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バーノン老師に師事して三日目である。何と今日は、昨日アホほど売れたという野営セットの作成に勤しんで終了した。一体どうしてこんなに急に売れたのだろう。おかげ様でとうとう空間拡張の文字までマスターしてしまった。
「なんなんじゃ? こんなに売れたのは開店以来初めてなんじゃが……」
戸惑う老師と共に必死に働いた。売れ筋は5~6人向けの物だそうで、どうもパーティが購入している気がしてならない。今日だけで20箱は木箱を作った気がする。そして多分私のスキルに【木工】が生えている。確認はしてないが急に釘が曲がらなくなったのだから間違いない。
「今日は、これで終了じゃな……ちょっと予定と変わってしもうたが、まあ間違いなく経験になっとるじゃろう。まさか弟子入り三日目で空間拡張もやり遂げるとは思わんかったぞ」
「老師のご指導のおかげです。何と言っても木箱が手早く作れるようになりました」
くたびれた様子の老師と労い合った。明日もこんなのでなければいいのだが。不安を抱えつつ、露店の為に広場へ向かう。カリスマさんは今日も店を広げているらしいので、マジックバッグを注文しよう。
「あらいらっしゃい……なんだかくたびれてるわね?」
「……メエメ」
いつも通りの挨拶。くたびれているのは午前中の労働のせいだと簡単に説明してまずは注文の話から入る。
「カリスマさん、メッセージでもお伝えしたのですがマジックバッグを一つ作って頂きたいのです。200000エーンだとどれくらいの物ができますか?」
「まあ、張り込んだわねえ。そんなに出されても、アタシの技術が追い付いてないわよ」
困った様子のカリスマさんだったが、出来るだけ大きめの口を持っていて容量は薬草を1000本は入れたい旨を伝えると思案顔になって首を傾けた。
「そんなに入れるのねえ……実際に使うのはお姫様じゃないんでしょう? その方は今どんなもので薬草を集めてらっしゃるの?」
「背負子に籠を取りつけたものですね。夜な夜な背負って歩くのがお辛いそうです。体格はカリスマさんより背が少し低いですが、熊獣人ですのでかなりがっちりなさってます」
曖昧に伝えたが、カリスマさんには誰の事かがわかったらしい。そう言えば以前設備を借りたなんて話もした事があったし無理もないか。
「あの方ね。うん……リュックサックが良いでしょうねえ。肩はアジャスターにして多室に設えて、一つ一つを広げて……うん。出来そうだわ。正確にはまだ解らないけれど、17から180000エーンで作れると思うわ」
なるほど。感心しながらカリスマさんの話を聞き、露店を開いた。最大180000エーン、ね。注文通りで安心した。メモ帳に書いておこう。
「こんにちはぁ」
む。待ち人来る。残り少ないポーション類を補充せずに露店を開いたのは少年少女に会いたかったからだ。扱いに困る新情報を流しておきたい。尤も、昨日私が叫んだ事を実践した誰かがいればその必要はないのだが。
「……補充、頼むわ」
シュンが真っ先に私の前に三連根付を突き出した。一昨日売った筈なのにもう無いのか。どれだけ戦ったのだろう。
「お気に召して頂けたようで何よりです。何をどれほど付加しましょうか?」
ご注文は、風、木、土をそれぞれ900MP程。2つ付加して自分でマナポーションを飲み、もう1つに付加。午前中に張り切ったせいで回復しきらなかったな。
「ポーション屋さんのMPすごいですねえ……生産職なのに2000越えしてるんだ」
マリエが驚いているが、むしろ生産職だからだと思う。それと無意味に上がったレベルのせいだ。
「腕力も体力もそれほどは必要でないものですから。それより、ゴーの街には行けました?」
シュンに根付を返しつつ、さりげないふりをしながら聞いてみる。今のはちょっとわざとらしかったかも知れない。
「ゴーの街ですか? なんか昨日から掲示板で胡散臭い噂が流れてるんだけど、あんまり試そうって感じしなくて」
「あー、あれ? ドングリがどうとかってやつでしょ。ちょっと突飛過ぎるよねー」
「あれ罰ゲームかなんかだったんじゃねって結論出てなかったっけ?」
もう話を始める前から完全否定の雰囲気である。言うに事欠いて罰ゲームとは失礼な。逆風を感じつつも、一応伝えたいことは言っておく。
「私もその話は住民から聞きましたよ。『どんぐりころころどんぐりこ』と森に入る前に挨拶して、ドングリの機嫌を損ねないようにすると何事もなく抜けられるそうです。後、祠を掃除すると採集の際に良い事があるかもしれないとも」
私の話を聞いた少年少女達は半信半疑の様子だった。完全アウェイから考えると随分好意的であるが、どうだろうか。
「住民から聞いたって事はガセじゃないってことかなあ……」
「うーん、でもすごい勢いで森に突進していったらしいじゃん? 死に戻り覚悟だったんじゃ?」
「あの森には魔物がいないのに、何で死ぬのですか?」
はて、昨日のあの森は結局一度も戦わなかったのである。ひたすらにドングリを踏まないように気をつけただけであった。おかしなことを言うと思わず突っ込むと、少年少女たちこそが変な顔をした。
「ええ? あそこ滅茶苦茶強いじゃん! 今までよりレベルも高いし群れてるし状態異常も久々に出てきてすげー面倒なのに」
「ちょっと待ってポーション屋さん。もしかしてもしかして昨日森の前で叫んだ黒フードの怪しい人ってホントにポーション屋さん? 自分が行ったから、魔物がいないって言えるんだよね?」
喚くシュンを押さえつけて、マリエがじっとわたしを見つめた。まあ目撃情報の一つ二つ出ているだろうとは思っていたけれど、いざ怪しい人と言われるとちょっと辛い。みんなもっと絆システムを活用してもらいたいものだ。イルと普通に歩きたい。
「そう、ですね。折角聞いた話なのでちょっと試してみたんです。人目があって、確かに恥ずかしかったので走って逃げましたが魔物には一度も会いませんでしたよ。だから、また掲示板に書いて貰おうかと思っていたのですが……」
既にガセと言う結論が出ているようなら、今更書いても信じてもらえないかもしれないな。マリエも同じことを思ったのか、顎に指を当てて俯いた。
「じゃーさ、あたしたちで突破したら証拠SS付けて投稿しよ! 最前線組のあたしら『BoyS青春GirlS』の確定情報なら、後からでもひっくり返せるでしょ!」
ポニーテールの少女の提案に、マリエも納得した顔を見せた。『BoyS青春GirlS』と言うパーティ名にセンスは感じないが、基本的には素直でいい子たちである。
「そうだね、それなら受け入れられそう。そうしよっか」
「よっしゃ、一番乗りは俺らだぜー!」
はしゃぎながら去って行く少年少女達。すまない、一番乗りは私なのだ。言わないけれど。私もたまには空気を読むのである。