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ミリアム・ウォーカーの秘密  作者: 怪魁(かいかい)
3/5

王都への旅路

「お、目が覚めたようですなお嬢。」

「あ、おはよう。ここは?」

「お嬢がぐっすりしてる間に最初の宿場町まで馬車を進めておきやした。出発まで時間はしばらくありますから、観光に出かけるなら今のうちですぜ。ついでに朝食も取っておくと良いでしょう。お嬢、昨晩は晩飯も食べずに寝てしまいましたからね。」

「わかった。じゃあちょっと出かけてくる。」


 ミリアムはそう言って朝食を探しに出かけた。人生のほとんどを屋敷の中で過ごしていて、ましてやウォーカー領を出たことのないミリアムにとって、そこは非常に刺激的な場所だった。宿場町というだけあって料理屋などが多く立ち並び、食欲をそそる良い匂いを漂わせている。また、そこに居る人々の風貌もミリアムが知っているものとは大きく異なっていた。装飾品はほとんど身に着けておらず、旅のための動きやすい格好をした人がほとんどだ。


 ミリアムは清潔そうな料理屋を見つけるとすぐそこに入った。やはりそこら中に漂っている香ばしい料理の匂いは、昨晩何も食べていないミリアムにとっては抗い難いものものであったのだろう。


 チリンチリン


「おっ、いらっしゃい。適当な席を見つけて座ってくれ。注文票は各席に置いてあるから、注文が決まったら注文票と一緒に置いてある鈴を使って呼んでくれ。」


 二十歳前後に見える青年が店の奥からそう言う。店の中は外とは違い比較的落ち着いた雰囲気で、ミリアムはそこでやっと一息つくことができた。


 ミリアムは注文票を暫く眺め、欲しいものを決めると鈴を使って先ほどの店員を呼び、注文を済ませてからは今後の自分の行動について考えていた。王都についてから・・・、魔法学校に入ってから・・・。


 ミリアムが考えに耽っている間に料理は完成し、すぐに運ばれてきた。


 シンプルなオムレツと、搾りたてのフルーツジュースのセットである。オムレツの卵は丁度いい半熟で、その下の米は肉など豪華なものは入っていないものの、香辛料が絶妙に効いており、ミリアムは食事を口元に運ぶ手を止めることができず、あっという間に完食してしまった。フルーツジュースの方もグレープフルーツベースでありながら他の果物も加えることでグレープフルーツ特有の苦みを抑えている。


 食べ終わった後、ミリアムは満足げにおなかをさすると、食事の代金をテーブルの上に置いて店を後にした。


 その後も町中を歩き回っていたミリアムだったが、特に欲しいものも無さそうだったので、しばらくしてから馬車に戻った。


「お、じゃあそろそろ出発しますか、お嬢。」

「うん、お願い。」

「了解ですぜ。」


 その後次の宿場町に向かう途中、ミリアムは馬車の御者と話をしていた。王都に向けた数日間に及ぶ旅、他人との会話なしではどうしても退屈してしまう。


「王都まではあとどれくらいかかる予定なの?」

「何事もなければあと四日程度で着きますぜ。」

「そう・・・それにしてもこの馬車、遅くない?」

「いや、この程度が普通ですぜ。早く進もうと思うんなら馬車じゃなくて馬に直接乗るしかない。」

「なるほど・・・。」


 ミリアムを乗せた馬車は順調に進んで行き、王都まであと一日というところまで来ていた。その夜・・・


 ミリアムは御者に取ってもらった部屋のベッドに寝転がりながら、王都についてからのことを考えていた。魔法学校には寮があると聞いているが、入学するまで寝泊まりする場所は自分で見つけなくてはならない。入学手続きも未だその詳細は分からない。考えなくてはならないことは山積みだ。


 ・・・ダッダッダッダッダ・・・


 誰かが廊下を走っている。もうほとんどの人が寝静まっていて良い時間帯であるが、どうせ酔った客か何かで、気に留める必要もないだろうとミリアムは考える。


 しかしその足音はだんだんと大きくなっていき、ミリアムの部屋を通り過ぎるかといったところで急停止する。そして数秒の間を開けた後、ミリアムの部屋の扉が静かに開けられる。ミリアムは寝たふりをしながら、部屋への侵入者の様子をうかがう。


 見たところミリアムと同年代かそれより数年ほど年上の少女だ。先ほどとは打って変わって足音を殺そうとしているのか、体を屈めていて正確な身長はわからない。髪の毛は部屋の暗闇に溶け込むような漆黒で、彼女の腰のあたりまで伸びている。


 彼女はミリアムが寝ているのを確認すると、安心したのか軽く吐息を漏らすが、ミリアムの睡眠が空寝だという可能性に思い当たったのだろうか、表情を引き締めると、ベッドまで歩み寄って寝転がっているミリアムの顔を覗き込む。


 しかし、いくら彼女がミリアムと近い年齢で、何か事情がありそうであっても、ミリアムにとっては侵入者でしかない。そんな彼女がミリアムに近づいている。ミリアムの顔や呼吸にだけ注意を向けながら。言わば無防備に近い状態、このような好機を見逃すミリアムではない。


 一気に毛布を跳ね上げ、そのまま侵入者の少女にかぶせる。もつれ合いながら少女を床に押し倒し、両手両足を使って抑え込む。少女の方がミリアムより体格は大きいようだが、普通の人間がミリアムの超人的な膂力から逃れることは不可能だ。


「むー!!むぐーー!!!」

「・・・ちょっと黙って。」

「むむむーーー!」

「危害を加えるつもりはないから。黙ってくれたら衛兵には突き出さないよ?」

「むむーーー!!・・・・・・む?」

「いい子。」


 そう言いながら、少女にかぶさっていた毛布の顔の部分をほどく。少女は毛布の中で熱くなってしまったのか、頬が上気し、荒い息をついている。


「へぇ、きれいな顔だね。見たことのない感じ。・・・まあそれはさておき・・・どこから来たの?顔立ちからして近くからではなさそうだけど。」

「・・・顔立ちだけでそんなにわかるもの、なの?」

「まあ、私はちょっと特殊だから。それより、ちゃんと質問に答えて。隠し事は無駄だからね?」

「・・・えっと、東の方・・・。イントルードから、来た、よ。」

「へぇ。それじゃ、お名前は?」

「・・・・・・ナナ。」

「ナナねー。それじゃ、下の名前は何て言うの?」

「それは・・・。」

「隠し事は無駄だよ?」

「・・・イントルード。ナナ・イントルード、だよ。」


 この返答にはミリアムも驚きを隠せず、沈黙してしまう。その沈黙を先に破ったのは、意外にもナナの方だった。


「あの・・・多分もう気付いてると思う、けど、私のお父さんはイントルードの、国王。」

「・・・。」

「私はいま、ちょっと、家出中なの。それで・・・どこに行ってる、のかはわからない、けど。私も連れて行って、くれないかな?」

「・・・・・・良いよ。ちょうど旅の間の話し相手がいなくて退屈してたしね。」

「ほ、本当、に?」

「うん。でも条件がある。家出中だって言ったね?ちゃんと私のいう事を聞かなければすぐに衛兵に突き出すから。」

「わ、わかった。・・・ありがとう。その・・・それで・・・。」

「どうしたの?」

「そろそろ、解いてほしい、な。なんか・・・この体勢抱き合ってるみたいで、恥ずかしい・・・。」

「あっ・・・ごめん。」


 そう、ミリアムはその全身を用いてナナを抑え込んでいる。抱き合うような姿勢になるのは仕方ないことだ。ミリアムは一旦ナナから離れると、その体に巻き付いた毛布を剥がしていく。


「じゃあ毛布はベッドに戻して・・・と。あ、ごめん。私は夜目が効くから良いんだけど、ナナはそうでもないよね。ちょっと待って、明かりをつけるから。」


 ミリアムはそう言うと棚に置いてある蝋燭を一本取って、火をつける。もちろん、呪術を使ってである。


「そう言えば、名乗ってなかったかも。私はミリアム・ウォーカーだよ。改めて、よろしくね。本格的に家出するつもりなら結構長い付き合いになるかもしれないから。」

「うん、よろしく。ミリアムはこれから、どうする予定、なの?」

「今は王都の魔法学校に向かってる途中だよ。」

「な、なるほど。ミリアムは、火の魔法が使えるもんね。」

「ナナは何か魔法は使えるの?」

「私は、生成の魔法だけ。」

「生成・・・なんか凄そうな響きだね。」

「そんなことは、ないよ・・・。自分が完全に理解してるものしか、作れないから・・・。私はちょっとしたものしか、作れないし、ちょっと作ったら、すぐにばてちゃう。」

「へぇ、まあ、何とかなるよ。私も協力する。こう見えても両親の研究を手伝ってたからね、私は。」

「すごいね、ミリアムは・・・。・・・ふぁ・・・ぁ・・・。」

「ふふ、ナナはもう眠いみたいだね。じゃあそろそろ寝ようか。」


 ミリアムは指先に水を発生させて、その指で蝋燭の火をつまんで消す。


 ナナがミリアムの隣で驚いた表情をしていたが、ミリアムはそれには気付いていないようだ。


「じゃ、じゃあ、私は床で寝るね。」

「えー、ナナもベッドにおいでよ。なんか・・・床で寝かすのは申し訳ないし。」

「で、でも・・・。」

「いーから、早く上においで?」

「わ、わかった・・・。」

「いい子。よい、しょ・・・ほら、ちゃんと隣に寝転がって。ベッドはそんなに広くないんだからもうちょっとひっつかないと落ちちゃうよ。・・・うん、それじゃ、お休み。」

「お、おやすみなさい。」


 ミリアムは単純に警戒心が薄いからか、そしてナナは警戒はしていてもとても疲れていたからか、その晩は特に何事もなく二人はぐっすりと寝た。


 翌朝、先に起きたミリアムは馬車の中に少し遅れることを伝えるメモを置くと、部屋に戻った。


「ほら、ナナ起きて。もう朝だよ。」

「んむ・・・ふぇ?」

「おはよう。」

「あ、ミリアムぅ・・・おは、よう・・・。」

「今日は出かけるよ。ナナの服を買わなきゃ。ナナは服が使い古されてるみたいだからね。やっぱり王家でも家出中は金欠になるのかな?」

「う、ん。ありがとう・・・。でも、気をつけなきゃ。私を探してる、イントルードの人に見つかったら・・・王国に、連れ戻されちゃう、から。」

「なるほど・・・安心して!私がナナを守ってあげる。じゃあまずは、朝食を食べに行こうか。」

「うん・・・。」


 ミリアムはナナを連れて早朝の町に繰り出す。最初の町と同じで、色々な店で作られている朝食の香りがミリアムとナナの食欲を刺激する。


「うーん、どこもいい匂いだね。ナナはどこがいいとかわかる?私は昨日来たばっかりだからさ。」

「わ、私もあんまり詳しくは、ないんだけど・・・。あそこの、店が、良かったよ。」

「へー。じゃ行ってみようか。」


 その店は町の大通りに面した小さな店で、窓から覗き込んでみると中の人は少ないようだ。


「ここは客が少なくて、静かなところ、だから・・・。」

「なるほど。うん、私もこういう雰囲気の方が好きだから、気が合うようで良かったよ。それよりもうお腹ペコペコ、早く入ろ?」

「うん。そう、だね。」


 チリンチリン・・・


「お、いらっしゃい。そうだな・・・二人用のテーブルはあそこが開いてるな。そこに座ってくれ。注文が決まったらまた呼んでくれ。」


 二人は案内された窓際の席に座ると、注文票を見ながら話し始めた。


「それで、私はが王都に到着したら魔法学校に行く予定なのはもう伝えたと思うけど、ナナはどうする予定なの?」

「まだ、わからない・・・。とくには、決めてない、から。」

「そっか・・・じゃあ、王都に着いて私が魔法学校に入学するまでに予定が決まらなければ、私と一緒に魔法学校に行かない?幸いナナも魔法が使えるんだし。」

「えっ・・・?」

「まあ、考えておいてよ。」


 ミリアムはそこで一旦会話を打ち切ると、店員を呼んでミリアムとナナ、二人分の注文を済ませた。


 しばらくして運ばれてきたのは、ミリアムはパンと目玉焼き、そしてコーンスープがついてくる朝食セット、ナナがフレンチトーストだ。


「ふふ、美味しかったね。やっぱり人と食べるごはんは格別だよ。」

「うん・・・。」


 二人は言葉を交わしながら店を後にする。


「じゃあ今度は服を買わなきゃね。まあこれに関してはどの店でもあんまり変わらないだろうし、町に入るときに一軒見えたからそこに行こう。」


 ミリアムたちが行った店は町の大通りに面した大きな店で、色々な種類、サイズの服を取り揃えているようだ。


「私は基本的に親に服を買ってもらってたからどういうのを買えばいいのかとか、相場とかは分からないけど・・・。」

「そ、それなら大丈夫・・・。買いたいものは、あらかじめ決めてある、から。」

「そっか、じゃあ適当に取っていって。私はその間適当にナナに付いていくよ。」


 ナナは店に置いてあるものの中で、シンプルなデザインの特に安いものをいくつか選んでいき、最後にローブが置いてあるコーナーまで行くと、大きなフードと一体になったからだがすっぽりと隠れるローブを一つ選んで店員に渡した。


「本当にこれだけで大丈夫?かなり安いものしか選んでなかったけど。」

「うん・・・これだけで、大丈夫。それに、ミリアムのお金、だから。」

「了解。じゃあ服も買い終わったし、馬車に戻ろっか。」


 ミリアムとナナは大通りを歩いていき昨晩泊まった宿があるわき道に進んで行く。しかし、馬車まであと数件分の距離といったところでミリアムが異変に気付く。


「何か・・・言い争い?みたいな音が聞こえる・・・。一応慎重に進もうか。」


 馬車に近づくにつれて言い争いの内容がはっきりと聞こえてくる。


「昨晩この宿にお嬢様がいらっしゃったのは間違いないんだ!いい加減隠し事はやめろ!!」

「だから隠し事は何もしてねえですって。あんたらの言うお嬢様っていうのが誰なのかも知らないし、いい加減変な言いがかりをつけるのもやめて下せえ。」


 ナナを探しているイントルードの人が御者と言い争っているようだ。


「面倒ごとは避けたいんだけどね・・・。仕方ないか。ナナ、ちょっと走るよ。しっかりと掴まってね。」

「え・・・?でも、相手はイントルードの魔法部隊の、偽装兵士・・・。」

「もー、守るって言ったでしょ?さ、行くよ。」


 ミリアムはちょうど誕生日に貰っていた呪術触媒を握りしめると、呪素世界から土の呪素を集めていく。ある程度集まった時点でそれをイントルードの兵士の足の周りと、目を覆って頭を一周するように収束させていき、一気に物質化させる。


「う、うわぁ!?何が起こったんだ!」


「さあ、早く馬車を動かして!!」

「え、お嬢!?その人は!?」

「いいから早く!!事情は後で説明する!」

「り、了解でありやす!さあ、出発ですぜお馬さんたち!!」


 ミリアムとナナを乗せた馬車は御者の熟練のわざにより人を避け他の馬車を避け、あっという間に町の出口に到着すると、そのまま路を爆走していった。


「さ、さあ、もう王都までの残りの道のりを半分ほど踏破してしまいやしたが、この辺まで来ておけばあいつが追い付くことも無いでしょう。」

「うん、ありがとう。それじゃ一息ついたところで事情を説明しようか。」


 ミリアムは御者に対して事情を説明すると、御者からは特大のため息を貰ったが、ナナも一緒に王都まで連れていく約束をしてもらうことができた。


 その後の旅は何の問題もなくいき、数時間後には三人は王都の大門の前に立っていた。


「ここには初めて来るんだけど、王都の門にもなると、すごく大きいんだね・・・。」

「王都にもなると人通りが多いですからな。大人数を捌き切るためにはこの幅が必要なんですぜ。・・・さて、私がお供するのはここまででありやす。お嬢のご両親からはそのように指示されておりやしてな。ウォーカー邸でまた会う時にはお嬢が立派に成長してることを期待しておりやすぜ。そしてナナのお嬢、あなたの旅にも幸運を願っておりやす。」

「うん、ここまでありがとう。」

「え、と・・・有難う、ございました。」

「それじゃ、しばらくのお別れですぜ。」


 御者は一礼すると、そのまま馬車を反転させ、来た道を帰って行った。


「さあナナ、ここからが旅の本番だよ。付いて来る準備はできてる?」

「え・・・が、がんばり、ます・・・?」

「いい返事。それじゃ、行こうか。」


 こうして、ミリアムはナナと一緒に王都の大門に向かって歩いていくのであった。


読んでいただき有難うございます。

次話以降もよろしくお願いします。

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