成長期
ミリアムに彼女に適性が明かされてから、2年の月日が経った。ミリアム10歳の誕生日である。この頃にもなるとミリアムはすくすくと成長し、その速さは服の仕立てが追い付かなくなりそうな程だった。
「さてミリアム、今年も誕生日おめでとうございます。マリアンは何やら国の人との会議で遅れるそうですが、はいこれ、そろそろ服もきつくなってきたようなので、新しい服です。マリアンには後で祝ってもらいましょう。」
「ん、ありがとう。」
「それともう一つ。これは少し前に完成させた研究の内容をおさらいしながらでいいでしょう。」
「?」
そこまで言うとサルヴァドールはポケットから直径3センチ程度の色付きのガラスのような球を取り出す。球は透明な赤色で、中心には小さな光る点がいくつかある。
「これが私とマリアンからのメインのプレゼントです。何だかわかりますか?」
「これはもしかして・・・呪術触媒!?もらっていいの!?」
「ミリアムも10歳になることだし、渡してもいいだろうという私とマリアンの判断です。ただし、条件があります。」
「何?」
「ミリアムが呪術触媒について十分に理解しているということを確認できなければ渡せません。なので今からチェックしましょう。」
「わかった!」
この時点でミリアムはその超人的な思考能力をフル稼働させ記憶領域の中にある呪術触媒についてのあらゆる知識を引き出し始めている。
「それではまず、呪術触媒とは何ですか?」
「呪素を呪素世界からより効率よく引き出せるようにするための道具。」
「そうです。では、次が一番重要。この触媒を用いて血の呪術を使う場合の注意点は?」
「出力を抑えること。」
「それはなぜですか?」
「触媒の作用で呪術の効率が良くなってるせいで、勢い余って血を抜きすぎてしまうかもしれないから。」
そこまで聞くと、サルヴァドールは満足げに頷き、
「問題なさそうですね。では、この呪術触媒をプレゼントします。」
「やったぁ!!」
「喜んでくれたようで何よりです。それにしても、マリアンは遅いですね。会議が始まったのはもう2時間前なのですが・・・。」
結局マリアンの会議が終了したのは3時間後、会議が始まってから実に5時間が経過していた。
「マリアン、結局会議はどうなったのですか?相当時間がかかっていたようですが。」
「ああ、お隣のイントルード王国についてだ。だが今日はもう疲れた。明日ミリアムも交えて話そう。今日はもう休ませてくれ。それとミリアム、誕生日おめでとう。」
「うん、ありがとう。・・・大丈夫?」
「少し休めば問題ないだろう。じゃあ私はもう寝るぞ。お休み。」
「うん。おやすみなさい。」
時は変わって同日夜7時。
マリアンは軽い睡眠をとり、その後はミリアム、サルヴァドールと一緒に晩御飯を食べながらその日あった会議の内容について話そうとしていた。
「さてミリアム、お前ももう10歳だ。だがお前を学校に送っていない。ミリアムは成長が早いからな。送るだけ無駄だろうという私とサルヴァの判断だ。」
「それは・・・前にも聞いたことあるよ。」
「ああ、だが今になってちょっとした不都合が出てきてしまった。学校で教えるはずだったここ周辺の地理と、わが家系の成り立ち、これらをミリアムはまだ知らない。」
「それって何か問題のあることなの?呪術とは関係なさそうだし。」
ミリアムは可愛らしく首をかしげながら言う。
「まあ問題というほどのことではないんだがな。この2つのことは今から説明する今日の会議のことを理解する上で重要になってくるということだ。で、その前知識を教えるのが面倒というだけの話。だから、ちょっとした不都合だ。」
「なるほど・・・。」
「じゃあまずはミリアムにここ周辺の地理を教えよう。」
マリアンはそう言って、使用人に地図を用意するよう、指示をした。
「さて、この地図には我が国とその周辺が載っている。そして見ての通り、私たちが住んでいるのはこのバルドーン王国だ。さらに具体的に言うと、私たちがいるのはこのバルドーン王国の東端、ちょうどお隣のイントルード王国との国境にあたる部分だ。」
「次はうちの家計の成り立ち、歴史だ。我が家は代々イントルードとの国境を守る役目を持っている。その拠点がここウォーカー領で、だからこそうちの領地は国の方から追加で軍事予算が下りる。ミリアム、ここまでは大丈夫だな?」
「うん、ちゃんとついてきてるよ。」
「よし、じゃあ次は本題だ。そうだな・・・今日の会議で使った資料があればわかりやすいかな。少し待っててくれ。」
そう言うとマリアンは、会議で使われた資料を持ってきて、机の上に広げた。
「すごい量の資料ですね。これならあの会議時間も頷けます。」
「いやサルヴァ、実際はそうでもない。この半分以上は王都の貴族連中からの手紙だ。どうやら私がミリアムを産んでいたことを察してたみたいだ。ミリアムの10歳の誕生日に合わせた、求婚の手紙さ。にしてもこんなにも重要な議題の時にこんなものを混ぜてくるなんて、あいつらは股間でしかものを考えられないのか?それとも、ミリアムの呪術の才能まで見抜かれてるのか?あの薄汚い連中のことだ、ミリアムをうまく取り込んで軍に加えるつもりか。」
「そう考えるのが自然かもしれませんね。何せ我が家は政略結婚の相手としての価値は低いはずですし。」
そこでマリアンはふう、と大きなため息をついて、
「すまない、話が逸れてしまった。今日の会議についてだな。サルヴァにはもう少しだけ話したが、お隣のイントルード王国についてだ。あそこが最近、不穏な動きをしているらしい。王都を大幅に再開発してるそうなんだがそのやり方が妙なんだそうだ。」
「妙、というのは・・・?」
「なんでも再開発されてる地区を地図上の書き出すと、魔法陣のような文様が浮かび上がるそうだ。ただ、その魔方陣があまりにも複雑で、王都の魔法協会の奴らでもその内容は読み解けないんだとか。」
「それは、気になりますね。そこに一番近いのが自分たちとなるとなおさら。」
「・・・えーっと、ちょっといいかな?」
「ん?どうしたミリアム。何か質問か?」
「えーっと、その・・・」
ミリアムはとても言いづらそうにしていたが、最終的に、
「・・・魔法って、何?」
ミリアムのその言葉を聞いたマリアンとサルヴァドールはしばらく面食らっていたが、少し考えてみて納得する答えを見つけ出した。彼らは今まで一度も、ミリアムに魔法の存在を教えたことはなかったのだ。
「・・・まあそれほど複雑なものではない。要は呪術の下位互換だ。才能があまりなくてもある程度は扱える代わりに、最大出力が低い。そうだな・・・さっき出した魔法協会、そいつらがこの国の魔法のトップだ。そのリーダーともなるとこの国で最高峰の魔法使いだ。だが、そいつが最大出力で魔法を放ったとしても、せいぜい小さな家一軒を倒壊させるのが限界だろう。そして最大威力で放てる魔法は数発だけ。呪術にとってはその程度造作もないことだ。ミリアム、お前が持つ血の呪術の力は単騎で国家を滅ぼすだけの力があるとされている。お前が本気を出せばきっとこのウォーカー領は一晩にして灰燼に帰すだろう。」
「まあ長々と話してしまったが、魔術と呪術にはそれほどの力の差があるということだ。だが、その力の差を埋める手段が魔法には存在する。それが今話題に上がっている魔法陣だ。」
「なるほど。だから王都一個分の魔法陣で発動する魔法は脅威だと考えるべきだってこと?」
「その通りだ。だが、本当の問題はここからだ。王都から来た奴らはこの問題をこのウォーカー家に丸投げしていったのさ。それを支援するための資金だと言って金を残していったが、相手は国家、多少の金があったところでウォーカー家だけでどうにかなる問題ではない。まあ、会議の内容自体はざっくりとこんな感じだ。」
マリアンは机の上に広げてあった資料をまとめてから、再び口を開いた。
「まあ問題は、ならばどうするかという話だな。私もいくらか考えたんだが、正直妙案は浮かばない。だが、確定してることは一つある。これからミリアムには強くなってもらわなくちゃならない。いざという時に自分を守れるようにな。幸い、時間はいくらかある。会議での報告によると、イントルードの魔法陣が完成するまでには推定で5年程度の猶予があるそうだ。ミリアムにはそれまでに自分の身を守れる程度には強くなってもらうぞ。」
「わかった。私、頑張るよ。」
「ああ、その意気だ。だが、今日はもう遅い。明日から本格的にやるとしよう。」
「うん。じゃあ私ももう眠いから、お休み。」
「ああ、お休み。じゃあサルヴァ、私たちもそろそろ寝るとしようか。」
「そうですね。お休みなさいミリアム。」
ミリアムが寝付いた後もマリアンとサルヴァドールはミリアムの今後について話し続け、二人が納得する答えに行きついたころには、既に話し始めてから数時間が経過していた。
そして翌朝。
「おはようお父さん、お母さん。」
「おはようミリアム。早速だが、お前をどのようにして五年後に向けて鍛え上げるかが決定したぞ。昨日の夜サルヴァとしばらく相談してな。お前を学校に送ろうと思う。」
「え・・・でも学校に送る意味はないだろうって言ってたのは・・・。」
「まあお前の言おうとしてることはわかる。だが、あの時言っていたのはこのウォーカー領内で学校に行った場合の話だ。」
「別のところに送るってこと?」
「理解が早くて助かる。お前を送ろうと思っているのは、王立の魔法学校だ。そこは国中から魔法の才能が最も高い者たちが集まるとされている。そこならお前も自分の力を存分に伸ばせるだろうと思ったのだ。」
「・・・それは、行かなきゃだめなの?」
ミリアムは涙ぐみながらもその言葉を絞り出す。どれだけ強靭な肉体と高い才能を持って生まれ、その超人的な理解能力で自分の境遇とそれに対する両親の思いが理解できても、それを受け入れるには10歳の少女の心は若すぎるのだ。
「済まないミリアム。私たち自身が教えるということも考えたのだが、既にお前の能力は私たちを大きく超越している。教えるだけ無駄というものだろう。だが、国内の最高峰が集まる場所なら、お前でも有意義な時間が過ごせると考えたのだ。」
「そう・・・。」
「魔法学校は四年制だ。四年たてばまた会える。長く聞こえるかもしれないが、行ってしまえば四年なんてあっという間さ。」
「・・・わかった。」
「そうか・・・。さあミリアム、出発の準備をしよう。明日には王都に向けて出発しなきゃならない。早く行かないと入学の手続きが間に合わなくなってしまう。」
その日は出発の準備や馬車の手配などで慌ただしく進んでいき、そうこうしているうちに、別れの時が来てしまった。
「さあミリアム、最終確認だ。馬車の後ろに積んである鞄には最低限の生活必需品が入ってる。王都につくまでの宿場町での生活にはそれで足りるはずだ。そしてお前が身に着けている小さなポーチ。そこにはお金と旅にあたっての助言が書かれた冊子が入っている。旅の途中、そして王都についてからの生活基盤の形成に活用するといい。そして最後に、馬車の後ろに直接積んである本は今までの研究成果と研究資料の複製だ。魔法に触れていく中で新しい閃きもあるだろう。その時の資料として活用してくれ。」
「・・・本当に一緒に来れないの?」
「ああ、私たちはこっちに残ってやらなくちゃならないことが山積みだ。隣国が不穏な動きを見せてるときに領主がいなくなるわけにはいかないのだ。」
そこまで言うと、マリアンは軽いため息をついてミリアムに笑顔を見せる。
「そう気を落とすな。四年経てばまた会えるんだ。その時にはお前が立派に成長してることを期待してるぞ。それじゃあ、行ってらっしゃい。」
「とにかく、楽しんできてください。何事も楽しまないとですからね。それでは、行ってらっしゃい。」
「・・・わかった。行ってきます。」
そして馬車は動き出した。ミリアムは両親の姿が見えなくなるまで手を振り続け、マリアンとサルヴァドールもミリアムの振る手が見えなくなるまで手を振り続けた。
「さて、私たちも早速仕事に取り掛かりましょうか。」
「ああ、ミリアムが戻ってくるまでにここをもっといい場所にしなくちゃな。」
マリアンとサルヴァドールはそういって仕事に戻った。
ミリアムは馬車の中で最初は旅の助言が書かれていた冊子を読んでいたが、しばらくすると退屈になったのか、ぐっすりと寝始めた。
ミリアムが目覚めたのは次の朝、王都との間にある最初の宿場町でだった。
読んでいただき有難うございます。
次話以降もよろしくお願いします。