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現代ではありえない街並みに、カラフルな過ぎゆく人波。縁日の屋台とは全く異なる露天商たちや飛び回る妖精たち。最初に見えたのはそれらだった。感動に目を瞠り、続いて自分も浮いていることを思い出す。
「ふっ」
気合を入れて地に足を付けた。これは二重の意味である。どうしても気分が浮ついているのを感じているが、良い大人としてははしゃぎまわるのは避けたいところだ。さて、クレマチスさんの助言集によれば、まずは金策からと言うことになる。
メニューから、マップを常時表示状態に変更する。このマップは、自分で行ったところや購入した地図を反映して常時更新される優れものだ。気に入った地点を自分で記録して自分だけの地図を作り上げていくそうな。
最初の町だけは主要な施設はすでに記載されているので、それに従い冒険者ギルドへ歩き始めた。背後が何やら騒がしいが、今私は忙しい。無視。
初期地点は、この町では噴水である。噴水から四方に伸びる大通りのうち南側に冒険者ギルドはあるらしい。数分で到着した。どうでもいいがなぜギルドには酒場が併設されているのだろう?特に用事はないだろうに。
飲んだくれている髭親父たちの間をすり抜けるようにして受付カウンターへ向かった。始めたばかりのプレイヤーが既に飲んだくれているとは考えづらいので町の住民だろう。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドイチの町支部へようこそ!ご登録ですか?」
最初の町だからイチの町なのか。安直ではあるが分かりやすい。肯定すると受付嬢――可愛らしい娘さんである。プレイヤーに狙われないことを祈る――は一枚の紙を取り出した。
「ではこちらに必要事項を記載の上、下の部分に魔力をお流しください!」
感じのいい応対だ。無駄がないところも好ましい。大人しく名前を書き、緊急クエストと指名クエストの取り扱い等の同意事項にチェックを入れた。魔力は書きながら流したので問題ない。
「はい、ありがとうございました。登録作業を行いますので少々お待ちくださいませ」
番号札を渡される。01。銀行か役所のようだ。手持無沙汰になったので、ギルド内をぶらついてみようか。
受付カウンターから奥に向かって扉が見えるのでそちらに歩く。手前から、解体所、訓練室、会議室、階段、応接室、給湯室、スタッフルーム、ギルド長室。間口よりかなり奥行きのある建物らしい。使用許可なく立ち入りを禁ずとあるので、受付かどこかで許可を得る必要があるのだろう。
「1番でお待ちの辰砂様。お手続きが完了いたしましたのでカウンターへお越しくださいませ」
不意に天井から声が振ってきて驚いた。完全にお役所だ。思わず少し浮いてしまったが、何もなかったかのようにカウンターへ向かった。浮いてない、浮いてないぞ。
「大変お待たせしております、こちらが辰砂様のギルドカードでございます。こちらが簡単な身分証となっておりますから、各町や村に出入りする際は必ずご携帯ください。口座機能に関してはご説明が必要ですか?」
立て板に水の受付嬢曰く、ギルドに信用金1000エーン以上預けておくことで、各ギルド支部で遅滞なく自分の資産を管理できるのだという。他のギルド支部も預け入れ、引き出し、振込や送金が可能らしい。しかし現在手持ちは5000エーンのみ。今20%失うことに意味を見いだせない。
「よくわかりました、ありがとう。いつか小金持ちになったら開設をお願いします。そのときはどうぞよろしく」
やんわりお断りしてお暇する。受付嬢は最後までにこやかだった、立派な心がけだと思う。笑うのが得意ではない私としては見習いたいところだ。
ギルドを出た私は道の端により、メニューを開いた。クレマチスさんの説明通り項目が増えている。クエストの欄を開くと、現在いる町の冒険者ギルドで受けられるクエストが表示されるのだ。いつ気が抜けて浮かぶかわからない身としては人ごみは避けたいところであり、この機能はうってつけだった。
「薬草類の採集……銅鉱石の採掘……ファングラビットの討伐及び肉の納品……鮮魚仕入れ……子守(半日)……」
依頼は実に多岐に渡った。子守は向いてないからいいとして、最初は素直に薬草類の採取から始めるべきだろうか。詳細だけでも確認する。モグリ薬品店が依頼主のようだ。
『主人が足をひねってしまってしばらくノース山の採集ができません。指定の薬草類の納品をお願いいたします。希望品質B以上。期日:本日日暮れ』
物凄く妖しそうな店名だが、依頼内容は至極真っ当である。指定された薬草は15種類ほどで各30束。報酬額は10000エーン。安いのか高いのかわからないが、【調薬】スキルを持つ私には悪くない気がする。何しろここに記載されている草はすべて薬につかえるということなのだから。早速受注する。軽い電子音とともに、クエストの残り時間が視界の端に浮かんだ。遅刻はしないで済みそうだ。