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もう一度下界へ


 ――世の中はそんなに甘くない。


 人間の体をもらったおかげなのか、猫の頃よりも記憶がはっきりとしている。わたしはいわゆる神の眷属で、愛し子と言われる存在だ。


 ここがポイントで、別に愛し子だからといっても一人ではない。沢山の兄や姉たちがいる。しいて言うのなら、わたしは末の愛し子で兄姉たちにはとても大切にされていて、愛し子としての仕事の経験が全くない。

 そのため、愛し子としての格を上げていくため、神の手伝いをすることになった。


 神の眷属としてこの世界の乱れを正常に戻すことが手伝いの内容だったが、前回猫の体だったせいなのか、まったくその手伝いを思い出さなかった。


 初めての下界、初めての肉体。

 なんでもかんでもハジメテ尽くし。しかも肉体は寒いところが駄目という特典付き。

 下界に降りて真っ先に思ったのはこんなの聞いていない! ってやつだ。


 どうしていいのかわからず寒くて丸くなっていれば、優しい王子に拾われた。そこからすっかり自分の役割を忘れ、自堕落な猫生を満喫していた。


 お仕置きは嫌だったから、もう一度、やり直しのチャンスをもらった。

 ただね、これはないと思う。


 神さまの言葉通りに人間に生まれたけど、生まれた先が問題だ。両親に捨てられたのか、孤児院の前に置き去りにされた赤子だった。孤児院の優しいおばあちゃん院長先生に見つけられ、そのまま引き取られた。


 彼の側に行かせてあげると言っていた神さまの言葉を信じて5年の間、孤児院で大人しく待っていた。


 でもいくら待っても、孤児院に彼が来る様子はないし、孤児院から出られる様子もない。

 ようやく神さまの約束がいい加減だということに気がついた。仕事の手伝いも曖昧な情報しかもらっていない。


 神さまの手伝いよりも、まずは彼の側に行こうと決心した。彼に会った後に神さまの手伝いをすればいい。はっきりしない神さまが悪い。


 とにもかくにも、あんな別れ方をした彼が心配だった。周囲の人間は彼を感情の乏しい人間と思っていたけど、本当は違う。

 早くそばに行って、彼を慰めてあげないと。きっと陰で泣いている。


 猫だった時は知らなかったけど、第2王子である彼に平民、しかも孤児は近づけない。そもそも同じ空間に存在できない。

 この世に人として生を授かってから、ちらりとも彼に会えていない。これはある意味、お仕置きなのかとさえ勘ぐってしまう。


 幸い、第2王子である彼はよく視察で王都を見回っていた。自分で行動しようと動き出して、すぐに彼が視察を行っていることを知った。行きつけのお店のおばちゃんが教えてくれたのだ。


 視察の日と場所を聞いて、彼の視界に入ろうと近づこうと何度か頑張った。彼は第2王子だから、ある程度の予定は手に入れることが可能なのだ。街の人は興味があるのか、本当によく知っている。だが残念なことに、一度も成功していなかった。


 今日こそは、彼の元にたどり着いて見せる。

 そう意気込んで、じっとその時を待つ。


「お嬢ちゃん。また来たね」


 隠れていたはずなのに、ひょいっと後ろから腕が回されて体が浮いた。軽々と持ち上げられて、慌てて足をばたつかせる。彼の護衛騎士だ。


「ほわあああ!」


 視察で使う道にはこうして騎士団が厳重に警備していた。何度か突撃しているので、数人はすでに顔を知っている。この騎士団は人がいいのか、子供であるわたしにひどいことはしない。


「今日はダメだ。殿下が視察に来るからな。大人しく見えないところに行こうな」

「王子様! 会いたい!」

「あれ。またその子、来たんだ」


 私の体を持ち上げている騎士の同僚がやってきた。敵が二倍だ。この二人を出し抜いて、近づかねばならない。うぐぐぐと太い腕を摘まんだり、引っ掻いたりした。


「うわ、いつみても可愛い。ほっぺは艶々すべすべ。髪はさらさら。ほら、今日は人気のある飴を持ってきたよ」


 捕まっているわたしの目の前に綺麗な飴の瓶が突き付けられた。ころんとした小さめの瓶の中には青やピンクの可愛らしい色の飴が入っている。


「これ、あっちの隅の方で食べようか?」


 にっこりと笑う騎士は変態臭のする言動はするが、なかなかに人当たりがいい。優し気な笑顔に自分の要求を告げた。


「飴より王子様に会いたい!」

「へえ。殿下はこんな小さい子にも人気だねぇ。やっぱり顔なのかな? 絵本の中に出てくる王子様そのものだもんなぁ。小さくても女なんだね」

「顔じゃないもん! 王子様、優しいのよ」

「絵本の定番だよね。王子はかっこよくて優しい。でもね、王子だって鼻をほじるし、トイレも行く。髭だって手入れをしなければ伸び放題だ。普通の男なんだからあまり期待しちゃだめだ」


 その言い方が嫌で、ムカッとした。


「鼻なんてほじらないし、トイレなんて絶対に行かない」

「本気で言っているところが可愛い」


 怒りをあらわにしているのに、彼は何故かわたしの頭を丁寧に撫でる。ついでに頬とかも撫でられた。振り払いたいが、彼の撫でる手は恐ろしいほど気持ちよいのだ。


「殿下を貶めるとこいつが怒るから、そんな風に言うな。殿下はトイレもいかないし、鼻もほじらないとしておけ」

「隊長も無茶言いますね。でも、怒ったところも可愛いからいいじゃないですか」


 どんな趣味しているんだ! と憤慨しながらバタバタした。わたしを持ち上げていた騎士がふうっとため息をついた。


「飴が嫌なら、一緒にケーキでも食いに行くか?」

「ケーキ?」

「あ! 隊長、ズルい!」


 飴の瓶を持った騎士がそう非難した。隊長と呼ばれたわたしを抱えた騎士はにやりと笑う。


「ズルくはないぞ。このお嬢ちゃんを殿下に近づけないのは俺の仕事だ。ということで、これからケーキ食いに行く」

「そんな賄賂は受け取らない!」

「そうかー? すごい美味いらしい。ふわふわのスポンジにたっぷりのクリーム。上には苺が乗っているそうだ」

「う……」


 想像したら涎がじゅわりと口の中に出てきた。猫だった時に彼によく貰っていた。すごくすごくおいしいのだ。人間になってからは孤児院で生活をしているから、一度も口にしていない。


「我慢はよくないよ。殿下なんて今日見逃しても少しも減らないし、毎月ここを通るんだから、また次でいいんじゃない?」


 悪魔の誘惑に陥落した。

 しっかりとケーキを堪能し、お土産に飴の瓶ももらって、頭を何人かの騎士にぐりぐりと撫でられ孤児院へ帰る。

 そして自分の部屋に入って、はっと打ちのめされた。


 今回もうまく言いくるめられて、彼に会えなかった。


 くぅ!

 何という屈辱。

 わたしを撫で回していいのは彼だけなのに。騎士たちのごつくて温かくて大きな手が気持ちいいと感じてしまう。

 彼らから渡される菓子につい絆されてしまう。


 ああ、なんて罪作りな女に生まれてしまったのだろう。男に撫でられ、貢がれるなんて。

 幼いうちからこれでは、将来悪女になってしまいそうだ。


 そんな失敗を重ね、しみじみ思う。

 猫は便利だ。街中も王城も好きに出入りできた。彼の住む奥の離宮だって、庭のようなもの。

 護衛騎士の鉄壁の防御にまったく勝てず、どうすればいいのかとしょんぼりと過ごしていた。



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