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救世主、はじめました。  作者: ななこ
1/1

1、動く掃除道具入れ




 学校にあるもう使われていない物置――旧倉庫。

 そこは、俺たち救世主の居場所。


 壊れかけた地球儀、内臓の飛び出かけた人体模型。

 使われていない辞書や古書が詰まった本棚。


 全て埃をかぶっていて、息を吹きかけたらふんわりと埃が舞う――……。


「ゴホゴホッ!!」

「あんたらちょっとは掃除しなさいよ!」


 バサバサバサバサ、と久保田くぼた真由まゆがはたきで古いパソコンの埃を俺たちに向かって猛スピードではたきおとす。

 その埃はまるで豪雪のように降りかかってきた。


「お、おい! やめろよ! 汚いだろ!」

「はあ!? 自分たちの席だけ確保して、なにゆっくりくつろいでんのよ! 労働しない男なんて、埃まみれになってしまえばいいのよ!」


 あーっはっはっは、と豪快に笑って埃を払いまくる彼女は、眼鏡をかけた変態。

 前下がりボブで前髪が短い。


 まさにオン・ザ・マユゲ。


 隙あらば女子生徒の下着を覗こうとする巨乳女子。


 って、お前は男子か!


「へっくしょん!」


 もろに埃をかぶった才木さいき祐二ゆうじがくしゃみをする。


「もー、久保田さん! ちゃんと掃除するからさー、埃を払う方向を気にしてよー」


 ずび、と鼻水をすする彼はヤンキーみたいな見た目をしているのに、人に優しい。


 頭は尖がっているのに、全然性格は尖がっていない。

 垂れ目なのも相まって、彼はただひたすら丸い。


 部屋の片隅に積み上げられた穴の開いたソファーを動かしてゆく。


 中学の時は相当なイケメンだったらしいが、何がどうしたら今の見た目になるのか不思議過ぎる。


 彼自身の黒歴史真っ只中なのか?


「久保田さん、テーブル綺麗に拭けたよ?」


 本棚からひょっこりと顔を覗かせて、ふんわりと笑う彼女は志田しだ英莉菜えりな


 さらさらのロングヘアはハーフアップにされている。

 小柄でちょこちょこと動く姿は、まさにマスコット的存在。


 いつもにこにこと笑顔で愛らしい。

 

 だが、たまに笑顔のままショッキングな発言をする。

 要注意だ。


「英莉菜、ありがと。才木君、そのソファーを向こうに持って行って。さ、英莉菜! 二人でお茶しましょっか♪ 男ども抜きで❤」

「え? いいの? でも、久保田さん。みんなの分のお菓子はあるよ?」

「そんなの、私たちで食べたらいいのよ!」


 久保田さんはそっと英莉菜のお尻に手を添えている。


「あ、久保田さんが痴漢してる」


 祐二がぼそりと突っ込むと。


「女の子が女の子のお尻を触っても、痴漢にはならないのよ! あんたらが触ったら犯罪になるんだから! そこんとこ気を付けてよね。まあ、私の英莉菜の体は触らせないけどね! ささ、変な男どもは放っていて、お茶しましょっ!」


 二人は奥のスペースへ姿を消してゆく。


 奥も物置だったはずだけど。


 するとすかさず祐二が後を追いかける。


「え、酷い。俺はちゃんと椅子を運んだから、俺もまぜてー」

「あ、こら、才木君。何、乙女な事言ってんのよ!」


「いいじゃん、今日から俺も乙女の仲間入りしようかなー?」

「な、なんだと!?」


 俺だってお菓子、食べたい!


「俺も俺も~!」と座っていた背の低い本棚から腰を上げた俺。


 けれど奥へ行く手前で久保田さんが立ちふさがる。

 そして久保田さんの形相はまるで鬼のよう。


「は? あんたに食べさせるお菓子なんてないわよ。自分のパンツでも食べていればいいわ!」


 そう言って俺――わたり斗吾とうごの顔面に投げつけられたのは。


「きったねー! なんだよ、これ!」


 雑巾代わりに久保田さんが使っていた誰のかわからない、汚れた白いブリーフだった!



   ◆◆◆



 前置きで救世主なんてかっこよく言ってみたけど、ここの正式名称は78364(悩み無用)部。略してナミブ。


 超簡単に説明すると、悩みを解決する部だ。

 ぶっちゃけ、部を創設してまだ日がないため、未だに悩みを解決したことがない。


 俺の目標は友達を100人作ること!

 うおおお、頑張るぞいっ!


 そのために、この部を立ち上げたのだ。

 悩みを解決すれば友達がたくさんできると思ったからだ!


 そして部長は俺だ!


 彼らがこの部に入ってきたのは、もちろん俺がスカウトしたから。

 見違えるようにきれいになった倉庫――部室を眺めて俺は笑う。


「部屋、綺麗になったな!」

「ダサい下着履いてるあんたが言うな。目が腐っちゃうわよ、全く」


 すかさず突っ込みを入れる久保田さん。

 彼女は、透視能力を持っている。


「久保田さん、突っ込みの才能があるな! てか、勝手に人の下着言うな!」


 久保田さんはぼりぼりとクッキーを頬張っている。


「て、無視かよ!!」

「斗吾、心の声がダダ洩れだよ」


 そう笑うのは祐二。彼はテレパスだ。人の心の声が聞こえる。


「まあ、まあ、みんな、お菓子が美味しくなくなっちゃうよ」


 英莉菜はサイコメトラー。

 触れた物の過去を見ることができる。


「このクッキー……実は病気持ちの鶏の卵から作られたクッキーみたいだよ。数日後にその養鶏場の鳥たちが一掃されてる。このクッキー……食べても大丈夫なのかな?」


「英莉菜ちゃん、そういうこと言うのやめようよ……」と顔を引きつらせる祐二。

「そもそもその卵を使用しても、調理でその病原菌を殺せるのかってところよね。まあ、加熱してるし、大丈夫なんじゃないの?」とぼりぼり気にせず食べる久保田さん。

「いやいや、その卵回収しろよ! 販売するな!」と叫ぶ俺。


 議論が飛び交う中で、英莉菜は一人笑っている。


「ふふふ。冗談だよ」

 

 怖い。

 その笑顔が怖い。


 そして彼女は一つ食べただけで、それ以降クッキーを口に運んでいない。


 きっと彼女には視えていた。

 これは本当に病気を持っていた鶏の卵を使用したクッキーなのだと……。


「こんなの、食べれるかああああああ!」

「あ、斗吾!」


 何をしようとしたのか気が付いた祐二。

 けれど、止めに入るのが少し遅かった。


 俺が机をパンチした瞬間、テーブルが音を立てて爆発し、木くずが散った。

 怪しいクッキーが粉々になって宙を舞う。


「絵里奈、危ない! おいこら、渡! 机まで壊してどうすんのよ!」

「あ、ごめーん☆」


 ちなみに俺はデストロイヤー!

 壊すのは、俺の専売特許だぜ!


 そう、実はナミブ、超能力者の集団なんだぞ☆




「はい、気を取り直して、毎回恒例のお悩み相談箱を開けようと思います!」


 散らかった部屋をもう一度片付けて(俺だけ片付けさせられたあげく正座をさせられて数十分久保田さんからお説教された後)、俺はお悩み相談箱を手に持った。


「まともなのが入っていたらいいね」と英莉菜が笑う。

「絶対に入ってないでしょ」とどうでもよさそうに呟く久保田さん。

「ま、開けて見ないとわかんないからねー」と祐二が箱をひっくり返した。


 するとバサバサ、と数枚出てきた。


「割と入ってるね」


 俺はそのうちの一枚を手に取り、書いてある内容を読み上げる。


「女の子になりたい……これ、もしかして久保田さんが書いた?」

「は? 私はもともと女ですけど? 何か?」

「ですよねー。まあ、おふざけで書いた感じかな?」


「次見てみようかー」と祐二が紙を広げる。


「えーっと、この世から人参が消えますように……って、これは違うなー……。つーか、好き嫌いせずにちゃんと食べましょう」


「そのコメント、なんだかお母さんみたいだね」と英莉菜が笑う。


「そうだよー。俺の子どもたちが好き嫌いするからね?」と適当な相槌をしている祐二に、久保田さんがすかさず「女の子だったら、私に見せなさい」と眼鏡を光らせる。


「いや、絶対に久保田さんに見せたくないよね」と祐二は真顔で拒否した。


「おいおい、そんなことどうでもいいから、次見ようぜ!」


 がさがさ、と漁る程紙は無いけど、「よし、これだ!」と一番下にあった紙を引き抜いて読み上げる。


「リア充爆発しろ! ……あー! もうむしろこの紙が爆発しろ!」


 くだらないことばっかり書かれた投書に自棄を起こした俺は、投書で出来た小さな山に手を突っ込んで天井にぶちまける。


 ひらひら、とわりときれいに紙吹雪のように舞うが。


「何してんの! せっかくきれいに掃除したんだから散らかすんじゃないわよ!」


 いや、二度目は俺が掃除したんだぞ。

 という愚痴は心の中に留めておいて。


「あ」


 英莉菜が一枚掴んで「これ見て」とみんなに見せる。


「最近1年B組の掃除道具入れが触ってないのに動きます。どうにかなりませんか……? これって……」


 祐二が眉を寄せる。


「来た! これだ! これはお悩み相談だ!」俺は興奮気味に紙をのぞき込む。

「えー、ただの心霊現象でしょ」久保田さんは面倒くさそうにしている。


「確かに心霊現象かもしれないけど……。まあ、とりあえず調査しに行かない?」


 英莉菜の一言で「じゃ、行きましょうか」と久保田さんが動いた。


 何なの、あいつ。



   ◆◆◆



 県立架橋高校。


 校舎は一般棟(学年毎のクラスのある棟)と特別棟(理科室や音楽室等のある棟)の二棟が平行に並んでいるごく一般的な校舎だ。


 校舎と校舎の間には中庭があり、そこは生徒たちの憩いの場になっている(気がする)。


 1年B組はナミブのメンバーの中にはいない。

 俺、英莉菜、祐二が1年D組。

 久保田さんが1年C組だ。


 1年B組のクラスは、未知の領域となる。


 放課後、誰もいない教室へ俺たちは侵入した(普通に入った)。

 そこで教室の隅に追いやられている掃除道具入れを発見した。


「ほー! これが掃除道具入れか」


 所々錆びた部分のある、長細い四角い箱。


「何初めて見た的な感じで興奮してんのよ。見た事あるでしょ。どのクラスにも置いてあるから」


 鋭い久保田さんの指摘には動じずに、俺は掃除道具入れを開けてみた。


「中は特に何も変わってないなあ」

「そうね。……それに、誰かが故意に動かしたっていう形跡はないみたいだし」


 英莉菜が掃除道具入れに触れて中を覗く。

 誰かがいたずらで動かしていた、ということは選択肢から消えた。


「箒とちり取りしかないなあ」と祐二もじろじろと眺める。


「正直、掃除道具入れを調査したところでどうして動くのかを解明できるはすがないでしょ」


 久保田さんが目を眇める。


「なんで?」

「この掃除道具入れが動いたところなんて見た事ないし。そもそも、これ、本当に動くの? でたらめな投書だとしたら調査するの時間の無駄じゃない?」


「た、確かに……」

「じゃあ、本当に動いているのか確認するかー」


 そう言って祐二が教室を出て行こうとする。


「え、どうやって確認すんの?」

「斗吾、もうちょっと頭使えよな」


 そう言って笑って指さすその方向には、教室の防犯カメラがあった。




 移動してきたのは部室。


「確か、職員室に防犯カメラのモニターがあるんだけど」


 そう言いながらパソコンを立ち上げる。


「え? これから職員室に行くわけ?」

「行かないよ。職員室に監視用のモニター置いてあるけど、今はこの古びたパソコン君が役に立つわけ」


「どういうこと?」

「もともとこのパソコン君は防犯カメラのモニター用だったらしい」


「どうしてわかるの?」

「パソコンの横にそう書いてある」


 俺はパソコンの箱のようなディスプレイ画面の横を見た。

 そこには監視カメラ用とマジックで書かれていた。


「本当だ」

「でもこれ、動くの?」


 こんこん、とノックするように英莉菜がパソコンを叩く。


「……わからない。でも絵里奈ちゃん、叩いたら壊れるよ?」

「まあ、使えないモノほど邪魔なものはないよね?」


 にっこりと笑う絵里奈。


「使えなかったらこのパソコン君、絶対に捨てられる……。人も使えなかったら切り捨てそうだな……」と祐二は顔を強張らせた。


 みなの期待を背負ったパソコンは、ゆっくり立ち上がって画面が付いた。

 真っ青のデスクトップの上に監視カメラのアイコンがあり、それをクリック。

 しばらくするとつなげている全ての監視カメラの白黒画像が映るが、横線がいくつか入っていて見にくい。


「あ、すごい! ついたね!」

「多分これ、録画した分がどこかにあるはずなんだよね」

「これじゃない?」


 久保田さんが画面上のアイコンを指さす。


「お、これだ!」


 開けばそこにファイルがいくつかあった。


「一番端の奴が最新っぽくね?」


 それをクリックして開いて再生する。


「ちょっと待って、これどこが1-Bかわかんないねー」

「確かに。って、あ。これが1-Bじゃね?」


 俺の差す指の先の画面上には1-Bと書かれていた。


「よし、これで掃除道具入れが動く瞬間を確認すればいいんだなー」


 俺たちは気合を入れて画面を食い入るようにして眺めた。




「なあ、早送りで見ようぜ!」


 飽きてきた俺は、早送りマークをクリックする。

 かなり横線が入って見にくくなったが、暫くして。


「あ!!!」

「今、ストップストップ!」


 彼らの目で捉えたのは、確かに動いた掃除道具入れ。


 少しだけ巻き戻して、標準再生する。


 授業の始まる前。

 みなが席に着いているタイミングで。


 ガタガタ。


 誰も触れていないのに、本当に動き出したのだ。

 けれどそれはすぐに収まった。

 クラスの全員が振り返って、一人がゆっくりと扉を開ける。


『え、誰もいねーじゃん』

『こわっ』


『もう閉めなよー!』

『触らない方がいいんじゃない?』

『おーい、静かにしろよ。授業始めるぞー』


 それから、確かに何度か掃除道具入れが動いていた。その度にクラスの誰かが代わる代わる掃除道具入れの扉を開けているのだ。


 それなのに何も出てこない。

 あるのは掃除道具しかないのだ。


「……こわ」


 俺は両手で腕を掻き抱く。


「本当に心霊現象なんじゃないの?」


 久保田さんが険しい顔で腕を組む。


「うーん……でもなんで1-Bだけなんだと思う?」


「それは……昔1-Bにいた子が掃除道具入れに入れられて、いじめられていたの。で、その子が自殺をしたからじゃない? 多分その子があの掃除道具入れを呪っているんじゃないかな?」


 真顔で英莉菜が言い放った言葉にみな顔を強張らせる。


「え、英莉菜、それ、ほんと?」


 俺は英莉菜と画面とを視線を行き来させる。


「マジか……そんな怪談話があったなんて、知らなかった」と祐二は画面を凝視ししている。


「幽霊が本当にいたらやばくない? それって、私たちじゃどうにもならなくない?」


 顔の表情がごっそり消えた久保田さん。


 まじでそれだったら、やばくね? という空気感が部室に流れていたが。


 英莉菜は先ほどまで深刻そうな顔をしていたのに。


「え? 嘘だよ?」


 急にニコッと歯を見せた。


「え!? 嘘!? もー、英莉菜ちゃん、マジで信じるからやめてよ」と力が抜けたようにしてパソコンにしなだれかかる祐二。


「あー、よかった。もう、英莉菜ってば、怖いこと言わないでよ」と眼鏡の位置を尋常なく直している久保田さん。


「ごめんごめん。一瞬、人が視えたから、そう思っただけ」


「「「え? どこに?」」」


「掃除道具入れの中だよ?」


「「「……」」」


 え。マジ? 幽霊?


 部室の気温が5℃以上下がった気がしたが、英莉菜はお構いなしに紙切れを持って部屋を出ようとする。


「……英莉菜? どこ行くの?」

「いつ、どういう時に動くのか、何か法則があるかもしれないよね。そのためには、まずはこの紙を書いた人に話を聞くのが一番かな」


 そう言って英莉菜がほほ笑んだ。




 ドゴオン、と体育館に響くスパイクの音。


「ナイスキー」


 掛け声とともにハイタッチをしている女子バレー部員。

 そんな青春の汗の香る体育館に入る直前。


「はあああああ……!」


 久保田さんが急に鼻に手を当てて奇声を上げ始めた。

 どういうわけか、膝から崩れ落ちている。


「久保田さん? 大丈夫?」


 英莉菜が肩を抱けば。


「さ、最高……!」


 久保田さんはブパッと盛大に鼻血を出しながら、にやにやしていた。


「こ、こいつ、や、やべえ……」

「うわあ、鼻血の量やばいねー……」


「はあ、はあ……っ。白、ピンク、水色……た、耐えられないっ。美しく清楚な下着に包まれた、揺れる芳醇な胸。ああ、でも、知っているわ。小さくても可愛らしくレースで彩られていた下着を身に纏えば最強……! 引き締まった体を舐める様に流れ落ちる汗。胸の谷間に吸い込まれるようにして、いやらしく滴る……。そしてその下はいじらしく咲く桃色の」


「やばい、久保田さんをここから運び出せ!」

「英莉菜ちゃん、後は任せた!」


 はあ、はあ、と鼻息荒く、そしてかなり出血している久保田さんを担いで、俺と祐二は体育館から急いで離れた。




「ああ、なんて天国だったの」


 ぼんやりと天井を眺める久保田さんに、俺は「どんだけ変態なんだよ」と突っ込みを入れた。


「英莉菜ちゃん遅いね」

「体育館行ってから、暫く経つなー」


 すると部室の扉がガラッと開いた。


「どこにもいなかった……。でも、情報は集まったかな」


 英莉菜が持ち出していた紙切れを広げる。


「バレー部の子に聞いたんだけど、今、あんまり掃除道具入れは動いてないんだって。動いていたのは、先月が一番多かったらしいの。そして授業の始まる前に決まって動いていたみたい」


「先月って、五月? どういうことだ? しかもなんでバレー部の子に聞いたんだ?」


「この紙を書いたのは、戸松とまつ悠香はるかっていう女の子なんだけど、どうやらその子、入学してから一度も学校に来てないみたいなの。掃除道具入れに触れた子で一番よく似ていた子がバレー部の子みたいだったから、その子かなって思ったんだけど、違ったみたい」


「学校に来てないの……?」と久保田さんが首を傾げる。


「B組の担任の先生に訊いてみたら、その子事故で入院してたらしくて、今はもう退院してるみたいなんだけど、学校に来てなくて」


「え、それって不登校?」と祐二が眉根を寄せる。


「……そうかもしれない」

「え、でもどうして学校に来てないのに、掃除道具入れが動いてるって書けるわけ? 動いた所見てなくね?」


 俺は意味わかんねーな、とぼりぼり頭を掻く。


「そこなの。でね、掃除道具入れに触れて過去を視て思ったんだけど、書いた戸松さんが、掃除道具入れの中に入ってた子ともよく似ているから、そうなんじゃないのかなって思ったの」


「……え、まさか本当に自殺したの?」と久保田さんが顔を曇らせる。

「おいおいおい、勝手に殺すなよ」と突っ込んでおくが、正直ありえる。


「いやいやいや! 最近自殺していたら問題になってるから! 俺ら絶対に知ることになるでしょ。しかもいじめで自殺とかテレビで報道されるし。だから、自殺はないでしょ」


 祐二が「君らもっと考えて」と口を尖らせる。


「才木君の言う通り、自殺はないと思う」

「いや、そもそも事の発端は英莉菜だからな! 英莉菜が監視カメラ見てる時に自殺した人の霊が、とか言うから……!」

「ごめんね」


 ふふふ、と笑っているが全く反省している様子はない。


 まあ、いいけど!


「私が視たのは女の子が掃除道具入れに入っていたところだけ。そしてその子と、この紙を書いた子が酷似している、っていうだけなの」


「でも、どうしてその張本人が掃除道具入れが動く、なんて書いて箱に入れるのかしら? そもそも掃除道具入れを動かしている張本人だと、他の人には気づかれたくないんじゃないのかしら? それか、かくれんぼしていて誰も探してくれないから、探してほしい、みたいな感じなのかしら?」


「うーん……それは私じゃわからない」と困ったように英莉菜が首を捻る。


「まあ、その張本人に話を聞けたら一番いいけど、さすがに住所までは教えてくれないでしょ? 家の近くまで行ったら、彼女の心の声を聞けるけど……」


 祐二がうーん、と唸る。

 俺はみなが気になっていること以外のことが非常に気になっていた。


「なあ、気になっていること、一個いいか?」


 みんなが俺に注目している。


「そういう心理的な問題はどうでもよくってだな。誰も見てない授業中に書いた紙を箱に入れることはできるけど、そもそも、どうやって誰にも見られずに掃除道具入れに入るんだ?」


「「「確かに」」」


 俺は珍しくまじめ腐った顔を向けた。


「その子、もしかして超能力者なんじゃないのか?」



   ◆◆◆



 眠い。

 食後の授業は眠い。

 先生の声が子守唄に聞こえてくるレベルで、超絶眠い。


 うつらうつら。


 別世界に飛ばされそうになる直前。


『斗吾! 現れた!』


 いきなりテレパシーでメッセージが送られてきて、俺は驚きすぎて声を出すところだった。

 勢いで立ち上がって、みんなの視線を集めてしまう事態に。




 ――作戦はこうだった。


 まず、C組である久保田さんが掃除道具入れを透視して、中に人が現れた時、心の中で思いっきり叫ぶこと。そうすることで祐二に伝わる。


 祐二は久保田さんからのメッセージを受け取ったら俺と英莉菜に伝える。


 いきなりB組に入って行ったら非常識なので、校舎の一部を破壊して非常ベルを鳴らし、クラスにいる人を強制的に移動させる。


 そして掃除道具入れの子を捕まえるという作戦だ!



 俺はそのまま手を上げて大きな声で宣言する。


「大が出るので、トイレ行ってきます!」


 俺は腹を抱えて教室を出た。


 順調だ。

 猛スピードで俺は誰もいない場所へ行こうと駆けたが……あ、ちょっと待って。



 斗吾が教室から出た後、英莉菜が倒れる(演技をする)。


「すいません、彼女、気分悪そうなので保健室につれていきます」


 祐二が英莉菜を抱きかかえて教室を出て、廊下を駆けた。


『才木、あの子、屋上に行った! 渡に伝えて! 校舎は壊すな、屋上の扉を壊しに来いって!』

『わかった。斗吾! 校舎は破壊しちゃだめだぞ、今すぐ屋上集合!』


「了解!」


 テレパシー送った直後に、背後から出てきた俺を見た祐二は驚いていた。


「え? 今どこから出てきたんだよ?」

「トイレ」

「え、斗吾、本気で腹痛かったわけ?」


 笑いを堪えるようにして走る祐二。


「いいだろ! 生理現象だ! 絶対にあのクッキーのせいだ!」

 

「もう、二人とも静かに! 早く屋上に行こ」


 英莉菜が駆ける後ろを俺と祐二は駆けていく。

 もうすでに屋上の入り口の扉の前で立っていた久保田さんが、その扉をじっと見ていた。


「向こう側にいる。彼女、多分瞬間移動できるみたいだわ」

「瞬間移動……」

「とりあえず、カギを壊してくれないと屋上に入れないから、さっさと壊して」


 久保田さんにそう言われて、俺は錠前に向かって拳を振り上げた。

 バコオオオオン、と凄まじい音を上げながら、カギだけを壊そうと思っていたのに、扉ごと吹っ飛ばしてしまった。


 あ、やっちゃった☆


「あんたもっと静かに破壊できないの!? 先生にバレるでしょうが!」


 案の定久保田さんに怒られた。


 音に驚いた少女が、こちらを振り返る。

 怯えるように、震えているようだが、それは俺にじゃない。


 きっと隣にいる久保田さんにだろう。

 なんせ、今も鼻血をだしているんだから。


「……華奢は体に映える黄色い下着。控えめなレースは震えるあなたの心情を表しているかの如く愛らしいわね。まさにその白い肌をこの目で」


「誰か久保田さんをここからシメ出して!」

「久保田さん! ごめん!」


 俺は久保田さんの後頭部を軽く殴った。


「あ、あああああなたたちは……だだだだだ誰ですか?」


 恐怖に震えている女子生徒は戸松悠香本人だ。

 不自然に言葉が連呼されているが、震えているから、ということにしておこう。


「この紙を書いたのは君?」


 俺は紙を差し出す。


「あ……ここここれ……。そそそ、そうです。わ、わわわ私が書きました」


「普通にしゃべれないのかよ!」


「ひいいいいいいっ! ごごごごごごごごごごごめんなさあああああいっ!!」


 戸松悠香が頭を抱えてしゃがみ込む。


「ちょっと斗吾君、戸松さん怯えてるから。大丈夫?」


 英莉菜がそっと寄り添う。


「だ、だだだ大丈夫ですう。……わわわ私、極度の人見知りで……」


 ガタガタと体が尋常にない位震えている。


 大丈夫か、こいつ。


「私達、ナミブの部員なんだけど、どうして、あの紙を箱に入れたの?」

「そ、それは……! あの、その……」


 何か言いたげにもじもじしているが、小さく丸まっている姿を見たら……。


「なんだかアルマジロみたいだな!」

「斗吾、失礼だから! 心の声マジで駄々洩れだから! そこは黙っとくべきところ! じゃなかったらそこはアルマジロじゃなくてハムスターにしてあげて!」


 いや、それを大声で言う祐二も失礼じゃないのか。


「どっちもどっちだろ……」


 俺は思ったことをつい言ってしまう性質たちなので、黙っておくのは難しいのだ☆


「わわわ私……」


 するとアルマジロよろしく戸松悠香がすくっと立ち上がる。


「そそそそ相談があるんです!」



   ◆◆◆



 放課後、部室で戸松悠香を迎え入れた俺たちは、彼女に紅茶とクッキー(例のクッキーとは別の)を差し出した。


「相談というのは?」


 俺はガタガタ震えている戸松悠香をじっと眺める。

 背の丸まっている小柄の女の子は今目の前から見てもアルマ――じゃなかったハムスターのように見える。


「ははははい、じじじじ実は教室に怖くて入れなくて……」


「え? 掃除道具入れに入るのは怖くないの?」と久保田さんが不思議そうに首を傾げる。


「ななななな! なんでそれを……!?」


「彼女、サイコメトラーだから、掃除道具入れに触れたらあなたが掃除道具入れに入っていたのが視えたの。だからよ」


 そう言って自慢げに英莉菜の肩を寄せる。


 お前の力みたいに言うな。


「そそそそそうなんですね……。わわわわ私、入学式の日に事故っちゃって……そそそそれで人見知りだから……きききき教室に入るのが怖くて。でで、でも授業は受けたくて……どうしようかと悩んで……。わわわ私、瞬間移動ができるから……だから、掃除道具入れに入って授業を受けていたんです……。ささささ最近ではうまく瞬間移動できるようになって、おおおおお音を立てないようにして掃除道具入れに入れるようになったんです。すすすす少し成長しました」


「そこ成長してもね~」と祐二が相槌を打つ。


「ででででも、それじゃ友達ができなくて……、クラスにもなじめなくて……。ずずずずずっと欠席になっちゃうから出席日数も考えないといけないし……」


「まあ、そらそうなるわな」


 俺は天井を見つめて、数十秒。

 す、と戸松悠香へ視線を向けた。


「はひっ!?」

「よし、任せろ」


 俺はすくっと立ち上がって、部室を出ていく。


「あれ!? 斗吾、どこ行く気だよ?」


 戸松悠香含め、みんなが後ろをついてくる。


「もちろん行く場所と行ったら決まってるだろ」


 そう言ってたどり着いたのは、1-Bの教室。


「え、でもなんで? 誰もいないわよ? もしかして、自己紹介の練習?」


 久保田さんが鼻で嗤う。


「これだよこれ!」


 そう言って、俺は掃除道具入れ指さした。


「掃除道具入れがどうかしたの?」


 みなが不思議そうに俺を見つめるが。

 俺が大きく振りかぶった瞬間。


「まさか」と声をそろえて、距離を取る。


 そう、そのまさかだ。

 

 掃除道具入れを殴ったのだ。


 掃除道具入れは爆発するように大きな音を立て、木っ端みじんに破壊された。

 その衝撃で教室の窓とその場にいたメンバーの体を揺らした。


「こいつ単細胞だったわ……」という久保田さんの呟きは、もしかしたらその場のみんな思っていたことかもしれない。


 それでも、壊す価値のあるモノなのだ。


「これで逃げ場はなくなったな」

「あ……」


「隠れる必要なんてない。ドーンと、勝負しろ」


「何と?」という祐二の質問には答える気は無い!


「大丈夫! 勇気をもって教室に入れ。教室は怖いところじゃない。人見知りがあってもこうやって俺らとコミュニケーション取れてるだろ?」


「あ……」


「だからさ、何かあったらまた助けるから。そのときも78364部を頼ってくれよな!」


「……は、はい! あああああああ、ありがとうございました……!」


 頭を下げる戸松悠香。

 俺はかっこよくその場から立ち去ろうとしたが。


「あああ、あの……!」

「何だ?」


 もじもじとハムスターのように丸くなる。

 すると爆音を聞いた生徒や先生がパラパラとその場に集まってきた。

 そこには1-Bのクラスメイトや担任も混じっている。


 お、おい。

 まずい。

 掃除道具入れ壊したことバレたら、俺、怒られるんじゃね?


「じじじじじ自己紹介の練習に付き合ってください!」

「え? 今?」


「いいいい今やらなきゃ、いつやるんですか! あああああ明日から登校するんですから!」

「で、ですよね……!」


 変に注目されてしまった俺たちが困惑していれば、クラスメイトの一人が「あれ? 入学式の日から欠席してる戸松悠香じゃね?」と気づき教室に入ってきては、「初めまして」と自己紹介をし始めた。


 その一人の軽やかな自己紹介を見た後、野次馬だった他の1-Bのクラスメイトがわらわらと教室へ入ってくる。

 入学式から欠席だった子は、みんなの印象に強く残っていたらしい。


 もはや練習する必要もなく、普通に自己紹介できている。

 どうやら明日からの教室入りは心配ないみたいだ。


 よし、俺は用済みだな!

 そう思って逃げようとした。


 が。


 監視カメラにばっちり破壊するところが映っていた俺は、その場で捕まってしまい、生徒指導の先生にこっぴどく叱られた。


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