第八章 オセロ 〈少女〉
「オセロ……ですか」
「そうだ、オセロだ」とすっぽんさまは自身満々にそう答えた。
まさかこんなところに来てまでオセロをする羽目になるとは思ってもいなかった少女はすっぽんさまのその言葉に大層驚いた。
「この世界から出ていくものは“間の国”の主とオセロをする慣わしになっている。それで主に勝つと初めてこの国から出ていくことが出来るのだ」
すっぽんさまはそう言うとグリフォンからオセロ盤を受け取って白黒のマグネット式の石を半分ずつ分け、「どうだ、やるかい」と笑みを浮かべて腕を組んでいた。
どうやら引き返す道は既に閉ざされていることを少女は悟り、「上等です」と言ってとうとう盤に向かい合った。
青い海を背景にオセロをするという状況はどうも奇妙に思われたが、不可思議なことなどはこの世界に来てから日常茶飯事であることを思い出し、少女は呼吸を整え、集中力を高めた。立会人はグリフォンのほかに、この噂を聞きつけてやってきた近所の住人がいた。
「いざ、尋常に、勝負!」とグリフォンが言うと決戦の火ぶたが切って落とされた。
先攻はすっぽんさまからで、はじめはすっぽんさまが戦局において優勢かと思われたが、序盤は多く相手に取らせた方がよい、という理論をどこかで聞いたのを思い出し、出来るだけ少なく取るように、謙虚に取り組んでいると、終盤あたりで多く相手の石をひっくり返すことが出来た。その甲斐あって少女はすっぽんさまに勝つことができた。
少女が勝つと周りの見物客は大いに盛り上がり、他人同士手を取り合う人もいた。それどころか、グリフォンでさえも両手をあげて万歳していた。
湧き上がる歓声の中、すっぽんさまはポケットから一つの鍵を取り出し、少女に授けた。
「これは“扉”の鍵だ。これを持って扉の前でお前の行きたい世界を頭の中でイメージしろ。そうすれば行きつくことが出来る」
「ありがとうございます」と少女はすっぽんさまに礼を言った。
しかし、喜びも束の間、すっぽんさまは「しかし」と歓声の中で一喝した。
「しかし、お前さんよ。お前はその世界に行くとある副作用を被ることになる。それを覚悟しなければならんぞ」
「私はどんな害も受け入れる覚悟はできております」と、少女は言ったものの、その副作用というものがどういうものなのかが気になった。もし人間外の動物に変形でもさせられたらどうしようもなくなるのではないか、と一抹の不満を覚えた。
「ちなみに、どんな副作用なのでしょうか」
「お前さんの行く世界のお前さんの、内なるお前さんの性格を継承することになる」とすっぽんさまはややこしいことを言ってから息を整え、こういった。
「つまり、お前さんの場合、きれっきれの関西弁になる副作用が生じる」
少女はさっきのグリフォンに導かれた元来た道を走りながら、すっぽんさまが教えてくれた扉までの道のりを忘れないように口ずさんでいた。
「青虫が這うキノコの下を歩いて、羽の生えた猫が巣食う樹海を抜けて、大きい邸宅に入り、白い広間に出る」
外はとてもいい天気だった。通り過ぎる家々の窓から人が顔を出して走る私を応援してくれた。多分、さっきのオセロの試合を見届けてくれた人であろう。少女はさっきすっぽんさまと話したことを思い出しながらため息をもらした。そういえばさっきオセロに勝ったときもため息を漏らしたな、と少女は笑みを漏らした。
「ため息の数だけ幸せが逃げていくぞ」とすっぽんさまは笑って言った。
「あの人の代わりにため息をついているのです。ただでさえため息の数が多いあの人のために」
少女は白い広間を抜けて廊下を通り、扉の前に立った。
この扉の向こうにあの世界が広がっている。少女は意を決して鍵を握りしめ、向こうの世界をイメージした。
「さあ、救いましょう」