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 私としてはほんの数日分と言う意識なのだが、あれこれやった事を喋っていたらずいぶん時間がかかってしまった。イルも無事に葡萄型根付を渡せてご満悦である。褒められて抱きしめられて尻尾が激しく動いていた。


 葡萄型根付にも少ないものの水魔力を付加し、今は精霊さんの胸元にぶら下がっている。持ち物が少ないのでつける所がなかった、次はつける方のアイテムをプレゼントした方がいいのかもしれない。


 精霊さんに別れを告げて、さてこれからどうしようかと悩む。日没にはまだ少し時間があり、今からニーの街に戻ると中途半端だ。うーん……どれほどかかるかわからないが、一応行くだけ行ってみようか。


 イチの街の南門へ。当たり前だがサウス山を乗り越えると馬鹿みたいに時間がかかるので、麓を飛んで迂回することにした。久しぶりにクッションに出動して頂こう。【飛行】で飛んでいく。燃費は決してよくないが、MPがそれを上回って多いので気にしない。


 高さ制限がなくなって木の上くらいは飛べるようになったのだが、あまり高度を上げると使用MPが倍々ゲームのごとく膨らんでしまう。残念だが鳥のようには飛べないな。【飛行】の検証をしているうちに、南の関所が見えてきた。なかなかどうして高い壁が続いている。どうやって建造したか考えるのは野暮だろう。


「ギルドカードを提示せよ」


 厳しい口調の兵士が槍を交差させている。えらく物々しいな。ギルドカードを取り出して渡すと、代表格の兵士がそれを見分した。ほどなく返されたそれを再びストレージに放り込む。


「この先はここまでとは違う強力な魔物が生息している。自己責任で進むこと、また関所に魔物を引っ張りこむなどの悪質な行為が確認された場合身柄を拘束し王国法に則った刑罰が与えられる故、心せよ」


「ありがとうございます。気を付けます」


 親切な忠告に一礼を返して関所を抜けた。驚かれていた気もするが、まあ気のせいであろう。挨拶して驚かれるような覚えはない。しかし、魔物を引っ張ると言えばトレインと言う行為で、悪質なマナー違反であった気がする。誰かやらかしたのか? だとすると、どこでも誰かが何かしらやらかしているな。


 関所を抜けた途端に深い森が見えている。ほんの数十メートルほどの間が平地だ。森に続く道の周りにはプレイヤーが数組たむろしていた。うう、帰りたくなってきた……


 ここまで来て試しもせず帰ると言うのは勿体ないと、貧乏性に突き動かされて森の入り口へ。ちらちらと視線を感じる、出来れば向こうに行っておいてもらいたいのだが。しばらく躊躇い、挨拶と言う以上は森の中の相手に届かなければ意味がないと意を決して一礼した。


「どんぐりころころどんぐりこ!」


 周りがどよめいたのがわかった。恥ずかしすぎるので全速力で走って森の中へ。笑われなかっただけましかもしれないが、振り返るほどには勇気が湧いてこなかった。誰もついてこないでくれと言う祈りは天に通じたのか、数分走っても人の気配は感じられないままだった。


「よかった……」


 ほっとして足を止めた。ここからは歩こうかな。道なりに走ったが、祠は今のところ見つからない。通り過ぎてはないと思うのだが……と、見渡した道の先、倒木に拳大のどんぐりが乗っているのが見えた。3つ並んでゆらゆらと揺れている。


「ドングリ……」


「コロコロ」


「ドングリコ……」


 それは、何処から聞こえてくるかわからない、葉擦れのような声であった。ふと周囲を見回せば、そこらの樹の枝のあちらこちらに大小さまざまなどんぐりが座っている。それら全てが言っているのか、また違うのかもよく分からない。


「お邪魔させてください」


 何処に向けてお辞儀したらいいかわからないので、とりあえず倒木に向けて礼をした。ざわめきが散らばり、気が付けば点々とどんぐりが転がっている。多分、これに沿って進めばいいのだろう。狐につままれたような、と言う心持ちは初めて味わったかもしれないな。


 ドングリを踏まないよう気をつけながらしばらく進んだ。さっきから魔物と全く遭遇しない。強力な魔物云々はどこに行ったのだろう。そこここに見慣れない植物やキノコの類が見えるので採集もしたいのだが……とりあえず、ゴーの街にたどり着くことを最優先としよう。


 1時間ほども進んだ頃。件の祠が見えてきた。古いが綺麗である。周りの苔の生え方からすると、定期的に掃除をされているようだ。まあ、今から私もするのだが。早速水筒を取り出した。掃除道具……持って来ていなかったので、糸で雑巾を作った。最近糸の使い方がおかしいが、便利なことは良い事の筈だ。きっとそうに違いない。


 イルが水をかけては私が雑巾で拭く。小さくてよかった、あまりに立派だと大変である。何度か水を絞って出来るだけ水気を取った。どうもこの森はかなり湿気が多いようだ、水を付けたままだとあっという間に苔むしてしまうだろう。


「おっ、心なしか綺麗になりました」


「うん、多分なったな」


 二人で出来栄えをチェックし、まあいいんじゃないかと言うことで揃って一礼。


「また今度ゆっくり来ます。今日はゴーの街に行きたいので、これで失礼します」


 さっきのドングリン達と意思疎通ができているかは不明だが、一応挨拶。さあ街に向かうかと踵を返してちょっと浮いてしまった。


「……」


 私の背ほどあるドングリがぬうっと立っていたのである。手足があるので立っているという表現でいいと思うが、顔は闇のような黒い穴が三つ空いているだけである。しかも高さも大きさも違って結構怖い。荒ぶる鼓動を堪えつつ、とりあえず地面に着地した。


「……」


 ドングリは不動である。私はどうしたらいいのか。害意があれば後ろを取った時点で決着がついている筈だし、何のためにここに立っているのだろうか。椎の実型のドングリで帽子は可愛らしいのだが、とにかく目口が茫漠の穴である。なんか出てきたらどうしよう。


「……」


 不意に、ドングリの右手が動いた。思わず反応してしまうが、ただ腕を前に出して(本体より前に出てないが)掌を開いただけであった。ん?掌の上にどんぐりが転がっている。まだ青いどんぐりだ。


「……」


 短い手で、ドングリはどんぐりを突き出してくる。わかりにくいだろうか、しかし他に言いようがないのである。多分このどんぐりをくれようとしているのだと思うが。私も手を出して受け取った。


「……マタ、コイ」


 ドングリが私の側をちょこちょこと通り過ぎて祠に入って行った。どうも、祠の主であったらしい。どうしていいのか、私はイルとしばらく顔を見合わせていた。


 なお、森を抜けた後で青いどんぐりを識別してみたところ『青い団栗 ゴノース森産の未熟な団栗』と言うことがわかった。何かに使えるわけではなさそうだが、まあ折角もらったんだし持っておこう。


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