不安そうに言葉を濁す。神官はにこにことどこか嬉しそうだ。院長先生と神官の温度差が凄まじい。できればこのまま帰ってもらいたいと院長先生は思っているようだ。


 二人の話している内容がよくわからず、わたしは二人をじっと見守っていた。

 わたしの視線を感じたのか、神官がわたしに声を掛ける。


「実はね。君は歌姫の候補として選ばれたんだ」

「歌姫?」

「神託があったのだよ。候補としたのは他にも条件に合う子供がいるためだ」


 神託ときいて、ああ、と納得した。流石に神さまもこのままではらちが明かないと思ったのだろう。それなのに、候補というのはどういうことなんだろう?


 不思議そうに首を傾げれば、神官は困ったような笑顔を浮かべた。


「神託では、黒髪に紫の瞳を持った10歳前後の乙女、となっていた。この国では紫の瞳を持つ人間がとても少なく、その上黒髪となればもっと少ないのだが、似たような色だと言い張る人たちが二人ほどいてね」

「……それでいいんですか?」


 間違いなく神さまはわたしを指定しているはずなのだけど。


「よくはない。このままではお金を積んだ量で歌姫が決まってしまう」


 それはまずいでしょう。

 役割があって神託が下り、歌姫を決めるわけだから。


 それがお金で買えてしまうなんて、下界というのは理解しがたい。信仰心の欠片もありはしない。でもそういう欲が人間であり、信仰も権力の一端でしかないのだろうと思う。


「背中を見せてもらってもいいだろうか?」

「はい?」


 突然の申し入れに目を見開いた。乙女の肌をこのおっさんは見ようというのか。

 身の危険を感じて思わず、後ろに下がる。孤児院長もこの言葉には眉をひそめた。


「失礼ですが、いくら子供とはいえ女性に言う言葉ではございませんよ」

「ああ、申し訳ない! 言葉が足らなかった。用意したドレスを着てもらいたい」

「それって変態的なドレスなんでしょうか?」


 警戒心も露に告げれば、神官は目に見えて慌てた。


「いや、そういうわけじゃなくて、これは必要な確認であって……!」


 色々と問答した結果、ドレスを着ることになった。ドレスを着せることに孤児院長はとても不快感を表したが、それが歌姫候補の確認のためだと言われてしまえば容認せざるを得ない。その代わり、孤児院長も立会いの下、ドレス姿を見せることになった。


 一人部屋に戻り、手にしたドレスを広げた。上等な布でできたドレスで、形はとてもシンプル。飾りはほとんどなかったが、よく見ればドレス裾と襟ぐりに華やかな模様の刺繍が施されていた。布と同じ色で刺してあるため、目を引く華やかさはないが十分に手が込んでいて贅沢な作りだ。


 わたしは一度体を綺麗にしてから、そのドレスを身に纏った。上半身はぴったりとしていて、肩が大きくむき出しになっている。今まで着たことのないドレスに戸惑いながらも、神官と孤児院長の待つ部屋へと向かう。


 部屋に入れば、二人の視線がすぐに向けられた。

 神官は長椅子から立ち上がると、じっとわたしを見下ろした。


「一回転してもらえないかな?」

「こう、ですか?」


 言われるままぎこちなく回る。彼は何かを確認するように見つめた。


「ああ、やはりありましたね」

「何が?」

「神託を受けた時に一つだけ条件が隠されました」


 隠された条件?


 首を傾げれば、神官は笑った。


「背中に薔薇の痣があることです」

「え?!」


 驚いて自分の背中を見るように顔を捻る。なんとなく背中に小さな青い痣が見えた。それが薔薇なのかどうかはわからないが、昨日まではこんなものなかったはずだ。


「でもこのことは秘密にしておいてください。きっと他の二人の候補にはないものです」

「わたしだとわかっているのに、候補のままでいるの?」

「ええ。神殿も半分は営利目的ですから」


 今、さらっと凄いことを言った。孤児院長も固まったがすぐに何かを理解した笑顔になる。


「どうしてそこまでして歌姫になりたいの?」

「神託を受けた歌姫は神の愛し子。そのため王家から歌姫を第2王子と結婚させるとお言葉を頂いています」

「……なるほど」


 神さまの愛し子になりたいというよりは、第二王子と結婚し、王族になりたいという欲の方が強いらしい。


 歌姫になることで普通なら候補にも上がらない身分の女性が王子と結婚できるのだ。貴族や商売人ならとても欲しい繋がりだ。平民だって生活水準が変わるのだから、やはり結婚できるならしたいはずだ。それぐらい魅力的であれば、邪魔だと本物の歌姫であるわたしが害されるかもしれない。


 でも、腑に落ちないこともある。いくら人間が歌姫と認めても、天に届くほどの歌を歌わなければ神罰が下る……はず。もしかしたら、誰でも良くなったのだろうか。


 手伝いの内容をいい加減に覚えているだけだったので、よくわからない。10年も無駄にしてきたから、そういう変更もあったかもしれない。


「他の候補の方はどんな人たちですか?」

「一人は伯爵家のご令嬢です。もう一人は王都でも1、2を争う商家の娘ですね」

「……わたし、すごく不利じゃないですか?」

「今すぐ周囲を納得させて、貴女を歌姫とするには少し難しいのは本当です」


 やっぱり神さまはいい加減だ。もっと高い身分の所に生まれていたら、こんな苦労はいらなかったはずだ。


 悶々としながらも、一歩前進したと考えることにした。

 このままここにいるよりは、彼に会える確率も上がったと思いたい。



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