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作業場101号室にて調薬を終わらせた私は、イルの根付を披露してもらっていた。
「じゃーん」
最初に出てきたのは大粒の丸い水晶を一粒だけ使った根付だ。朱色単色で組んであり、実に定番のお守りと言った風情を醸している。色違いで3本作っていた。
「上手に作れてるね。教えたとおりだ」
「ふふん! んで、次はこれ! ですね」
次に出てきたのは中くらいの粒を3つ縦に並べ、根付部分を短くしたものだ。よりストラップ感が強く出ている。団子三兄だ……いやいや。これも色違いと、石の種類を変えたものとがあった。ほんの半日くらいだったのに沢山作ったなあ。
「3本くらいできれば充分だと思ってたよ、頑張ったんだな」
「そうでしょ? 一杯褒めてくれてもいいですよ! おっと、最後はこれ! 一番上手にできたと思、います」
最後に袋から登場したのは、葡萄みたいなストラップだった。小粒の石を房に見えるように沢山つないである。正直可愛い。芯の部分が根付で組んであり、そこから石をつなぐ糸をくぐらせているらしい。これなら緑の糸も買っておいてあげればよかったかなあ。
「良くできてるし、教えてないのに工夫したんだな。イルは凄いな」
褒めると顔が上を向いた。褒めろと言う割に褒めると恥ずかしいのか。グネグネしていて何か背中辺りがキラキラして見えている。しかしこれ可愛いなあ。売るのが惜しいくらいだ。
「作り方ももうマスターしたし、房の奴以外は1時間に3本はいけるます! 房の奴は1個かな、全体のバランス取るのが結構難しいですから」
そうなのか。明らかに私が作るより早いだろう。【手芸】の補助が凄いのかイルのDexを褒めればいいのか。とりあえず褒めまくってみた。ミミズのごとくのたうつイルとじゃれているうちに冷めた薬液をろ過しつつ瓶詰めしていく。イルも暇なので瓶に蓋をして手伝ってくれる。そろそろ譲ってもらった瓶も底を尽いて来ているな。叩きつけて割るなんて用途なら、最初から投擲用に作れないものだろうか……?
「瓶が勿体ないなあ」
最後の50本を詰めてしまえば、残った瓶は十数本ほどであった。と言うか、私が使った分が余っているだけのような気がする。返却率0%であった。
「涎は? 炙ったら固まるなら器の形に固めたらいいんじゃないですか?」
イルの提案をしばし考える、が。
「元涎を扱うのはちょっとなあ……それに、器を作る手間と涎を集める手間が……」
気分的な問題だけでなく、コストパフォーマンスも良くはない。今でこそ涎は余っているものの、器に使い始めればあっという間になくなるのは目に見えている。わざわざ涎を落とす魔物を狩り集めるのも趣味じゃない。
「うーん。難しい、ですね」
イルも難しい顔で瓶を睨んでみている。背を撫ぜて労いつつ、困った時の生き字引の存在を思い出した。ふさっとした毛の感触が思い起こさせてくれたようなものだったが。
「グレッグ先生にお知恵を拝借してみようか。何か使えそうなものの情報でもあれば万々歳だし久しぶりに精霊さんの所にも遊びに行こう、明日の授業が終わったら向かおう」
「え! ほんとに! やったーばーちゃん、に会えるですね! そしたらもう一個房の奴作ろうかな!」
背中の滑らかな毛の手触りを楽しみながら、喜ぶイルを眺める。さっきから思っていたのだけれど、背中に毛なんて生えていただろうか? まだまばらだが銀色の鬣に見える毛が?
「イル、背中に毛が生えてるけど前からあったかな」
「え!? マジ!? っじゃなくて本当!? 成龍になる前の予兆なんだです! うわーほんとだやったあああ」
騒ぎながら背中を覗き込んで喜んでいる。こうなるとしばらく放っておいた方がよろしい。落ち着くまで片付けでもしていようか。
片付けがすべて終わってしばし後。やっと落ち着きを取り戻したイルと私は露店を開いていた。ここ数日の散財で、悲しいかな宿代も危うい状態になっているのである。本当は明日に回そうと思っていたのだが、明日はイチの街に移動するので今日に前倒しした。
「今日は遅かったわねえ。まあ、夕方は人も多いし悪い時間帯じゃないわよ」
「……ンメェ」
カリスマさんとウールちゃんの隣がすっかり定着してしまった。何とも居心地のいい空間である。和やかに会話していると、ウールちゃんがなんとこちらに来てくれた。撫でてもいいだろうかと逡巡している間にウールちゃんは私の袖を加えて引っ張り始めた。こっち来いと言う事か?
戸惑いつつも引っ張られて試着室へ入る。カリスマさんも不思議そうだったが快く貸してくれた。試着室に入って入り口を閉じると、ウールちゃんは一声鳴いた。
「何だ俺に用事かよ、ですか。はあ? ……辰砂、俺ちょっとこいつと喋るます、戻ってていいですよ」
ンメエンメエとのんびりした鳴き声がイルには通じているらしく、私はあえなく試着室から追い出されたのであった。
「あら? お姫様だけ、ウールちゃんは?」
カリスマさんのもっともな疑問に、何やらイルに用があったらしいと説明。よく分からんと言う結論に落ち着いた。そのうち出てくるか呼ばれるだろうと大人しく店番を続けることにした。