騎士を目指したけど執事になりました。
渡された執事服に身を包み、バケツと雑巾を手に屋敷内をスタスタ歩く紫メイドさんについて行く。
「ご主人様? これから何処を掃除するんで?」
何も説明されずに、のこのことついて行ってるのだか全く会話がない。あっても同僚のメイドさんと擦れ違う際の挨拶のみ。きっと仕事が恋人なのだろう。
「貴方の部屋ですよ。何時までも客室を占領できると思わないで下さい」
「主観的な事を言うと一日も占領してないんですよねー」
「口答えですか。いい度胸ですね、キスしますよ」
「わーお、キスの大安売り。俺気合い入れて口答えしちゃう」
「死にますよ」
「ありゃ何故に?」
「私とキスをすると人は死ぬんです。覚えておいて下さい」
「あ! じゃあディープなのがいい! 文字通り昇天しちゃうような過激なものを要求する!」
「舌引っこ抜きますよ」
「痛いのはいやん」
紫メイドさんはため息を吐き、何故キスをすると死ぬのかを説明してくれた。
なんでそう易々と教えてくれるのか謎なのだが、余りにも脅しに使えていないのと、多分、それは主観から見れば初対面だけれど、紫メイドさんからしたら三ヶ月間世話をした相手、になるからだ。
寝ていても腹は減るし、出るものは出る。そういった世話も、きっと彼女がしてくれていたに違いない。
「私には淫魔の血が流れています。幼い頃に親族を亡くしたので、この事が分かったのはほんの数年前、になりますかね」
「なーるほーどねー。粘膜接触による生命の吸引、てところ?」
「えぇ、そのお陰で私はこうして生きていられる。忌々しくもありがたい限りですよ、全く」
「明るい話じゃなさそうやね」
「よくある話です」
「嫌な世の中やね」
紫メイドさんの過去はあんまり想像したくない。詳しく聞きたくもない。気分が悪くなる。
その辺は紫メイドさんも同じなのか、実にあっさりと語っただけで、何があったかとか、どう辛かったかは言わなかった。
見ている限りではもう整理がついた話なのだろう。少なくとも、脅し文句に使える程度には。
「ところでご主人様、キスはまだですか?」
「……話、聞いてましたか?」
「聞いてた聞いてた。つまり、ご主人様は淫魔で淫乱でスケベムッツリなお年頃?」
「淫魔なのは認めますが、後ろ二つは取り消しなさい」
「なんと!? すぐキスしようとするご主人様が淫乱スケベムッツリじゃないと申すか!?」
「その舌引っこ抜きます」
「やぁん、食べられるぅ~」
などとふざけていると、先の尖った細長い何かがしなり、おでこをひっぱたかれた。ぱちーん、と。
「……痛ーい」
涙目になった。
見ると、紫メイドさんの履くロングスカートの下から何かが伸びているではないか。悪魔の尻尾的な何かかな?
黒い尻尾は不機嫌を顕すようにゆらゆらと揺れている。いや、それどころかシュバ、シュバ、とジャブを繰り返し始めた。怖い。
「ふん。上司をからかうからです」
ちらりとこちらを見た紫メイドさんの顔は、まさにしてやったり、て感じだった。
アンニュイで、淡々としていて、淡白な人だと勝手に思っていたが、違うらしい。
「可愛いところもあるじゃないの」
と、口の中で呟いた。
(*´ω`*)
尻尾の有効活用。