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間違った最期

 

 わたしはずっと彼の側にいた。


 気がついた時にはすでにわたしは彼のものだった。いつだって彼の側にいて、彼の現実を見つめていた。

 何もできずに、ただただ傷ついている彼にそっと寄りそう。できてしまった心の傷が少しでも癒されればいい、と自らの温もりを与える。頬を彼に擦りつければ、彼は笑みを浮かべて抱きしめてくる。


「心配してくれるの? 大丈夫だよ」


 本当に?


 心無い大人たちの噂話はとても残酷だ。でもそれは彼の現実でもある。だから彼はこっそりと泣いて、その後はぐっと頭を上げる。

 幼いながらも整った優しい顔立ち、顔の周りを飾る金の柔らかい巻き毛。

 とても中性的な美しさだけど、彼の一番の美しさはその強い意志を秘めた薄青色の瞳だ。まっすぐに前を見る彼はとても強い。


 そんな彼の側にいたわたしはよく虐められていた。高貴な生まれである彼の側にいるには、とても不相応なんだそうだ。

 彼がいない時にわざと追い掛け回されたり、用意されていたはずの食事が捨てられていたり、水を掛けられたりもした。寒い冬には大きな池に落とされた。


 いつも困った状態になっていると、彼はどうやって知るのかすぐにやってきてわたしを見つけ、彼の部屋に連れて行ってくれる。

 わたしにつらく当たった人たちをすぐさま排除した。そこまでしなくてもいいと思っているけど、彼らを許さなかった。特にわたしを池に落とした男の子は二度と彼の前に現れなかった。


「大丈夫だよ。僕が君を守るから」


 そう囁いて、そっと目元にキスをする。彼がキスをするときに顔が近づくから、ドキドキして思わず目を閉じてしまう。柔らかな唇が少しだけ触れてすぐに離れる。そんな親愛を表すキスだったけど、不思議と頭の中まで沸騰してしまいそうだった。


 わたしは彼に守られながら、ずっと側にいた。

 その関係が途切れたのは、暖かな日差しの茶会の席だった。外で行われた茶会は沢山の貴族たちが招待されていた。


 その中心にいたのが彼だ。彼は8歳になっていて、彼のお披露目も兼ねていた。

 綺麗な女性が楽し気に彼の紹介をする。彼と同じ金髪であるが、彼女は濃い緑の瞳をしていた。立っているだけで華やかになる存在感。国王の寵姫で、彼の母親だ。

 王妃との仲があまりよくない王様は寵姫の息子である彼をとても可愛がっていた。それは彼が王太子になるのではないかと噂されてしまうほど。


 でもわたしは知っている。

 彼は王にはなりたいとは思っていないことを。


 彼の異母兄は彼よりも5つ年上で、とても優秀だと彼は言っていた。ずっと王妃の息子として、第一王子として、血のにじむほどの努力をしているのだと教えてくれた。


 でも、貴族たちは寵姫を母に持つ彼を王太子にしようとしていた。それがとても嫌で、その上、色々なところから暗殺者も送られていた。


 そう、今日みたいに。


 どうして気がついたのか、わからない。彼が心配で少し離れた位置から彼を見守っていた。彼は卒なく挨拶を行い、声を掛けてくる令嬢令息たちに応えている。その死角の所で何かが光った。


 危ない、と慌てて彼の方へと飛び出した。


「ミュー!」


 体当たりしたわたしに彼は悲痛な声でわたしの名前を叫んだ。意識が飛んでしまいそうなほどの痛みに、はくはくと息をした。力なく自分の腹を見れば、鋭くて細い金属が鈍い光を放っていた。背中から突き刺さり薄い腹を突き抜けていた。

 男が舌打ちをして、わたしを貫通した物を引き抜いた。その動きに声にならない悲鳴を上げる。


「誰か! この男を取り押さえろ! あと、侍医を呼んでくれ」


 必死に助けを呼ぶ彼の声に、わたしはうっすらと目を開けた。血を止めたいのか、彼の上着が知らないうちにわたしの傷口に当てられていた。綺麗な薄青の瞳に涙が浮かび上がる。


「大丈夫だ。すぐに侍医が来る。死なないでくれ」


 取り乱して彼はそんなことを言っている。


 綺麗な顔は悲しみしか浮かんでいなかったが、それでも彼が無事でよかったとほっとした。

 どうして飛び出してきたのだと怒るよりも、頑張ったんだね、ありがとうと言ってほしかったのに。彼はちっとも嬉しそうじゃなかった。


 何か間違えたみたい。











 でもね。

 これだけは言える。









 貴方が生きていてくれてよかった。

 もうそばにいられないけど、幸せになってほしい。

 心から願った。








 でもでもでも!

 もし、もう一度、彼の側にいられるのなら側にいたい。


 いつものように一緒におやつを食べて、勉強の合間に庭を歩いて、一緒にお昼寝して。

 時々、撫でてもらって。

 彼に優しく撫でられると、うっとりするほど気持ちいい。

 彼の手は極上なのだ。



「ふうん。そんなにも彼が好き?」

「にゃー (訳:大好き)」

「おやつをくれて優しくしてくれた? そんな人間、山ほどいると思うけど」

「にゃーっ!! (訳:そんなことない!!)」


 彼を馬鹿にされて本気で怒った。体中の毛を逆立てて、しゃーしゃー唸りながら威嚇した。


「そう怒らない。ちょっと目を離した隙に随分ケモノっぽくなってしまって……記憶も曖昧だ」

「にゃにゃ?? (訳:記憶?)」


 男の言う言葉がよく理解できずに首を傾げた。男はふわりと笑う。


「まあいいか。君は今度こそちゃんと私の手伝いをしなさい」

「にゃあ? (訳:手伝い?)」

「その代わり、彼の側に人間として生まれ変わらせてあげるよ。いい取引だと思わないか?」


 思うけど、何となく胡散臭い。そもそもこの男は何なんだ?!


 突然現れた男はふっと、笑った。強い日の光を集めたような金の髪はさらさらしていて、彫刻が動いているのではないだろうかと疑いたくなるほどの整った顔立ちをしている。印象は強烈なのに、意識にあまり残らない不思議。


 でも、どこかで見たことがある。

 どこで?


 薄い唇が笑みの形になると、何とも言い難い何かが沸き上がってくる。逃げたいのに逃げられないような、そんな気分だ。


「その警戒はもっと早くにするべきだったね。私の愛し子。君は私の仕事を手伝うために下界に降りてきたんだよ。忘れてしまったようだ。いつまでたっても手伝いをする気配がないから来てみれば、いつの間にか男に肩入れしている。これはお仕置きが必要か」

「にゃー! にゃん! (訳:お仕置き! いや!)」


 慌てて逃げようとしたが、すでに摘ままれている。ばたばたと手足を動かすことしかできない。


「さて、どうする? 手伝いが嫌ならこのまま神界に連れて帰ってお仕置きをするけど」

「にゃにゃにゃ! (訳:やるやるやる!)」


 お仕置きは嫌だ。

 彼の側に行けるのなら、面倒な手伝いをする方がきっといいに違いない。

 その手伝い、ちゃちゃちゃとやってみせましょう!


 にゃん、にゃん、にゃー! (訳:えいえいおー)



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