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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

助けてってその一言が

作者: 夢月

 おはよう。こんにちは。こんばんは。おやすみなさい。そんな当たり前の言葉を当たり前に交わすことができる日常が私はすごく羨ましい。それはそれはとても当たり前のことで、というかきっと一般常識とか言われるもので。

 でも私はそんな当たり前の常識ができない。おはようもこんにちはも、こんばんはもおやすみなさい、も。誰かと言葉を交わすこともできない。

 私は、私には、言葉を発することができない。



 私が喋ることが出来なくなったのは小学校5年生の頃だった。

 その頃クラスでは罰ゲームと称し、クラス全員で誰か1人を無視すると言うのが流行っていた。それは短いときで1日、長くて1ヶ月。ちなみにですが、1ヶ月とずば抜けて長い期間無視されたのは私1人だけ。他の子は長くて5日だった。

 そしてその罰ゲームにはきちんと理由がありました。クラスの人気者であるみーくんの機嫌を損ねるとそれは行われるのです。

 なぜ私がそんなにも長い期間無視されることになったのか。まずはそこからお話しします。そうすれば私が喋ることが出来なくなった理由が分かるから。

 ある時、私の唯一の友達だったマナちゃんが廊下を歩いていて、たまたまみーくんの肩にぶつかってしまったらしいのです。マナちゃんはすぐに謝ったらしいのですがみーくんは怒りっぽかった。怒りでそんな言葉耳に入らなかったらしく、謝らなかったと決めつけられてマナちゃんは罰ゲームの標的となったのです。

 マナちゃんはすごく優しい子で、友達思いで、クラスでも一目置かれていた存在でした。

 そんなマナちゃんをクラスメイトは無視したのです。罰ゲームの標的となっただけで。今まで散々優しくしてもらっていたクラスメイトもマナちゃんを無視した。

 私は大好きだったマナちゃんが無視されるのは我慢がならなかった。だから私は放課後、すぐにみーくんの座っている席の前まで行った。

 そしてこう言いました。

「あんたサイテー!マナちゃんは謝ったって言ってるのにそうやって謝ってないって決めつけてこんなことするなんてありえないわ!」

 するとみーくんは少し驚いた表情をしたのですがすぐにこう言ってきました。

「あぁ、何だよ。俺に逆らうのか?あーあ!罰ゲームの標的お前にしよっかなぁ~?」

 私はその自分は悪くないと言う言葉に、その態度に腹が立った。

「ふざけてんじゃないわよ!」

 堪忍袋の緒が切れた私は完全に我を忘れて怒りました。

 パァンと、甲高い音がクラス中に響き渡りました。

「いってぇ!何すんだてめぇ!」

「何って?あんたを叩いたのよ。あら?何されたのか言われないと分からないのかしら?あんた神経可笑しいんじゃないの?」

 かなり苛立っていた私はそこで更にみーくんを煽ってしまった。みーくんの怒りの炎をより強くしてしまったのです。

「あぁ?お前調子に乗ってんじゃねぇぞ?」

「は?」

「けってぇーい!今日からこいつが罰ゲームの標的なー!お前らこいつと喋るんじゃねぇーぞー!」

 みーくんは私に見せびらかすように勝ち誇った顔で、大声でクラス中にそう指示した。

 私はそんなのどうでも良かったしマナちゃんさえ守れたならそれで良かった。だから、

「なによ!行きましょマナちゃん!」

 そう言ってマナちゃんと帰ろうとした。だけど…

 マナちゃんは私を無視して先に帰ってしまった。

「な…んで…?」

 私はマナちゃんがクラスのみんなから無視されないようにしてあげたのに。マナちゃんは、私を無視するの?

「マナちゃん!!!」

 教室のドアに掛かったマナちゃんの手は数秒止まったが、その後振り向きもせずに帰ってしまった。

 絶望した。みーくんとその取り巻きの私を嘲笑う声なんて気にならないくらいに。

 その時の私は子どもだった。幼すぎた。怒りを抑えることも知らずに感情的に行動してしまうような子どもだった。

 今もまあ、まだ子供なんだけどね。

 あれから月日は経ち、今の私は高校生になった。手話を覚えたりもした。月に何回かは病院にも通っている。私が声を出せないのは私の心が関係しているらしい。

 クラス中から無視された。あんなやつらと喋るだなんてこっちから願い下げだと思った私は無視し返した。まあ無視されてるんだから無視し返すだなんてなんだかおかしな話ではあるのですけど。言い直させてもらえるのなら、みーくんが標的を解除してからも私がクラスの人たちから話しかけられても無視をしたと言うことです。

 「あのときはごめんね!」とか「本当は無視したくなかったの!」とか、そんな言葉聞きたくなかった。無視をしておいて今更何を言っているのだろうかこいつらは、と思った。だからそいつらの言葉を私は無視した。

 するとどうだろう?私に話しかける人は居なくなり、私は1人になった。クラスが変わるまでずっと1人。まあクラスが変わってからも1人だったんだけどね。唯一の友達だったマナちゃんとも喋っていない。標的が解除されてから何か話しかけられたと思うんだけど内容は思い出せない。私は舌打ちで対応した。

 家でも喋ることが減っていき、学校でも喋ることはない。先生に当てられても寝ている振りをしてやり過ごした。

 そんなこんなで私は今、声が出せない。自業自得とも言える投げやりな自分の所為で。

 私の声は、私の言葉は、あの頃から止まったままだ。



 学校からの帰り道。本来なら反対方向の道へと私は足を運んでいた。

 不登校気味の生徒、黒岡(くろおか)麻宮(まく)にプリントを渡してきてくれないか、ついでに学校に来るように説得してくれないか?と、先生から言われた。

 私が何故こんなことをしているのか?いくつか答えに繋がることをあげます。

 私が通っている学校は普通の公立校だ。私は声が出せないことを隠して学校に通っている。親は私に関心がない。担任は私が声を出せないことを知らない。担任は能天気。寝ていたら学級委員に仕立てあげられていた。

 以上のことを踏まえて私は声が出せないことを周りにばれずに生きているということとする。そして今こうしているのは学級委員だからなのです。

 声が出せないことを周りにばれずに生きている。と言ったけどどうやって?と思うだろう。授業であてられても寝てる振りをすればいいし、出席の確認は手を挙げれば済む。まあ周りからは感じの悪い生徒と映るだろうけど。

 けどやっぱりそれには無理があって、何人かの先生には教えている。他言厳禁で。それが私の心の問題というのもあり、知られたくないというのと、それで心配とか同情とかをされたくないから他言厳禁で教えている。筆談でね。

 そんなこんなで普段通らない道を歩いているというわけです。

 が、やっぱり断っておくべきだったかもしれない。噂をすれば影が射す。信号で止まっていた私の反対車線側にマナちゃんが居た。車が通ったりして確認しづらいが、面影が残っている。あれはマナちゃんだ。

 私だとばれないように咄嗟に下を向く。

 道を変える?いや?どうして私が避けなくちゃいけないんだ。

 そうだ。私はどうせ声がでない。話しかけられたって返事が出来ないんだから仕方がない。

 自分の心にそう言い聞かせて意を決して前を向く。

 しかしその決した意のせいで予想打にしていなかった光景が私の目の前で繰り広げられることになる。

 マナちゃんが道路に出たのだ。赤信号なのに。何故?それはマナちゃんの正面にいた私だけが見えたもの。

 人々の群れから白い手がマナちゃんの背に伸びたのを確かに見た。マナちゃんの背を押し、道路に突き出したのも。

 黒い車がマナちゃんを私の視界から消した。

 鈍い音が耳に響く。

「キャアアアアアア!!!」

「な…何が??!」

「お…女の子が車に轢かれたぞ!!!」

 遅れて聞こえてきた人々の叫び声。

 コンクリートは赤に染まる。ビルの隙間から差し込んだ夕陽が辺りを朱色に染めていた。

 真っ赤だった。視界の全てが。耳から聞こえる音も赤い。周りから漂う匂いも赤い。肌を刺すようなこの空気も赤い。

 止まらなかった黒い車の色が目に焼き付いて離れない。

 轢かれる瞬間に合ったあの目が忘れられない。

 ぐちゃぐちゃだ。頭のなかがぐちゃぐちゃだ。私は今何を考えているんだ?


 いつのまにかマナちゃんのもとへと駆け出している私は何なんだ?

 駆け寄ったって声をかけることすら出来ないのに。

 マナちゃん。どうしよう手が震える。手だけじゃない。体全部が震えている。こんなの見たくなかったのに。どうして駆け寄ったの?

 ほら、きっと周りが私のことを見てる。救急車を呼んでって叫ぶのを待ってる。泣いて崩れるのを待ってる。もしかしたらあの子が救急車を呼ぶって思われているのかもしれない。人は冷酷だ。こう言うとき他の誰かがしてくれるってそう思ってる。率先して自分から行動を起こす人は少ない。ましてや私が行動を起こしてしまった。あぁ、あの子に任せておけばやってくれるだろうって。きっとそう思ってる。

 でも私は声がでないんだ。ねぇ、誰か、助けてよ。

「………」

 助けてよ!!どうして声がでないの?何が原因なの!何が詰まってるのよ!もう諦めたじゃない!人はそういうものなんだって!心に折り合いはつけたじゃない!…なのに…どうして…?

 口は空気を吐くだけ。パクパクと空気を吐くだけ。声は出ない。

 マナちゃんごめんね?私は、あなたの力になれない。何の、力にもなれない!こうやって苦しんでいるのに。

 私は、泣くことしか出来ない。

「サキちゃんかなぁ…泣いてるの…」

 マナちゃん……?

「何も聞こえないや…私の勘違い…かな?」

 私はここだよマナちゃん!

「夢を見てるのかな…?それでも、いいや…サキちゃん…ごめんね?小学生の、とき…無視して、帰って…」

 何で今そんなこと!!

「あぁしないと…サキちゃんが…もっと酷い、ことに…」

 喋っちゃダメだよこんな状況なのに!

「ゴボッ…ゴフッ…げほっけほっうぅっ…」


 マナちゃん!マナちゃんが血を吐いてしまった。

 その時、救急車のサイレンが聞こえた。きっとマナちゃんを運びに来てくれたんだ。良かった。

 でも、私は…何もできなかった…

 どうしよう…離れよう。ここから。家に帰ろう。忘れよう。こんなこと無かったって。

 知らないよ。私には関係ない。そうだよ。関係ないんだ。私には。



 家に帰るまでにいつもより時間がかかった。あんなものを見たあとで足が重たかったというのもあるけれど、夕立に遭ってしまったということもある。あと、物理的に距離が遠かったというのもある。

 ん?あ、プリント届けるの忘れてた。



 夢を見た。私じゃない誰かが私の夢。夢とは支離滅裂なものだが、すごく気持ちの悪い夢だった。

 私とは別にもう1人私が居て、その私が誰かを虐めて笑っている夢。私の真似をする私が居る夢。私の顔が壊れる夢。ガラスが割れるみたいに無くなるような夢。

 気持ちが悪い。これが悪夢と言うのだろうか。昨日、あんなことがあったから…か。

 やっぱり私は期待しているのかもしれない。期待していたのかもしれない。マナちゃんが昔と同じように話し掛けてくれるって思っていたのかもしれない。そうじゃなきゃ向こうが忘れているって、きっとそう考える。

 贖罪だ。マナちゃんを突き飛ばした犯人を見つけよう。そうじゃなきゃ私は犯罪者を見過ごしたゴミに成り下がる。嫌だ。それだけは嫌だ。誰かを虐めて笑っているあいつらと同じゴミになりたくない。私は夢にはならない。



 とはいっても、マナちゃんを突き飛ばした犯人の白い手しか私は見ていない。どういう理由でマナちゃんを突き飛ばしたのかも分かっていない。きっと警察に情報を提供すれば犯人なんてすぐに見つかるのだろう。でもそれは嫌だ。私が見つける。何故だかそういう気持ちになる。 

 許してほしい。

 唐突に浮かび上がったその言葉。

 許してほしい?誰に?何を?どうして私が許しを請う側なの?請われる側でしょう?何だ。私はマナちゃんと仲直りがしたいの?ありえない。どうして今更。犯人を見つけてそれが私のお陰だって言いたいの?違う。そんなことじゃない。じゃあどうして犯人を見つけるだなんて?それは、それは、それは…

「───────────ッ!!!」

 叫んでやりたかった。この訳のわからない気持ちを少しでも晴らしたかった。でも、声がでなかった。

 あぁ、そう言えば私は声が出なかったんだ、と。そこで思い出す。そしてやるせない気分になる。

 あぁ、落ち着こう。そろそろ時間だ。学校に向かおう。



 学校に着いていの一番に担任に、黒岡さんにプリントを届けてくれたかと聞かれた。

 あ、忘れてたという表情をすると、「あぁ、じゃあ今日は忘れずに行ってね?」と言われた。

 こくこくとうなずく。それでいい。私は、無愛想な生徒でいい。

 そんな無愛想な生徒に話し掛ける人は居ない。この学校は平和だ。関わりを持たなければ向こうから関わってくることはないのだから。ないの…だから。

「ねえサキちゃんだよね…?」

 小学校の時の子か。私に「本当は無視したくなかったの!」という台詞を吐いたやつだ。

 放課後、黒岡さんの家に向かっている最中に出くわした。

 出くわしたというより付けられていた。学校からずっと。昨日の信号の所まで。私が信号に引っ掛かったのを見ると近付いてきて話し掛けてきた。

 もうばれてるし仕方がないのでこくんとうなずく。

「あ、やっぱり!昨日もここに居たよね?」

 どうしてそれを?この子もあの場に居たの?

 私が怪訝そうな表情をするとその子は、

「あ、いや、SNSに昨日のここでの事故のことが拡散されてて、現場の画像にサキちゃんが写ってたから。」

 そうだったの。もしかして犯人を見たんじゃないかって少し耳を傾けてみたけどその意味はなかったらしい。信号が青に変わった瞬間に私はその子を無視して歩きだした。

「えぇえー?ちょっと待ってよ!ねぇ!」

 無視して私は黒岡さんの家へと向かい続ける。

「ねぇ!家に帰るの?私も着いていっていーい?あ、もう着いていってるんだけど一応確認をね?」

 この人はどうしてついてくるのでしょう。面倒なので無視を決め込む。

「無視なの?やっぱり昨日の事故思い出したりして辛い?マナちゃんと仲良かったもんね…」

 本当にこの人は何なんだ?

 そろそろ黒岡さんの家につくんだけど。うーん。まあいいか。同じ制服だし。別に問題ないでしょ。

「あ!ねぇねぇ!ここがサキちゃんの家??マンションなんだねぇ!」

 追い払いたいと思っても私には追い払うすべがないからどうしようもないよね。仕方がないんだ。

 マンションに常設されているエレベーターに乗り、404号室まで向かう。

「家4階なんだ~!知らなかったよ!え?黒岡?あれ?サキちゃんの名字って黒岡じゃなかったよね?あれ、しかも黒岡ってどこかで…?」

 無視だ無視。

 私は黒岡さんの家のチャイムを鳴らす。

「んんん?」

 何かを思い出そうとしているのだろうか。その子は眉を潜めて考え事をしているみたいだった。

 少しして誰かがドアから顔を出す。

「んあー。あ、サキさん、だよね?えへ、どしたの。」

 どうして名前を知られているのか不思議に思った。だけど、私はプリントを届けに来ただけなので鞄からプリントを出して黒岡さんに渡す。

「およ?横の人はマユちゃんかな?」

 ん?この人はどうしてこの子のことを知っているの?私は名前を思いだせなかったのに。知り合いなの?

「どうして私の名前知ってるのー?」

 どうやらマユちゃんは黒岡さんのことを知らないらしい。

「さぁ?どうしてでしょー?」

 まあいい。渡すものは渡したし、私は家に帰ろう。

「およよ?帰っちゃうの?上がっていけばいいのにぃ。お茶でもお菓子でも出すよ?」

「え!ほんとー!やったー!」

 私は行かないよ。帰る。

 踵を反して帰ろうとする私に声を掛けてくる二人。

「えー帰っちゃうんだ。ざんねーん。まあそうだね、またねー。ばいばーい。」

 ちらりと後ろを見たら黒岡さんは手を振っていた。

「!!」

 白い手だった。驚くほど白かった。血の気が見受けられないくらい白かった。あの日見た手とダブる。黒岡さんが犯人?いや、でも動機がない。大体手の色だけで決めるなんて早計すぎる。

「どうしたの?帰らないの?あ、やっぱりお菓子食べたくなった~?」

「上がっていこうよサキちゃん!」

 黒岡さんの言葉に追い討ちをかけるマユちゃん。

 驚きのあまり動けなくなっていた私は何も答えない。しかしこの場に居たくないという気持ちが強く、次第に後退りしていく。

「え、サキちゃん帰っちゃうの?じゃあ私も帰ろうかな。」

 いや、お前はここに居ろ。私の家まで着いて来る気なの?

 黒岡さんと目が合う。

「またねぇ。」

 不気味だ。またねと微笑んだ黒岡さんの表情が不気味だ。こんなにも人に嫌悪感を抱いたのは小学校の時以来だ。

 ここに居たくない。

 私は背を向けてマンションの廊下を走る。そのままエレベーターには乗らず、階段を駆け下りる。

「えぇえー!待ってよサキちゃぁーん!」

 マユちゃんも私のことを追いかけて階段を下りてくる。

「またあした…会えるといいなぁ…サキちゃん…。」



 しばらく走った。ビル街を抜け、交差点付近の公園まで走った。

 不快だ。不愉快だ。不気味だ。黒岡さんの笑い方が夢で見た私じゃない私の笑い顔と重なる。気持ち悪い。何だあの子は?黒岡麻宮は何なんだ?

「ちょ、ちょっ…ちょっと待っ…てへぇー…」

 後ろからマユちゃんが声を掛けてくる。疲れているのか呼吸音混じりに。

「ねぇ、黒岡さんってあの黒岡さん?」

 あの?どの?あれは人なの?あんな不気味なものが?

 わからない。私の記憶にはあんなのいない。

「えぇ?分からないの?小学校の時全然学校に来なかった黒岡さんだよ!みーくんの罰ゲームの1人目の標的!」

 私とあれが同じ学校だった?小学校の時?

「いやー黒岡ってそれほどここらで聞かない名前だからさー?やっと思い出したよぉ!走ったら思い出したよ!」

 それがどうしたの?今この状況では私はそうなんだ。としか言いよう…が…

 待って。でも同じ学校だったってことはマナちゃんとも接点があったってこと、だよね?鎌を掛けて引っ掛かれば犯人…いや、ガサツ過ぎるか。でもやってみる価値はあるな。容疑者候補に挙がった唯一何だから。

 早速と言いたいけど。今日は少しきつい。明日の放課後に行こう。

「あれ?どこにいくの?サキちゃん!」

 帰るんだよ。

「うーん。もうこんな時間かぁー。失敗だよぉ…仕方ないなー…またあしたー!」

 え?またって。明日も着いて来るのか。



 家に着いてすぐ、お風呂に入った。それからご飯を食べて、歯を磨いてベッドに沈む。

「…」

 そう言えば、マナちゃんは助かったのだろうか。安否を知るのが怖くて放置していた。でも多分今知るべきだ。

 携帯で昨日の事故について調べる。

 あった。昨日の交差点で女子高生が跳ねられた事件について纏められているサイトを見つけた。

 どうやらそのサイトは今朝の新聞のコピペらしい。新聞より抜粋と書いてあった。

 読み進めていく。どうやら警察は事故として、轢いた人を捕まえるらしい。あの黒い車はマナちゃんを轢いても止まらなかった。だから、その黒い車の持ち主を今探している最中らしい。

 そして私が知りたかったこと。マナちゃんは、マナちゃんは一命は取りとめたらしい。

 良かった。生きてて良かった…。



 昨日。どうやら私は記事を見ながら寝てしまったらしい。朝起きると携帯を手に持っていた。

 放課後。今日も普段とは違う方向へと足を進めている。

「今日も黒岡さんの家に行くのー?」

 校門で待ち構えられていた。

「本当はお菓子食べたかったんだねぇ?」

 この子はどうして私に着いて来るのでしょう。

 その後も何やら話し掛けられたりつつかれたりしたけれど私は無視を決め込んだ。一言も返事を返してあげられないのは本当に申し訳なく思う。喋れたら今の気持ち全部言うんだけど。

「でさー!猫が喋ってさー!」

 この子は何の話をしてたんだっけ。

 もうそろそろ黒岡さんの家だ。出来れば会いたくない。でも犯罪者がのうのうと暮らしているのは我慢ならない。まあまだ犯人って決まった訳じゃないけど。

 常設されたエレベーターに乗り、4階の404号室まで向かう。

 玄関のチャイムを鳴らし、黒岡さんを呼ぶ。

 思ったが、黒岡さんには親が居ないのか?仕事で居ないのかな。

 チャイムを鳴らした直後にドアが開く。

「あぁ。待ってたよぉ。」

 早いな。窓から私たちが来るのを覗いていたのだろうか?

 まあいい。尺が省けた。私は探偵ものの小説などで長々と推理するシーンが嫌いだ。そして推理をそのまま言わせている犯人も嫌いだ。犯人が大勢いる場合や、探偵と一対一の場合、逃げるか探偵を殺すかすればいいのに。どうして自分が追い詰められるのを逃げもせずに聞いているのだろうか?

 だから私は推理はしない。単刀直入に言う。

 鞄から自由帳を出し、あらかじめ書いておいた文を黒岡さんに見せる。

『あなたはマナちゃんを車道に突き飛ばしましたか?』

「え!どういうこと?マナちゃんの事故って、マナちゃんの不注意で起こったものじゃないの?」

 私が黒岡さんに見せた自由帳を見てマユちゃんが驚く。話してなかったから無理もない。でも私が見たいのは黒岡さんがどう反応するか。マユちゃんは今関係がない。

「およ?ばれた?」

 は?

 ばれた?何を言っているんだ?否定もせず、言い訳もせず、悪びれもせず!!

 殴りそうになったのを抑える。落ち着け。こんなの殴る価値もない。何の価値もないやつだ。そういうやつなんだ。

「あぁれ?殴らないんだ。みーくんにしたみたいに私を殴らないの?つまんないなぁ。」

 こいつは…!どこまで人を馬鹿にすれば!

「ど、どういうこと!?」

「およ?わかんない?私がマナちゃんを殺そうとしたって話だよぉ。」

 私は自由帳に『なんで?』と理由を問う文を書き殴る。

 それを目の前にいるものに見せる。

「何で?なんでかー?サキちゃんの為だよぉ。」

 は?私のため?意味がわからない。

「玄関は何だし、私のお家へ入りなよ。」

 誰がこんなやつの家に。

「入らないとちゃんと理由教えないよぉ?サキちゃん意味がわからないって顔してるしねぇ。」

 どうしようもなく腹が立っていたが私のためとか、意味のわからないことを言われると気になってしまう。それに、証拠があれば、証拠を持ち帰って警察に届ければこいつは捕まる。

 その結論に達したため、私は家に入ることに決めた。

「ようこそ~」

 黒岡麻宮の家の中は想像が付かないような有り様だった。

「うわっ…何これ…」

 私の写真。私の写真が壁中に張り巡らされていた。小学校の時の写真もある。ランドセルを背負っている小6の私。制服を着ている中学の私。そして一昨日の事故の時の私の写真も。

「黒岡さんってストーカー…」

 誰が誰に言ってんだと思ったが、マユちゃんの行動何て比にならない程のものだった。

「あぁ、驚いてる顔も凛々しいよぉ…」

 黒岡さんは手を当てて火照った顔でそう言った。

 悪寒がする。鳥肌が立つ。何なんだこいつは?

「ひいっ…!」

 マユちゃんが引いている。普通の反応だよ。そうなるよ。その対象にされている私は。

 『どうしてこんなことをしたの?』と、震える手でペンを走らせる。

「あぁっ!手が震えてるぅ…ふふっ。ねぇ?あの時マナちゃんに駆け寄ってたらそんな風に手とか全身を震わせていた?泣いてた?ねぇ!教えてよ!」

 自由帳に文字を書いている私の手をとり、ずいっと体を近寄らせてくる。

「なっ、サキちゃんが嫌がってるじゃん!離れて!」

 間を割って入ってきてくれたマユちゃん。

「ふふ、ねぇえ…教えてよサキちゃん…凛々しいサキちゃん…」

 絡めとるようなその口調に寒気が止まらない。蛇に巻き付かれてるみたいに私からその言葉が離れない。

 未だに震える手で文を完成させ、それの目の前に突き出す。

『どうしてこんなことをしたの?』

「どうしてしたかって?貴女は私の神様なの!私には抗えなかった力に対抗した!その事実だけで私は!私は、貴女を尊敬する。崇拝する。信仰する!」

 どういうこと…?どうして私のことをそれほどまでに慕っているの?慕っている何て生易しいものじゃ無いことは分かっているけれど。言葉にしたくない。それを考えたくもない。

「何で?どうしてそこまでサキちゃんを…?」

 私の前に立ってくれているマユちゃんが、今は頼もしく感じる。

「私は、サキちゃんになりたい…サキちゃんみたいに強くなりたい。1人でも生きていけるくらい強くなりたい。たとえ喋れなくなったって、それでもいい。貴女になりたい。だから!サキちゃんを知りたい…」

 怖いよ。何がこの人をここまで歪めたの?

「サキちゃんが喋れない…?」

 ぁ…

「そうだよ。え?知らなかったの?教えてもらってなかったの?ぁはは!知ってる!お前よりサキちゃんのことを私が知ってる!!!ぁ~~はっ!当たり前だよねぇ。だっていっつも見守ってるんだから。」

 最後の言葉が私の全身に針を突き刺した。もう立っていられない。ずっと見ていた?怖い以外の何でもない!見守ってる?ただのストーカーだろ。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い!!

「病院に行くとこも見てた。喋れない理由も知ってる。でもまだなんだ。足りないよ。まだサキちゃんの全部を知らない…!」

「そうか。だから…」

 何なんだこいつは?何なんだ?理解ができない。意味がわからない。

「どうしてそこまでサキちゃんに固執するの?」

 そこで核心を突く質問が飛び出る。

「どうして?それは私が逃げた世界にサキちゃんは面と向かって立ち向かったから。私は逃げることしか出来なかった…無視されるのが怖かったんだ。クラスの子は何を話してもまるで見えないみたいにどこかに消えてくから…私はここに居ないんじゃないかって、ここに居たって意味なんてないんじゃないかって!6年生になってたまたま知った。サキちゃんが起こしたことを。かっこいいと思った!すごいと思った!私は戦わずに逃げたのにサキちゃんは立ち向かったんだ!サキちゃんのことを聞いたとき、あぁ、私もあんな風になれたらって思った。だから私はサキちゃんを知りたい!サキちゃんの全部を知りたい!」

 黒岡さんの叫びを聞いた。でもそれはおかしい。私は、私だって逃げたんだから。未だ震える手で自由帳に文字を書く。

『私だって逃げた。』

『だから今喋ることができないの。』

 それを見た黒岡さんは、何度も首を横に振った。

「違うよ。違う。サキちゃんは立ち向かったよ。私と違って。私はひとりになるのが怖かった。でも、サキちゃんは自らひとりになった…!その違いだよ。ひとりで生きていけるくらい強くなりたい。サキちゃんみたいになりたい。サキちゃんになりたい。」

 最後の言葉に凄まじい何かを感じた。恐怖にも似たような感覚。何かおぞましいもの。直感的にそう思った。

「サキちゃん…サキちゃんは、過去を振り返らないよね?だからあの時マナちゃんに駆け寄らなかったんだよね。ねぇ、サキちゃん。サキちゃんはあの時何を感じた?目の前でマナちゃんが轢かれて、どう思った?」

「狂ってる…答える必要はないよサキちゃん。」

 答えるつもりなんてない。

「私はね、サキちゃんがこう感じるだろうと思ってサキちゃんになって動いたよ。だから駆け寄ったんだ。マナちゃんに。でもサキちゃんは来なかった…どうして?どうしてあの時駆け寄らなかったの?」

「どういうこと?黒岡さん、マナちゃんを突き飛ばしといて自分でマナちゃんを助けようとしたの?」

 黒岡さんの言ってることは支離滅裂で要領を得ない。

 しかし、あの時駆け寄っていっていたフードの人は黒岡さんだったってことなの?誰だろうとは思っていた。もしかしてマナちゃんの今の友達なのかな。とか。

「サキちゃんがそうすると思ったのに。サキちゃんは来なかった。サキちゃんと違うことをしてしまった。サキちゃんになりきれなかった。その罪の意識からか途中から体全体の震えが止まらなかったよ。最後までサキちゃんとしてマナちゃんを見てたけど、救急車が来るまでサキちゃんはマナちゃんに近付こうともしなかった…」

 そんなの…仕方がないじゃない…

 私が行ったって何もできない。掛ける言葉もないんだから。

「あ!いいこと考えちゃったっ!」

 突然そう言うとどこかへスキップで駆けていった。

「今のうちにここからでようサキちゃん!」

 そうマユちゃんに提案されたが証拠がない。これじゃああいつを捕まえられない!何か証拠を!計画書とかないの?!

 私はその部屋の机の引き出しやら何やらを片っ端から探してみるがそれらしきものは見当たらない。

「サキちゃん!出ようって!」

 だめだよ!証拠がないと…こどもが何言ったって大人は信じないよ!証拠が…

「何か嫌な予感がするんだよ…ねぇ、早く出ようよ!」

 だって証拠が!そのことを伝えるため自由帳に『しょうこ!』と汚く文字を書き連ねる。

 それをマユちゃんに見せようと前を向いたところだった。

 マユちゃんの後ろに包丁を振りかぶったあいつが居た。危ない!と咄嗟に叫んでれば、叫べていればよかったんだ。間に合わない。このままじゃマユちゃんが刺されてしまう!

「サキちゃ…」

体が勝手に動いたってこう言うことなのかと初めて理解した。マユちゃんの肩を私の手で強く弾く。

「なぁっ!!」

 あいつが振り下ろした包丁のスピードは止まることを知らないようだ。マユちゃんを弾いた私の腕は強い痛みに襲われる。

「は───────ッ!!!!!」

 痛い。痛いどころじゃない。刺された腕以外の場所の神経が全てそこに集まったんじゃないかと思うくらいの激痛。

「あぁぁあぁああぁっ!!!サキちゃんっ!ごめんっごめんっごめん…!痛いよね?やっぱり刺されたら痛いよね?」

 ぐぅ……気が飛びそうになる…

 私は唇を噛み締めて痛みを我慢しようとする。

「あぁっごめんねサキちゃん!はぁっ!あぁ…駄目だぁ…刺されても凛々しいよぉ…サキちゃぁん…」

 私の頬に手を這わす黒岡麻宮。

「サキちゃん!!!」

 それをみたマユちゃんが怒りと罪悪感の入り交じった声で私のことを呼ぶ。

 呼ばれた私はもうほとんど意識がない。足の力が抜けた私はその場に崩れるように座った。何故だか足がピリピリと痺れる。その痺れた足を覆うように温かい赤い液体が流れた。

「ごめん…私の所為で…!助けるから!絶対に助けるから!」

 うぅぅっ…ものすごい脱力感。何だ?視界まで霞む。頬を触られている手を払い除けることもできない。

 体勢を立て直したマユちゃんは私の頬を触りまくって恍惚の表情を見せる黒岡麻宮に体当たりした。

 包丁は黒岡麻宮が私に駆け寄るときに放り投げていたので反撃は食らわないと考えたのだろう。

 ぼやけた視界で何となくの状況を理解する。

 あぁ、何だか、座っている力すらも、失われて…

「サキちゃん!!」

 すごく遠くからマユちゃんが私の名前を呼んでいる。



 暗い。すごく暗い。何も見えない。ただ息苦しさだけが私を襲う。

 苦しい。

 すごく苦しいんだ。

 あ…あれは…?

 真っ暗だった世界に暖かい夕焼けの光が差し込む。

「サキちゃん…!あのね!私!」

 あれは、小学生の頃のマナちゃん…?マナちゃんの向かいには幼い私の姿も見えた。

 あぁ、走馬灯ってやつなのかな。

「チッ…」

「サキちゃん!待って!」

 あぁ、ごめんねマナちゃん。私は、弱かったんだ。

 あんな風に舌打ちであなたなんて私に要らないって強がって見せて、駄目なんだ。取り繕ってるだけなんだ。

 突然場面が変わって私の部屋に移った。

 部屋のベッドでうずくまって泣いている私。

「うぅ…っぅ…ひっ…ぅっうぅっ…何っ……で…ぇえ…うぅっ」

 しゃくりあげるように泣いていた。この頃の私は、あぁ、今もか。誰かに頼ることを知らなかったんだ。助けてと言えなかったんだ。全部一人でやって来た。一人でどうにかしようとしてきた。

 でも駄目だった。

 病院のベッドに眠る今の私が見えた。

 切られたのは左腕の動脈。丁度骨の間を通ったのか包丁は私の腕を一度貫通した。そして黒岡麻宮によって包丁を引き抜かれるときに動脈が切られたらしい。

 わたしは生きてるのかな?それとも死んだのかな?

 マユちゃんは無事かな。マナちゃんは無事かな。

 あぁ、このまま訳もわからずに死んでしまうのか。

 せめて、最期にマナちゃんに謝りたかった。



「サキちゃん!!」

 すごく遠くからマユちゃんが私の名前を呼んでいる気がする。

「サキちゃん…」

 これは、誰の声だろう。聞いたことのある声だ。そしてすごく懐かしい声だ。

 途中から耳に機械音が混ざる。ピーピーと音をたてている近くで人の声がする。

「サキちゃん!!!」

 すごく長い間眠っていた気がする。全体的に体が重たい。

 気が付くと目が開いていた。そして気が付くと目の前にマナちゃんが居た。

「良かった…!サキちゃん…」

 マナちゃん…あぁ、懐かしいと思った声はマナちゃんだったのか。

「呼んできたよ!」

 ドアが開く音がして、落ち着いた優しい声が私の脳に響く。

「あぁ、よかった。目が覚めたか。出血の量が異常だったからねぇ。危なかったんだよ。君。」

 そうですか、ありがとうございました。と、言おうとしたけど声がでないのを忘れていた。朝起きると喋れないのを忘れていて、思い出して、毎回気分が沈む。

「あ、そうか。すまない。喋れないのだったね。心の…問題だったかね。」

 目を伏せる私。

「うむ。もう残り少ないただの老人からのアドバイスと思って少しだけ耳を傾けてくれ。人は一人では生きていけない生き物だと、私は思う。誰かに頼らなければ生きていけない生き物だ。頼ることは恥じゃない。それに悪いことでもない。助けてほしいときに助けてくれる。そんな友人を、作りなさい。」

 そう言ってにっこりと微笑んだお医者さんは、マナちゃんとマユちゃんの肩を軽く叩いて、

「またあとで君の腕をきちんと調べるからね。今は少し、休みなさい。」

 そう言い、去っていった。

「ごめんね、サキちゃん…私…」

 マナちゃん…謝らなくちゃいけないのは私の方だよ。

 それにこれは私が勝手にやったことで、ただの自己満足で、巻き込んでしまったマユちゃんにも謝らなくちゃいけない。

「────……ッ」

 駄目だ…声がでない…

「大丈夫だよサキちゃん。声は徐々に取り戻していけばいいと思うし、二人ともわかってるから。」

 例えわかっていてくれたとしても私は伝えないと気が済まない。これも自己満足か?

「ありがとうサキちゃん。わたしのために。」

 あぁ、望んだ未来だ。その望んだ未来のはずなのに、どうしてこうも気が晴れないのか。

 そうだ、自由帳…聞きたいことがあるのに。

 私は体を起こしてベッドから降りて近くにあった私の鞄を探ってみた。その鞄を探っているときに気付いたことだけど、左手がどうも痺れる。壊れかけた電灯の明滅みたいに手を動かせるときと動かせないときがある。

 もしかしたら刺された後遺症なのかもしれない。

「どうしたの?サキちゃん…?」

 マナちゃんから不思議そうな顔で問われた。

 私は手でノートがないとどうにか伝える。

「のー…あ!ノートがないのね?あのノートは血がついて使えなくなってたからもう捨てたらしいよ。」

 やっと伝わった…でも、そうか。もうないのか。

 どうしよう。どうやって伝えようか。

「メモ帳なら私持ってるよ。使う?」

 マユちゃんがそう言って自分の鞄からメモ帳とシャープペンシルを取り出した。

 私はこくこくと頷いて貸してくれるように頼む。

「うん。はい。あげるよ。」

 私は貰ったばかりのメモ帳に『いいの?』と書いて見せる。

「うん。いいよ。もともとあげるつもりだったしね。」

『そうなの。ありがとう。』

 で、聞きたかったことをやっと聞ける状況になったわけね。

 聞きたいのと聞きたくないのと半々だけど、きっと聞かないと気がすまない。

『黒岡麻宮はどうなったの?』

 その文言をマユちゃんに見せると顔が暗くなった。

 マユちゃんにとってもすごく辛かったであろう記憶。でも私は知りたい。知らないといけない。

「黒岡麻宮は捕まったよ。」

 そう…。よかった。私の目的は完全に完了していたわけだ。

 でもどうやって捕まったのかな。

 その旨を聞くと、丁寧に教えてくれた。

「本人のマナちゃんを道路に突き飛ばして殺そうとしたっていう供述があったからなんだ。」

 あぁ、私が聞いたとき素直に認めてたからね。

「でも本人は警察では犯行を否認したんだよ。」

 ん?犯行の供述をしたのに犯行を否認した。

『どういうことなの?』

「それは、これがあったからなんだ。」

 マユちゃんは自慢気な表情で鞄からボイスレコーダーを取り出した。

「ボイスレコーダー?」

 話を横で聞いていたマナちゃんが首をかしげる。

「うん。これがあったから黒岡麻宮は捕まったんだよ。そう。私のお陰!」

 テンション高いな。何でさっき暗い顔したんだよ。

『でもどうしてそんなの都合良く持ってたの?』

 私は半ば呆れ気味に文字を書いたメモ帳を見せる。変わらないなぁ。どんなときでもこいつは。

「うん。ほんとたまたまだよ。私って新聞部でしょ?」

『そうなんだ。』

 全然知らなかった。

「あれれ?知られてなかったか。ま、まあ!新聞部なの!その取材の一貫でね。サキちゃんのお声を録りたいな、と思ってね?」

 何で私の声なんか。あ、もしかして、

『私が喋らないから?』

「うん。実はそうなんだ。サキちゃんが全く喋らない理由とは?!って感じで記事を書こうとしてたんだ。サキちゃん可愛いからね。ミステリアスビューティーってやつだよ!」

 え?

「あぁ!そんな嫌そうな顔しなくても。もう記事にする気ないから大丈夫だよぉ…」

 そんな嫌そうな顔してたかな?ふざけるなとは思ったけど。

「ま、まあ、それでボイスレコーダーを点けたままにしてたんだ。」

 それで黒岡麻宮の音声が入ってて警察に提出して黒岡が捕まったってことか。

 そうか。そうなのか。マユちゃんが居なかったら私は黒岡麻宮にいいようにされて終わってたってことか。

『ありがとう。』

 丁度先生が私を呼びに来たタイミングでありがとうと書いた紙をメモ帳から引きちぎりマユちゃんに叩き付ける。

「んうぉっ!?何??!」

 私はそのまま先生に連れられて診察室まで歩いていった。

「んうぇー?私何かしたかな?お?紙?ありがとう…?」

 ひらりと落ちた紙を拾って紙に書かれた文字に気づいたマユちゃん。

「サキちゃんって恥ずかしがりやだから。」

 マナちゃんは少し笑顔でそう言った。

「恥ずかしがりや、かぁー!可愛いところもあるんだね!ツンツンしてるイメージがあったよ!」

 ずっと話しかけているのに見向きもしてくれなかったあの日を思い出したマユちゃん。

「基本ツンツンしてるけどね。サキちゃんは。」

 見えなくなった背中を二人はしばらく笑顔で見ていた。

「マナちゃん、寝たら?まだしんどいでしょ?」

「あ?ばれた?」

 そう言ってマナちゃんは自分の病室に戻っていった。



 診察室で一通り調べ終わった。脳とか、主に腕を調べられた。刺された場所だから当たり前だけれど、傷の具合だとか何とか、まあとにかく必要以上に調べられたと思うくらい調べられた。

 診断の結果はやはり、といった感じだった。

「うん。結果だけどね、左腕に痺れるような感覚が残ると思う。」

 分かっていたことだ。今更どうとも思わない。動かせない訳じゃないし、大丈夫だよ。



「うん。それから、これはよけいなお節介かもしれないけれど君の心の問題の話だ。」

 何だろう?

「私の教え子でね。今精神科の院長をやっている者が居てね。きっと君の助けになる。1度でいいから足を運んでみてくれ。」

 そう言って私にその院長への紹介状とそこまでの地図を渡してくれた。

『行ってみます。ありがとうございます。』

 誰かに頼るのは抵抗のある私だが、料金が発生するなら話は別だ。頼る、ではなく何というのだろう。無償じゃないので気が楽なんだ。

「うん。以上だよ。」

『ありがとうございました。』

 私は診察室を出て、自分の病室に戻った。

 自分の病室に戻ってから気がついたことだけど、驚くべきことに私は2日間寝ていたらしい。そしてマナちゃんが無理をして私に会いに来てくれていたということ。マナちゃんは起きて1日しか経っていないのに、すごくしんどかったと思う。

 後でお礼を言いに行こう。

 そして謝ろう。できれば自分の言葉で。自分の声で。


 それから数十年後。

 私は色々あって言忍(したため)精神科医の看護師をしている。

 さあ、お仕事だ。

「こんにちは。」

 まず私は軽く微笑んで挨拶をする。

「こんにちは。」

 その子もきちんと挨拶をしてくれた。その子は男の子だ。身長は低め。中学生だろうか?

「最近は天気が心地良いよね。」

「…?そうですね?」

 彼はすぐさま本題に入ると思っていたのだろうか。不思議そうな顔をした。もう少し雑談をしようとしていたけれど、彼が本題を話したがっているようだったので、そちらに誘導してみる。

「今日は来てくれてありがとう。自分が一番安心できる場所だと思ってリラックスしてお話して。私は君の声が聞きたい。」

「…話していいんですか?」

「うん。どんなことでも。」

 その子は自分の今を話始めてくれた。

「僕は、えっと。ストレスを感じやすいと言うか、ちょっとの言動を気にしちゃうし、相手が本当のことを言ってるかどうかとか分からないし、人の目が怖いと言うか、なんと言うか…」

「うん。」

「どうやって今までクラスの人と話してたか分からなくなったと言うか、記憶にあることを言ったりしたりしても何か違和感があると言うか、自分じゃなくて他人みたいと言うか…」

「クラスに友達は居るの?」

「あぁ。はい。居ます。一応。」

「その子とは喋ったりするの?」

「はい。仲良くしてるつもりです。つもり…です。」

 うーん。もう少し話を聞いてみないとこの子が何に困っているのか、どうしたらそれが解決できるのかがはっきりしないな。

「つもりなんです。」

「うん?」

「全部つもりなんです。その子と喋っていることも、自分の席に座ることも、何をするにも、全部、全部自分のつもりなんです…。」

 自分のつもり…か。誰かのつもりじゃないだけましだ。この子はきっと自分が何なのかわかっていないんだろう。

 私は万能じゃない。精神科医の看護師だからって人の心が全部わかる訳じゃない。私だって高校生の頃は自分の心がわかっていなかったんだから。だから喋ることができなかった。何が突っ掛かってて声がでなかったのかわからなかったんだ。時間が解決してくれると言う言葉は嫌いだ。時間で解決できないこともあるし、その時間のせいで苦しむこともある。そんな他人任せな言葉は嫌いだ。

 でも、何かに任せないといけないこともあることを私は知っている。誰かに話を聞いてもらえるだけで楽になることを私は知っている。たまには自分以外を頼ったって良いんだってことを私は知っている。

 だから私は全力でサポートしよう。

 この子の心が戻るまで。

────────────


───────END───────

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 小説とか作り始めたばかり(?)なので拙い部分が多々あったかもしれません。ここがよかったとかここはちょっとな。とか。コメントお待ちしてます。

 批評してくれると嬉しいです。

 これからもたまーにこんな感じで短編を出すつもりでございまする。

 連載中の作品では『ソラノカイナ』というものがあります。よかったら是非。

 ではでは( ´∀`)/

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[良い点] 自分の気持ちを言っているのはやっぱり凄い って思いました! [気になる点] 気になる点は全然ありません! [一言] 小説頑張ってください。 顔も知らない人に言われるのも何か変ですね。 すい…
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