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藍色の約束  作者: みくに葉月
7/22

第六章 キャンプファイヤー 〈秋人〉

 僕は瞳の奥の瞑闇の世界でとある幻を見ることがある。ようするに夢だ。夢の世界ではすべてが幻でできている。幻であるが故に何もかもが正当化される世界、それが夢である。つまり、夢は幻であり、幻は夢である、ということになる。よく夢うつつの精神状態でやれ宇宙人を見ただのやれ緑色のおっさんを見ただの言う人々はまさしくこれに該当する。

 しかし、今回の僕の場合はこれに該当しない。予知夢という言葉がある。事前に見た夢が実際の現実において成就されるというものだ。その夢の世界は幻とは程遠い。むしろ悉く詳細に、緻密に映し出され、現実に起こる出来事と一ミリも差異は見られない。

 だが、これも僕のそれと同じとは言い難い。僕の見る夢はどちらかと言うとメタフォリカルな夢なのである。夢の内容自体にはあまり大きな意味を持たないが、それを見た時に叩き起こされる第六感的な感性が夢の世界を通して僕の中にメッセージを投げ込むのである。というのは、僕がここ最近で見た夢を追って説明した方が分かりやすいだろう。

 最初にメタフォリカルな夢を見たのはちょうど梅雨入りの頃だった。

 

 

 ふと気がつくとそこは荒野だった。電気・ガス・水道はもちろん、道路も建物もない。水たまりすらない。砂と岩と枯れた樹木の残骸があちらこちらに散らばっているだけだった。右が左でも左が右でも大差はない。北西南北どの方角を向いても地平線の彼方まですべて同じ景色が広がっていた。空は藍色の静寂に包まれていて、そこに切り抜かれたような球体が浮かんで煌びやかな円光を放っていた。どうやら進路を失ったらしかった。しかし、悲しみに打ちひしがれている暇はなかった。なぜなら背後から僕の影を覆い隠すほどの、大きなタランチュラが追いかけてきていたからだ。僕は一生懸命走ってそれから逃げていた。そして、逃げながらも考えていた。「僕はどこに逃げるのだろう」と。

 

 二度目はその一週間後だった。薄い、透明で、青くて大きい波にさらに大きい波が覆いかぶさり、無限の自然の波の音があたり一面に鳴り響いていた。それは一種の芸術みたいな光景で、まるでイルカの群れがダンスしているような印象を受けた。そこは半月下の海で、僕は船の上で波の衝撃に翻弄されていた。揺れなんてそんな生易しいものではなかった。波が船にぶつかるごとに海と空が丸ごとひっくり返るような衝撃を受け、船体はドンドンと大きな音を立てていた。僕は船からふるい落とされないように船内のドアにしがみついて窓越しの外の景色を見ていた。船は木造で、かなり大きい方だったがいかんせん波の揺れが激しいので中を歩き回ることすらできず、その大きさの詳細は分からずじまいになった。

 

 三度目はつい昨日のことだった。猫が高速道路を歩いている夢だった。茶色と白色が混じった毛並みの、どこにでもいそうな猫だった。その猫が一体何を思ってこんなところを歩いているのかは分からなかったが、その鋭い眼光と迷いのない歩みから猫の揺るぎない意思の強さを感じ取ることが出来た。高速道路には車が一台も通っておらず、猫は堂々と広々とした道路の上を真っすぐ歩いていた。僕はそれを上から眺めていた。新月の夜だった。星は三角形を形作っていた。

 

 他にも様々な種類の夢を見たが紹介はこれくらいにしておく。冒頭に「とある幻」を見る」と言ったが、これはメタフォリカルな意味合いにおいてということである。荒野の夢も、海の夢も、高速道路を歩く猫の夢も何か一貫性があり、すべて同じメッセージ、あるいは指針が込められていた。それは重層的で多義的なものなのである。それが何かは僕には分からない。分からないがとても重要な意味を持つような予感はした。

 だが、そんなことは誰にも相談するわけにもいかないので、僕は毎日の生活の中で人知れず悩んでいた。食パンをちぎって断面を覗いたり、フローリングの板の数を数えたりしてヒントを探してみるがどこにも見当たらない。一体いつまで苦しめばいいのか、とため息を漏らしながら何百回目かの諦めと落胆を今日も缶コーヒーで胃に流し込むのである。

 

 

 目を覚ますとそこは七月に相応しい、暑苦しいテントの中だった。狭いから中に入れるのはせいぜい二、三人だろう。中央にはランプが置かれており、それがかろうじて周囲の暗闇を蹴散らしていた。と、そんな情景描写をしたところで何の新鮮さも湧いてこなかった。むしろ白々しい限りである。これらの道具は全部僕たちで持ち寄ったもので、今日この日のために三人で分担して買い集めたものだった。テントはさすがに高かったのでレンタルした。

 テントの外に出ると外は昼間とは全く違った雰囲気を放っていた。都会の眩しい光はどこにも無く、空からこの地上までがすべて藍色に染まっており、本来の自然そのものの世界が視界の中に広がっていた。川が流れる音はより清らかに、その奥に生え繁る灌木は闇をまとっていた。僕たちは週末を利用して都心から車で二時間ほど離れたキャンプ場に来ていた。望が自然の力でごはんを炊いてみたいと言い出したのがそもそものきっかけである。

「おーい、秋人もこっちこいよ」

「まったく、キャンプ場に来てまで昼寝かよ。もうすぐテストなのにお気楽でいいよな、秋人は」

 と瑞樹と望は肩をすくめながらも手招きして僕を呼んでいた。僕は望に「キャンプに遊びに来てるお前が言うな」と反論した。

 二人は薪を集めて、河原でキャンプファイヤーを作っていた。この辺に木材は見当たらないから施設からもらってきたのだろう。素人が作った割にはとても上手く組まれていた。

「きれいに出来てるね」と僕は燃え盛るキャンプファイヤーを指さしながら言った。

「そうだろう? 誰かさんが寝ている間にせっせと作ったんだ。これが無いとキャンプは成り立たないね。疲れたから明日の帰りは秋人が運転な」と瑞樹がはにかんで言った。

「えええ、それは勘弁」

 

 夜空はお世辞にも綺麗とは言えなかった。流石東京。都心から離れていても、澄んだ空は拝めないようだ。唯一見えるものは、もわっとした雲と航空機の光くらいだった。それでも僕たちは目の前に広がるささやかな自然と直接触れ合えることを喜んだ。

 僕たちはその炎を眺めながらそれぞれが歩んできた人生の道のりを話し合うことになった。

「いやーそれがさ、高校の時はモテすぎて困ったよ」

「それ、嘘だろ? 望がモテモテなんて考えられないな。望は追われる方じゃなくて追いかける方だろ」

「失礼な! 俺だって魅力の一つや二つくらいあるさ。むしろ持て余しているくらいだね。瑞樹はどうせモテたんだろうな。くそ」

「さあ、どうだろう。まあ、そんなことはどうでもいいさ。今を生きることが一番大事だ。望は黒髪ロングの、愛しの小鳥遊色葉ちゃんを愛してやりな」

「それを言ったらおしまいだ」と望は頭を掻きつつもそろそろ会話の着地点をこの辺にしておかないと雲行きが悪くなることを悟ったようで珍しく押し黙った。

 そこで瑞樹は意外にも望が話したがらないことに驚いたが、何かを感じ取ったようで特に気にすることなく自然と別の話題をふった。

「そういえば、高校の時ってみんな何の部活やってた? ちなみに俺はアメフト部」と瑞樹が言う。

「それこの前聞いた。さり気ない自慢話はもうたくさんだよ。俺はバスケ部」と望が言うとひとりでに入部時から引退試合までのあれこれを簡潔に説明してくれた。マネージャーに告って振られた話、競合校相手に互角に渡り合った武勇伝などなど、どれも今の望を見てそんなことありそうだな、と納得のできる内容だった。それから「秋人は何部だったんだ?」と最後を結んで僕に質問をパスした。

 僕はそれを受けてちゃんと答えるか、あるいはあの手この手で何とか誤魔化すか悩んだが、やはりきちんと答えることにした。

「フォークソング部」

「フォークソング部?」と望と瑞樹が首を揃えて斜めに傾けていた。そりゃそうだ。知名度が低いし、学校によって活動内容がかなり違っているから一言で言っても理解されないことが多い。うちの高校ではアコースティックギターの演奏が主流で、カホンやシェイカーを合わせてバンド形式の定期演奏会を開いたり、軽音楽器を用いてライブハウスのステージを借りてライブをしたりしていた。フォークソング部は年を追うごとに学校内外で人気を勝ち取り、僕が卒業する代になると部室は部員の多すぎで、すし詰め状態になっていた。もっとも、僕と同世代の部員は入部時に全体の人数の二倍を上回る多さだったが、卒業するころにはその三分の一を下回る人口に減少していた。その理由についてはここでは割愛しておく。僕はこれらのことを出来るだけ事実だけを抜き取って詳細に話した。

「ふーん、なんか秋人らしくないね」と望が言った。

「同感だ」と瑞樹がそれに頷いた。

「どうして?」

「だって軽音とかって青春を謳歌してるやつらがすることだろ? 秋人にはお似合いじゃないね」と望が言った。

「それこそ失礼だね」と僕は不満に思いながらもそう言った。「じゃあどんな部活だったらお似合いなんだよ」

「んー空手部かな」と望が言った。

「絶対適当だよな」僕はからかっている望を憎しみでもってして睨みつける。

「でもさ」と瑞樹が割って入った。「今聞いただけじゃ、部活も含めて秋人がどんな学生生活を送ってきたか全然分からないよ。どんな人と出会って、どんな思いをして成長してきたのか、秋人自身のことを知りたいな」

「そう! それが言いたかった!」と望は無くした財布を見つけた時みたいに手を叩いて大声で叫んだ。

 二人とも息を揃えて僕自身のことについて言及してくるので瑞樹と望が他の話題に移ってもしばらくの間考えを巡らせないわけにはいかなくなった。

 

 自分自身のこと。

 ジブンジシンノコト、と変換してみる。

 

 やはり分からない。事実を話す。それだけではいけないのか。話していることはみんなと変わらないはずなのに。水色の絵具の色を作ろうとして、うっかり青に黒を混ぜてしまって藍色が出来上がるみたいに、考えれば考えるほど何が正解なのか分からなくなった。

 どんな人と出会ってどんなことをしてきたのか、そうか、当時の自分の周りの人間を挙げて考えればいいのか、と大学生であるにも関わらず、余りにも間抜けな答えを導き出してみたが、存外これが自分自身を彩る重要なファクターなのかもしれないと僕は思った。頭の中で当時親しかった仲間たちの姿を頭の中に浮かべてみる。今は東京で暮らしているので卒業してからは高校の人とは誰とも会っていない。苦くもあり、甘くもある思い出とともに懐かしい顔ぶれを思い出しながら指折り数えていると、ふと大切な人を忘れていたことに気がついた。この人物なしには高校生活を語ることは難しい。その大切な人の記憶は偶然かかってきた携帯の電話で思い起こされることとなった。携帯の画面には「小早川真菜子」の名前が表示されていた。青天の霹靂とはこのことだ。

 思いもよらぬ人物からの突然過ぎる電話のせいで携帯を取る手が震えた。「もしもし」と僕は出来るだけ平生を装って言う。

「あ、もしもし。秋人くん? いきなり電話かけちゃってごめんね。びっくりした? 実は伝えないといけないことがあって電話したの」

 聞き覚えのある声が耳元でざわめく。引き出しの奥にしまった探し物を見つけた時の感覚が蘇る。何かが僕の中で動く音がした。

「それで、用事って? 今取り込み中だから手短にお願いするよ」と僕は我ながら無愛想なトーンで言った。取り込み中とは大きな間違いである。かと言って今このタイミングで「そうだ! 君だ! 今君のことを思い出したんだ!」と叫ぶのは奇々怪々の類である。僕は自分を押し殺して単刀直入に彼女に質問をした。

「それが、今度の夏休みにふぉーそん(フォークソング部の愛称である)のみんなで集まろう、って守くんが計画してくれてるんだけどね」と、真菜子は相変わらずの活力ある声でそう言った。真菜子は部活の同期で、何度かバンドを組んだこともある、友人の一人だった。

 望と瑞樹とした会話といい、タイミングよくかかってきた突然の電話といい、あのタランチュラの夢の意味がやっと分かった気がした。僕はすべてを確認するためにもう一度立ち戻らなければならないのだ。そんな大層なことではないことは分かっている。しかし、それと同時にこれは今の僕に必要不可欠な事項なのだ、と僕の第六感が訴えていた。戻らなければならない。あの光り輝くと同時に、忌々しい世界に。それは僕にとってある種の試練のように感じた。

「それで、今みんなに連絡してたところなんだけど、秋人くんは大阪に帰ってこれるかな? 私は帰省するつもりだけど。っておーい、秋人くん、聞いてる?」

「聞いてるよ。分かった、夏休みは帰るよ。実家にも帰らないといけないし。それで、日付は?」僕はそう言って真菜子から詳細を聞き出してからゆっくりと電話を切った。

 前を向くと望と瑞樹がにやにやしていた。僕はため息をついた

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