魔女は明日を憂い
「コノ先進ムベカラズ」
鬱蒼と茂る森の奥。自然とできた獣道をグネグネと進んでいくと、この胡散臭い立て札に辿り着く。
近くの村にはこんな言い伝えがある。森の奥、そのさらに奥へと進んではいけない。そこには病に侵された魔女が住んでいる。出逢えば最後、養分と変えられ二度と戻ることは無いと。そこは魔女の森なのだ、と。
---0:00---
少年は恋をした。
遡ること12時間ほど。
---12:00---
普段から少年は周りからいじめられていた。人一倍臆病な性格であったため、脅されては反応を見られ喜ばれていた。
今回もその一環だったのだろう。誰からとなくこんな言葉が放たれた。
「お前、魔女の森の立て札に名前を刻んでこい。」
当然少年は震え上がり怯えた。しかし周囲は盛り上がり煽り立て始めた。
「やれたら英雄だ。」、「もうお前は臆病者じゃない。」、「仲間に入れてやる。」
少年は依然として怯えたままだったが、あるもうひとつの感情が生まれていた。それは怯えでも承認欲求でも自己顕示欲でもない、もっと恐ろしい感情だった。
「好奇心、猫を殺す。」という諺がある。好奇心という悪魔は魂を9つ持つ猫ですら殺してしまう、という意である。
少年は期待に胸を膨らませていた。英雄となって臆病な自分を変えたかった。だが、それ以上に森の奥、立て札の先の魔女の森に何があるのか知りたかった。
---23:00---
計画はその日の夜に決行された。右手に名を刻んでくるための魚の頭も落とせないような粗末な短刀。左手には大きめの蝋燭を持った。この大きさがあれば2往復は出来る計算なので十分な大きさのものを用意した。
不思議と恐怖は感じなくなっていた。もはや童話と化した言い伝えである。自らが事実を自身の目で確かめて村の英雄となりたかった。
---23:30---
蝋燭の減りからしてもう到着してもいい頃合だったが、自然と歩みも遅くなるのだろう、道はまだ続いている。立て札まで足を止めることは出来なかった。
---23:50---
蝋燭の大きさが半分ほどになった。大きいものを用意しておいて良かった、と安堵した。
---23:55---
立て札が見えた。思ったよりも遠かったが本当にあった。興奮冷めやらぬまま右手の短刀を強く握りしめ、立て札に駆け寄る。
これで自分は英雄になったのだ。これからは皆の仲間として、いやそれ以上として接してくれるに違いない。
眼前の立て札に名前を刻んだ。
「コノ先進ムベカラズ」
相当古いものなのだろう、板は朽ちかけており根元も仮止めのように不安定だった。
名も刻み終え、焦りにも似た緊張が解け肩の荷がおりたのだろう。眼前に屋敷がある事に気付くのに5分もかかっていた。
---0:00---
少年は恋をした。
屋敷の庭先、花壇の前に置かれた白い木目の目立つ揺り椅子に座る大人にも少女にも見える、そんな女性に目が釘付けになった。
女性は深く腰掛け目を瞑っていた。燭台の灯りに照らされる顔は少し痩せているものの陶器のように白く艶やかで美しい。蝋燭の炎とともにゆらゆらと揺れる姿に少年は魅了されざるを得なかった。
女性は目を気怠げに開いた。生気のない瞳がこちらを捉え、目が合ったような気がした。
刹那。意識が途切れた。
---6:00---
「おはよう。」
目が覚めた時少年は柔らかな毛布に包まれていた。屋敷の中の一室だろうか。東窓から刺す朝日が眩しい。次に自身の身体を確認した。特に変化はなかった。
傍らに腰掛ける、女性が慈しみのこもった瞳で優しく囁いた
「何もしちゃいないわ。私はただ倒れた貴方を屋敷に運んで寝かせていただけ。」
「あなたが、あなたが魔女ですか?」
渇いた口から素直な疑問がこぼれる。恐れよりも興味が先行していた。この女性の事が知りたくなってしまった。
「朝食にしましょう。お腹減っているでしょう?」
女性は表情を崩さぬまま部屋から出ていってしまった。
---7:00---
部屋を出て廊下にでると突き当たり右に大部屋があるのが見えた。朝食も用意してあったらしい。なんだかいい香りがしていた。
長い長い机に女性はぽつり1人座っていた。
「なんだか寂しいですね。」思ったことが口から出てしまう。
「・・・えぇ。そうね。」目を伏せて向かいの席を指さす。
「お掛けになって。少しお話をしましょう。」
「私に名前はないけれど、そうね名前はガンマ。3人目の魔女よ。」
予想通りの回答と予想外の回答が同時に返ってきた。困惑しながらも少年は食い気味に問いかける。
「さ、3人目?どういうことですか?」
聞いてはいけない問いかとはっとしたが幸いそういう訳でもなかったらしく彼女は淡白に答えた。
「私の前に2人いたのよ。だから私は3人目。」
さらに問いかける。
「この屋敷に、ですか?もういないのですか?」
物憂げな表情で彼女は答える。
「えぇそうね。けれど2人とももう死んでしまったわ。私も今日死ぬけれど。」
まだ若く見えるガンマがもう死んでしまうと聞いて少年は愕然とした。確かに少し痩せ気味で顔色もそこまで良くは見えないが、到底今日死ぬとは信じがたかった。
「信じられない、って顔してる。けど本当よ。魔女だもの自分がいつ死ぬかくらい分かっちゃうのよ。私の余命はあと1日。0:00きっかりに私の心臓は
拍動を止めるの。」
真剣そのものな彼女の表情に妙な説得力を感じた。あぁ、彼女は今日死んでしまうのか。魔女にだって死があるのか、と。
「私、ひっそりと1人で死ぬつもりだったわ。貴方が訪れるまでは。けれど気が変わったのよ。最後に魔法を掛けたわ、この世界に。」
「私の心臓が24時間後に止まってしまったら世界よ滅べ、ってね。」
---8:00---
もし世界が滅びるなら。それは僕のせいだ。
世界を滅ぼす訳にはいかない。彼女を死なせたくない。少年は必死になって画策した。
が、何か得られる訳でもなく時間だけが滔々と過ぎていく。
その間に魔女は沢山の話を語った。
彼女が言うには初代魔女は猫の姿をしていたらしい。バカげてると思って相手にしなかったが口の端をつりあげて不思議なことなんてこの世界にはいくらでもあるのよ?と笑ってみせた。
他にも彼女は永遠の命の秘薬を研究していて、これまでに婚約していた人全てが秘薬目当てで、ことごとく持ち逃げされていたがその全てを毒薬にすり替えていたことや、魔女には子どもを生む器官が存在しないこと、刀を腰にぶらさげておかしな髪型をしたサムライなる者のいる異国のこと、魔女は人間と時の流れが異なり時間が人間の2倍のはやさで流れていることなど、
様々なことを語った。
---9:00---
「つい喋りすぎちゃったわ。人間と会うなんて初めてで私も舞い上がっちゃってるみたいね。」
初めて人間と会う?意外な事実に驚いた。
「えぇ。僕も楽しかったです。」
話に引き込まれ2時間も経過していたでも大丈夫だ、まだ時間はある。なんとしても世界の滅亡を阻止しなければならない。
「そうだ。すこし歩きましょう?なにぶん魔女というのも案外ヒマなもので、最近は庭いじりに凝ってるの。ぜひお見せしたいわ。」
座って話を聴いているよりかは何か発見があるかもしれない。
連れられてやってきたのはつい数時間前にやってきた僕と魔女が初めて出逢った場所だった。
その時は暗くてよくわからなかったが、日中に見ると全然違うものに見えた。きちんと区画を分けられた花壇には彩り華やかな花たちが美しく躍るように咲いていた。
白い揺り椅子も見た場所にあった。
「あの揺り椅子はわたしのお気に入りの場所なの。庭いじりを終えて疲れた体を椅子に預けて鳥達の歌声を聴きながら微睡む。本当にヒマなのよ、魔女って。」
「先に戻ってるからもう少し庭を見てるといいわ。」
了解の旨を伝えると彼女は髪をなびかせくるりと屋敷の方へ戻っていった。
春の匂いがした。
---10:00---
もう少し見てるといい。と言われても別に花は好きではないので揺り椅子に乗ってみて目を伏せてみた。
風が頬を撫で、春の陽光が身を包む。
さて、と独りごちて立ち上がり屋敷へと戻った。
朝いた大部屋には魔女の姿はなかった。彼女の名を呼びながらそれとなく屋敷を探検する。すると最初に僕が寝ていた部屋の隣の部屋から物音がしたので行ってみると、そこには猫がいた。
「にゃあ。」
猫を飼っていたのか。魔女はヒマだ、と言っていたくらいなので猫くらい飼うのだろう。
夜を思わせるような、そんな黒い色艶のある毛をした猫だ。いかにも魔女が従えるような。
猫は僕に興味を失ったのかスルスルと足元を抜け大部屋の方へ行ってしまった。
---11:00---
バタンッ。大きな音が響いた。大部屋の方だった。
猫の姿はなくそこにあったのは倒れた魔女だった。
魔女の肩を抱え上げ声をかける。
「私、もうダメみたい。魔女が、寿命を読み違えるなんて、おかしな話ね。」息を苦しそうに喘いでいる。
「死なないで!」本心だった。今死なれると世界が滅んでしまう。何としてでも明日まで生きてもらわないと、焦燥で声が大きくなる。
「そんな大きい声で言わなくても聴こえてるわ。私耳はいいのよ。目はほとんど見えてないけれど。」弱々しくほほ笑む彼女は余裕がなさそうで今にも消え入りそうな声だった。
何とかしなければ。まだ死なれるわけには。世界を救えるのは、
僕しかいない。
---11:30---
うすうす気付いていた。どうすれば彼女を、世界を救えるのか。
言い伝え通り立て看板はあったし、本当に病に侵された魔女がいた。
次の文章は「養分に変えられ二度と戻ることは無い。」
もしかしたらこれまで戻らなかった人は全て自分の命をなげうって彼女を延命させ、世界をも延命させてたのではないだろうか。
覚悟を、決めた。
---11:45--
「僕を使ってください。」声は震えたがちゃんと言うことができた。僕は死んでしまうが世界は滅ばないだろう。
村に帰れば言い伝えを証明した英雄になれたが、その日のうちに世界が滅ぶ。
ならいっそ僕も言い伝えの一部になろう。戻らなかった村人cくらいにはなるんじゃないだろうか。
「君、何を言って・・・。」彼女の言葉を遮る。
「僕はあなたを好きになってしまいました。あなたのために死に、血肉となるならそれでもいいです。僕を使ってください。」覚悟は出来ていた。もともと僕なんて生きていたって臆病で意気地無しの弱虫なんだ。
「初めて人間にこんなに愛されるなんて、私しあわせね。」丸く優しい、細い声で礼を言う彼女の頬に一筋の彗星が流れる。
「ありがとう。君のこと、忘れないよ。
来世でも。」
---12:00---
世界は滅んだ。
「好奇心、猫を殺す。」という諺がある。
だが、猫もまた、好奇心を殺すことがある。
Thank you for reading!!!
いかがだったでしょうか。私のリハビリ作となる、この短編小説。構想はかなり前から練っていて雑なものにしたくなかったので出すまでに時間をかなり用しました。
余談ではありますがこの作品のタイトルを決めるのに時間がかかりました。普段私は作品のタイトルを決めてから書いたりするくらいなので悩むことなどほぼほぼ無いのですが。それほどこの作品には思い入れがあるのでしょうかね。
ここまで読んでくださった方。ありがとうございます。
感想コメントの方で、質問や感想。なんでもお待ちしております。