王都にて
門を通過すること自体は簡単だった。ミリアムは国内の一領主の娘、その身分を提示した時点でナナの身分も確認されることはなく、馬車から積み下ろしていた荷物も確認されず、すぐに門を通過させてもらえた。
王都の大門をくぐってミリアムとナナが最初に感じたのは王都の活気だ。通りはウォーカー領のものよりずっと広く、なのにずっと狭く感じるほどの人が犇めき合っていた。しかし同時に、ミリアムはその喧騒の中に違和感を感じていた。
「・・・まあ気にしたってしょうがないか。」
まずミリアムたちが目指したのは、入学する予定の王立魔法学校だ。学校自体は非常に大きく、さらに王都の中心部に近い位置にあったため、すぐに見つけることができた。問題はどのようにして中に入るかだ。
「・・・でかいねー。」
「うん・・・どこから入ればいいのか、わからない・・・。」
そう、学校が余りにも大きく、入り口を見つけることができないのだ。
そして、入り口を探している間に日が傾き始めてしまった。
「うーん、もう遅くなってきてるみたいだし、早く宿を見つけようか。入り口は明日見つけよう。大人しく誰かに聞くのがいいかもね。」
「えっと・・・。」
「ん、どうしたの?」
「実はちょっと、気になることが・・・あって。ここの、壁のところ、から・・・変な感じ?が、するの。」
「んんー?」
ミリアムはナナが指した部分に触れてみる・・・しかし、何も起きない。
「本当に?ちょっとナナが触ってみて。」
「う、うん。」
今度はミリアムではなくナナが壁に触れる。すると、その変化は劇的だった。ナナが触れた部分が一瞬光ったかと思うと、その光が波紋のように広がっていき、最終的には学校を取り囲む壁の左右5メートル程度が光に覆われると、その部分が一瞬にして鉄柵でできた門へと変化していた。
さらにその門は、呆気にとられているミリアムとナナの目の前で、驚くほど静かに、独りでに開いた。
「す、すごいねー・・・。入ってみちゃう?」
「・・・そう、だね。入って・・・みようか。」
ミリアムとナナが門を通ると、門は勝手に閉じ、気づいた時にはただの壁に戻っていた。
「ようこそ、王立魔法学校へ。入学希望ですか?」
「!?」
「ああ・・・驚かせてしまってすみません。どうにも人の背後に転移する癖が治らなくて・・・。」
ナナのびっくりした様子を見て、唐突に表れた人物は謝罪する。ミリアムは、そもそも驚かなかったのか、それとも隠すのが上手なのか、無反応だった。
「申し遅れました。私はこの魔法学校に務めるベスというものです。ナナさん?でしたっけ。魔法の素質ある人物に来ていただけて光栄です。あなたが門の外にいるところからずっと動向を見ていました。」
「ねぇ。」
「ん・・・?」
「あなたじゃなくてあなた『たち』なんじゃない?ずっとここにいるのにそう蚊帳の外に扱われると流石に怒りそうなんだけど。」
「・・・ふん、黙れ下等市民ごときが。お前のように魔法の適性が無い者がこの場に居合わせているというだけで光栄なことであると知れ。」
「・・・」
ミリアムは顔を伏せていて、その表情は周りからは見えない。しかし、その怒りが限界に達しそうになっているのは明らかだ。ナナはミリアムの怒りを収めようとするも、どう声をかければ良いのかわからず、右往左往している。さらに、周囲にはこの学校の生徒や職員と思われるやじ馬が集まってきている。場の緊張感は高まっていく一方であるが、ミリアムももう分別の付く年齢だ。怒りを抑え込まなくてはならないことは当然理解している。しかし、ベスと名乗った女性の次の発言。
「お前がどこから来たのかは知らないし、興味もないが、さっさと帰れ下等市民が。安心しろ、ナナさんは我々がちゃんと世話してやろう。彼女にとってお前は必要無い。ふふ、楽しみだ・・・。」
この発言に本能的な恐怖を感じたナナは、ミリアムに助けを求めるような視線を送る。
その瞬間、ミリアムの怒りは限界を迎えた。
「私のナナから離れろ・・・。」
ミリアムは瞬間的に手の中に石の槍を生み出すと、その超人的な膂力でベスに向かって投擲する。ベスの頭に向かって寸分の狂いもなく放たれた槍は、しかしベスまで到達することは無い。彼女はミリアムが放った槍に辛うじて反応しており、ぎりぎりのタイミングで転移の魔法を発動している。
転移先は・・・ミリアムの背後だ。
ミリアムの後ろに音もなく出現したベスは、その時点で己の繰り出せる最強の攻撃、蹴り、をミリアムの頭部に向かって放つ。転移魔法による加速付きという本気の一撃だ。しかし、完全に読まれている。ミリアムは自分の頭部に向かって鋭く放たれた足を片手で受け止めると、その足首を両手で握りこむ。バキィ!と、骨の砕ける音が周囲に響き渡る。周囲の人たちは茫然とするか、状況について行けている者は、恐怖を感じる。
当のベスは自分に何が起こっているのかが理解できず、あほ面を晒しているが、その表情は次の瞬間には恐怖に塗り替えられる。ベスの体を、浮遊感が突然襲ったからだ。そして、その後に起こることは明らかだ。ミリアムは、ベスを軽く振り回した後、
ズドン!!!
と、地面に叩きつける。ここで、本気で叩きつけなかったのは、辛うじて残っていたミリアムの優しさだろう。そして、最後には石の剣を手元に生成して、それをベスののど元に突きつける。
「本気を出すまでもないじゃん。下等市民とか言ってたくせに。」
ミリアムは生成した剣をベスの隣の地面に刺すと、ナナのもとに歩いていく。
「大丈夫だった?ごめんね、守るって言ったのに・・・。」
「うん・・・大丈夫、だよ。」
「本当に?何だか顔が赤いみたいだけど。」
「本当。大丈夫、だから。そんなに・・・見つめないで・・・。」
「そう・・・良かった。じゃあさっさと入学の手続きをしようか。どこでできるのかな・・・。」
場所は変わって、王立魔法学校の校長室の中。ミリアムとナナは机を挟んで、この学校の校長と向かい合って座っていた。校長は、長い髭をたくわえた、眼光鋭い爺だ。そのしわくちゃの顔と、たたずまいからは、他を圧倒するような威厳が感じられる。
息の詰まるような緊張感の中、先に口を開いたのは校長の方だった。
「・・・うちの職員が、世話になったみたいだな。」
「今日はこの学校に入学したくて来たのですが、入学手続きはどのようにすれば良いのでしょうか?」
校長の発言にかぶせるようにしてミリアムが発言する。学校の職員を傷つけてしまったということに対する罪悪感を感じさせようという意図があっての校長の発言だが、そこにかぶせられたミリアムの発言は、そのような手が通じないと校長に感じさせるには十分なものだ。
「・・・入学手続きだったな。だがここは魔法学校だ。見たところお前には魔法の適性が全く無いではないか。しかし、土の魔法を使っていたという声もちらほら挙がっている。この秘密を教えてくれたらうちの職員を傷つけたことも帳消しにして、入学も考えてやるぞ?」
「入学手続きをしていただけると約束しなければ、秘密を教えることはできません。」
「ふむ・・・良かろう。ちょっと待っていろ・・・これが二人分の入学手続きの書類だ。さあ、秘密を教えろ。」
ミリアムは校長が取り出した書類を確認すると、少し間をおいてから口を開いた。
「呪術です。」
ミリアムのこの言葉を聞いて一番驚いていたのはナナだろう。ミリアムのことを複数の魔法を扱える天才魔法使いだと思っていたら、実は呪術師だったのだから。校長も驚いてはいるものの、長年の経験のおかげか、何とか平静を保っている。
「確かに、辺境のウォーカー家が何やら魔法の根底を覆すような研究をしているとの報告が挙がっていたな。・・・まあいい。お前の入学は認めるが、危険人物として監視を続けるということを忘れるな。それと、この部屋の外に案内役が控えている。その者がお前たちを寮の部屋まで連れていく。入学式までまだ数日はある。その部屋の中で荷物の整理をして、今のうちに学校を見回っておくと良いだろう。さあ、わかったらさっさと行け。」
そこまで聞くと、ミリアムたちは部屋の外に出て、案内役の人に寮の部屋まで案内してもらった。案内人は生徒のようだったが、ミリアムの一件を知っていたのか、終始緊張した様子で、会話は殆どなかった。
ミリアムたちが案内された部屋はかなり広く、部屋の片隅には二段ベッド、さらにはミリアムが持参した研究資料などをすべて収納できるほどの巨大な棚、この二つを設置しておきながら部屋の中央には巨大な丸机と椅子まで置いてあり、この学校にどれほどのお金が注ぎ込まれているのかが伺える。
「ふう、今日は疲れたねぇ・・・。」
「うん、でも・・・ミリアム凄かった、よ。呪術・・・っていうのがどんなのかは、わからないけど。ミリアムの全力・・・惚れ惚れと、しちゃうよ。」
「ふふ、ありがとう。でも、あれが全力だなんていつ言った?」
「・・・ふぇ?」
「さあ、もう遅いし、疲れちゃったし、寝ようか。私は上のベッドがいいな。ナナはどうする?下のベッドを使ってもいいし、それとも一緒に上に来る?」
疲れていたおかげか、二人はぐっすりと寝、時は変わって次の朝。
「おおー、もう日が高い。かなり寝込んじゃったなぁ。あ、ナナおはよう。」
「んぅぅ・・・はぁ。おはよう、ミリアム・・・。」
「やっぱりナナと一緒に寝るのは心地がいいね。あの後結構迷ってたし、遠慮しなくていいのに。」
「でも申し訳、ないし・・・狭いかな、って・・・。」
「もー、気にしなくていいのに。さあ、私はもうお腹が減ったよ。学校探検ついでに食堂を探しに行こう。」
ミリアムたちは軽く身支度を整えると、部屋を出発した。当然多くの人とすれ違い、昨日の出来事の話が広まっていたことと、ミリアムとナナの美しい容姿も相まって、振り返らない人、または遠くからでも興味深そうに眺めない人はほとんどいなかった。それに加えて・・・。
「うーん、ここまでがっつりと監視されるとあんまりいい気分はしないね。」
「・・・え?」
「ほら、あそこにいる人。私たちが部屋を出た時からもう既に数回は見かけてるし、何ていうのかな・・・他の人と目つきが違う感じ?まあ半分は勘みたいなものなんだけど間違ってないと思うよ。」
ミリアムの言った通り、ミリアムがさした人はそれに気づくと、顔を隠すようにしながら離れていった。
そうこうしているうちにミリアムたちは食堂に到着した。これまたとても広い場所で、四角形の部屋の壁のうち2面はカウンターのようになっていて、約100メートルに亘って様々な種類の料理が出されている。さらに、生徒が食事をとるための席は800程度はあるだろう。
ミリアムは食堂の規模に圧倒されて立ちすくんでいるナナの手を取ると、生徒が食事を受け取るために並んでいる部分に一緒に並ぶ。どうやらこの食堂は、トレーなどを取ってから一列に並んで、横に移動しながら好きなものを乗せていく形式のようだ。
ミリアムとナナはそれぞれ好きなものを盛り付けていき、空いている席に座った。この一連の動作の間にも、周囲の好奇の視線はやまない。
「ミリアムは、朝からそんなに、お肉ばかり食べて・・・大丈夫?」
「うん、これだけ食べないと昼まで持たないんだよ。この体はどうにも燃費が悪くてね。あれだけの力が出せる弊害かな。」
ミリアムとナナはこの調子で雑談を交わしながら朝食を平らげ、話が一段落ついたところで席を立って、引き続きの校内の探検を始めようとしていた。しかし丁度その時、ミリアムとナナを遠くから眺めているものの中から一歩踏み出す人が一人。そしてその後ろに数人が続く。
最初の一人は煌めくような金髪に、左右で微妙に異なる色をした宝石のような碧眼を持つ長身の美男子だ。しかし、浮かべている醜悪な笑みがそれを台無しにしている。服装には金や宝石の装飾がされており、裕福な家系の出であることは一目でわかる。彼が一歩踏み出した時点で周囲の一部の女子生徒から歓声が上がったことから、学校内では一定の人気を誇っているのだろう。しかしそれと同時に、彼の登場に顔をしかめた生徒が男女問わず一定数いる。この差は生徒の派閥によるものだろうか。
その後ろに続いたのは、最初の一人には劣るものの高価そうな装飾の施された服を着た男たちで、皆別々の髪色や瞳の色、顔立ちをしていながら、最初の一人と同じように一様に下卑た笑みを浮かべている。その目はミリアムとナナの体を舐めまわすように見ており、しかもそれを隠そうともしていない。
「やあ、お二人。どうも初めまして。僕はアレン・バルドーン。名前からわかるかな?この国の王子だ。」
アレンと名乗った男は自信満々そうに言う。しかし、それ以上は何も言わない。何か大げさな反応が欲しいのだろうが、ミリアムとナナは何も返答しない。食堂を居心地の悪い沈黙が支配し、そんな状況にしびれを切らしたらしいアレンが、不満を露わにして叫ぶ。
「おい、この僕が話しかけているのだぞ!!何とか言ったらどうだ!?」
「・・・はぁぁぁ・・・・・・えー、用件は?」
ミリアムは非常に大きなため息をついた後、机に片肘をつきながら心底億劫そうに言葉を絞り出す。もちろん、アレンを怒らせる意図があっての行為だが、その効果は絶大だった。アレンは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「くそっ!薄汚い辺境貴族風情が!!この僕がわざわざ話しかけてあげているというのに・・・お前ら!この女どもを捕まえて俺の部屋に連れてこい!!どっちが上の立場なのかを体に教え込んでやる必要がありそうだ・・・ぐひひ・・・。」
彼のその一声を機に、彼の後ろに控えていた男たちが一斉に動き出す。しかし、それと同時にミリアムも動き出している。
ある程度の呪素を集めると、自分の身長程はありそうな巨大な刀を生成する。即席で作成したものであり、非常に脆くいわば見掛け倒しであるが、呪術のことを何も知らない彼らにはそんなことは分からない。ミリアムは数キロはあるであろうその刀を軽々と一閃してから口を開く。
「もし私に触れたら殺す。ナナに触れても殺す。内臓をくり抜いて死にかけの口に窒息するまで詰め込む。四肢を切り落としてから達磨になった目の前で烏に食べさせる。縛り上げてから手足の先端から少しずつ肉を削ぎ落して捌いた腹に詰め込んでいく。・・・その覚悟ができてるんなら、どうぞ、頑張って捕まえてみて?」
男たちの表情が完全な恐怖に塗り替えられる。彼らの目に見えているのは、彼らの思っていた犯すのに手頃そうな見た目の綺麗な少女ではなく、土の魔法を自分たちのはるか上の次元で扱い、自分たちの猟奇的な殺害方法を次々と提示していく、ただの狂人だ。
「はぁ・・・なんかここに来てから嫌なことばっかり起きるなぁ。ナナ、早く行こう?もうこいつらの顔を見たくない。」
「うん、そうだね・・・。」
「でもやっぱり大丈夫?昨日みたいに何だか顔が赤いよ?何もされてない?」
「だ、大丈夫、だよ。何もされてない。そ、それより、さっきの言葉は・・・自分で、考えたの?」
「いや、お母さんがこの冊子に書いてくれてた言葉。『絶対に相手を恐怖に陥れる脅し文句』だって。効果覿面だね。さすがお母さんだよ。」
この一件の後、ミリアムたちに突っかかる者は当然おらず、その後数日をミリアムとナナは何事もなく平和に過ごすことができた。
そしてついに、魔法学校の入学式の日を迎えるのである。
読んでいただき有難うございます。
次話以降もよろしくお願いします。