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お昼時、一旦列から離れて私達はシートに座って休憩していた。カリスマさんのバスケットは今日は可愛いサラダだ。野菜が所々ハート型である。量が10人前以上あること以外は乙女向けメニューである。ウールちゃんもお揃いのサラダをやっぱりもしゃもしゃしている。私達は大人しく隣でお茶を飲んでいた。
「美味しいわあ。天気も良いし、だけど日に焼けちゃいそうだからパラソルとかあると良いわよねえ」
砂漠の日差しは確かにきつい。日に焼けるかどうかは知らないが、カリスマさんの美肌がもし小麦色になってしまったら……似合いそうだけれども。いやいや、要らない想像を打ち消して糸を編んだ。傘は骨が無いから出来ないが、タープの類ならすぐできる。
支柱代わりの適当な棒が無かったので、カリスマさんの武器を予備含めて2本借りた。風もないし、端を6本ばかり地面に固定して完成。糸と言うのは武器でありながらとても素晴らしい利便性を誇っている。
「素敵な日陰ねえ。心なしか風も涼しいわあ」
のほほんと食休みを過ごしていると、列から誰かが離れてこちらに向かってくるのが見えた。知り合いではないが、見た感じお坊さんのような雰囲気である。
「すまない、聞いても良いだろうか。このタープはどっちが作ったんだ?」
随分恐縮しながらの質問である。どうしてそんなに遠慮がちなのだろう。
「私です」
小さく手を上げると、僧侶は少し興奮したようだった。
「良い事を教えてくれてありがとう!糸の新しい可能性を見たよ」
このお坊さんはSMOKEさんと言い、糸使いなのだと言う。彼はあくまでも糸を捕縛に使っており、それも待ち伏せ型が多いのだと言う。縒りあげてワイヤーのように用いるそうだ。
「そうだよな、日常で使うのなら強度は考える必要もないしな。まだまだ発想次第でいくらでも使い道が増えそうだ」
SMOKEさんがにこにこしている。衣類は仏教の僧侶っぽいのだが言動は普通の人だ。ロールプレイとも少し違うように思える。
「私も、ワイヤーの様な使い方はした事がありませんでした。今度やってみます」
後ろから締め上げて殺すのに便利かもしれない。今は縄をイメージしているので比較的やわらかいが、ワイヤーを想像すればもっと張りが出ると思う。
「辰砂さんが掲示板を利用してればもっと早く発想を広げられたのにな。まあ、個人の意向に口は出せないけれど。いつか使う気になってくれたら是非『糸使いの集い』を覗いてくれ、同好の士が集う掲示板だから」
SMOKEさんは手を振って列に戻って行った。彼も、攻撃面で完全に人任せになってしまう事を気に病んでいるのだと言う。糸使いの宿命か何かなのだろうか?
「糸使いの集い……か」
興味深いのは間違いないのだが、やっぱり掲示板に対する苦手意識が拭えない。正確には、匿名性が高くなるにつれ剥き出しになる人間の悪辣さを敬遠しているのだけれど。
話している間に温くなったお茶を飲みきって、カリスマさんが少し心配そうな顔をしていたのに笑って見せる。列に戻りましょう。しかし、顔には出してないと思ったのにカリスマさんはどうして解ったのだろうか。
列に並んで攻略の議論に耳を傾ける時間が過ぎる。色々な手札と対策が打ちたてられては反論されて退けられている。その中でたびたび出てくる【精霊魔法】と【気】の話が気になった。精霊魔法はこの世界では珍しく、素質を有する必要のある魔法らしい。適性があれば初期から取得できるのだと言う。
どんな魔法なのだろう。精霊を使役するような魔法なら全く興味はないが精霊の使う魔法と言う事ならば私でも使えるかもしれない。後でスキル群を調べてみようか。
気と言うのは何だろう。先天スキルであるらしく、後から取得することはできないそうだが魔法ではなくしかし物理でもない枠組みであるそうで、この修行場では非常に便利だそうだ。確かに、どちらが無効でも平気なのだから使いやすいに違いない。
一人でやっていると知りえない情報も沢山あるなと感心していると、カリスマさん達が道場から出てきた。ボンバヘッ!じゃなくて。
「ウールちゃん、進化したのですね」
80センチほどのウールちゃんが160センチに変身していた。従ってカリスマさんの頭部にかなり無理が生じている。と言うか、頭部に収まらないので前足が両肩にかかり、頭部から腰までのスーパーロングパーマのようだ。ウールちゃんはどうしても自分の足で歩きたくないのだろうか?
「ええ。20でマニファクチャシープになったわ。今回は分岐が無かったから、悩まなくて済んじゃった」
ほほう。12、20とくれば次は28、30、35位が目安だろうか?そして進化と言うのは何段階まであるのだろうか。
「……ンメ、メッメ」
「はいはいオメデトです。100超えたか、じゃあまた挑戦してみたらいいですよ」
ドヤ顔再びのウールちゃんとイルも短く言葉を交わした。とは言えここは列の先頭なので、そそくさと私は道場に入った。今のはマナーが良くなかったな。詳しい話はまた後聞こうか。
難易度Ⅸを選択。昨日Ⅹで出て来たリーダー格が1体いる。昨日とは一味違うぞ、既に貴様の手札は知っている。予備知識があるだけでも違うものだ。イルの薙ぎ払いの後、リーダー格を捕まえる。こいつに昏光が通れば何も苦労はないのだが、さすがにそんな楽はさせてもらえなかった。仕方ないので切断の方向で。糸を締め込みながら切断イメージを強化すれば、形はそのままに糸が食い込んでいく。吠える前にバラしてくれる。
「はっはァ!」
イルがなにやら荒ぶっている声が聞こえた。風を唸らせながら雷を落としまくっている。ウールちゃんの進化に感化でもされたのか?今あっちに行くのは精神衛生的に良くない、パーティの魔法は当たらないと解っていても嫌だ。
リーダー格を仕留めた頃には、イルが担当した雑魚は既に数体しか残っていなかった。何十体かいた気がするが、ちょっと殲滅速度が先程までと段違いになっていないだろうか? 心なしか身体の発光もいつもより強い気がする。よくよく見れば、頭に鹿の袋角みたいなものが生えているではないか。いつの間に元の角が抜けたのだろう。あ、あった! 慌てて道場の床から抜け落ちた角を拾い上げた。これはこれで記念品だ、多分。
「お疲れイル。ところで頭に袋角があるけれど」
「ああ……そんな気がしていました。物凄く戦いやすくなって……多分、もう直ぐ成龍になれますから、もう少し難易度を上げましょう。早く成りたいです」
どこか上の空のイルであった。が、とりあえずウィンドウを処理しよう。『You First Winner!』と記載されている。感慨もなくⅨをクリアしてしまった。クリア報酬が複数出たのでストレージに放り込む、後でゆっくり見よう。
道場を出て再び列へ。カリスマさんはウールちゃんを乗せっぱなしであるがぴんぴんしている。重たくないのだろうか?
「もし次に進化するなら、きっとさすがに乗れなくなっちゃうもの。そしたらこの感触ともお別れしないといけないじゃない? 何だか惜しくって」
この次の進化……これまでと同じペースで巨大化するならば320センチで、さすがにカリスマさんより大きくなる筈だ。今度はカリスマさんが乗って移動とかできそうである。優しいカリスマさんがそんな事をするかは不明であるが、もし乗るなら私も乗せて欲しい物だ。
「ところで、ウールちゃんがさっきから何か訴えてきてるの。もう満足したのかしら? 教えてくれる?」
隠れているイルにカリスマさんが尋ねた。イルは暫くウールちゃんの訴えに耳を傾けているが、尻尾がぴたぴたと動いているので背中に当たる。
「……もうレベル上げは今日はおしまいにして、お喋りしましょうって言っていますよ。だけど俺達はまだ続けるってちゃんと言っておいて下さいね」
ええ? 言いだしっぺのウールちゃんが満足したと言うのか。一応その通りカリスマさんに伝えると、カリスマさんも驚いたようで目線を頭上に向けた。
「そうなの? まあまあ。何か目標があったのかしらねえ。まあ、いいわ。じゃあ休憩してるから、お姫様達は頑張ってね。帰る前に1回だけ4人でやってみましょうね」
カリスマさんはウールちゃんと共に列を離れて行った。タープは私がいないので作ってあげられないが、ちょっと待っていてください。多分もう何回かで進化すると思うのだ。