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「うーん」


 黙々と消耗品を作成していた私は伸びをした。老師は実にのびのびした指導法である。下処理の流れを一通りやらせ、それではそれを反復しなさいと言うとどっかに行ってしまった。


 指定された数量は作成したが、老師が戻ってこないと次のステップに進めないのだが。まあ、メモ帳もまとめた上にこれだけ作らされたのだ。作り方は忘れそうにない。


「ほほ。お主器用じゃな、ぎこちなくとも正確じゃ。伊達に調薬やっとらんのう。それでは渡しといた大全を取り出しなさい」


 急に机の傍に登場した老師にびっくりした。老師はそこらの魔物より気配が薄いのだろうか? 魔力も随分察知できるようになったと思うのに全く解らなかった。


「ほ、そこはかとなく読んだようじゃのう。じゃが前半で心が折れたような感じかの」


 何でそんな所まで解るのだろう。正確には前半と言うか最初から4分の1程度を眺めただけである。


「一人前の魔法道具師にもなるとのう、他人の魔力の痕跡なんぞ追えて当り前よ。魔力が無い者はともかく、魔力持ちが何をどう触ったかくらいは手に取る様に解らなくてはの」


 魔法道具師と言うのは調薬師よりかなりハードルが高いようだ。そんなに高度な魔力察知を行使する日が来ると言うのか。


「まあいずれは、と言う事じゃ。三日でわしに追いつかれたらわしが泣いて詫びねばならんわい。今は何もかもの魔力の痕跡を辿る練習くらいでいいじゃろ。ほれ、お主街の外で採集活動に励むのじゃろ? その時に周囲を把握するよう努めればよい、識別は使っとるじゃろうからついでじゃの」


 痛いところを突かれて思わず目をそらした。識別を鑑定に進化はさせたいのだが、視界いっぱいの文字をつい避けてしまっている。老師はその動きを見逃してくれなかった。眉根を思い切り寄せて私を厳しく見据えてくる。


「情報を蔑ろにしておるのか? 知識は全て自分の頭の中にあるから調べる必要などないとでも思っておるのかね」


 言葉に詰まる。そんなつもりは全然ない。ないが。今作れるものの材料に関しては、既に見ればわかるようになっているが、逆に言えばわかる故に【識別】は使わないままで、他の有用な物の可能性を捨ててしまっている。

 それに周囲に気を払う訓練をしていればこの間のPKだって察知する事が出来た筈だ。やれる事をやっていない自覚はあった。


「……申し訳ありません。視界いっぱいに字が浮かぶと頭が付いていけなくて避けています」


「はん? 何じゃ、無精者が。遠くから何もかもいっぺんに識別するからそんなことになるんじゃろうが! 寄って識別すればよかろうに何やっとるんじゃ」


 正論である。毎度採集に夢中になって識別を都度かけるのを忘れているのも言い訳にならない。努力します、としか言いようがなかった。


「ふむ……ふむ。弟子よ、お主、頭でわかっていても逃げる癖があるな? 苦手意識が付いたものからも遠ざかるであろう。そんなお主にわしが素晴らしい物を授けてやろう」


 老師は私の口に出さなかった言い訳すらも察知したらしかった。老師があちこちの棚を漁りまわして取り出したのは小さな石がヘッドになったペンダントである。磨き上げられた丸い石は黒く光を吸い込むようだった。


「ほっほ。失敗作じゃと思うておったが使う時がこようとはのう。これを着けるがよい」


「駄目だ辰砂それ呪われてる!」


 唐突にイルが割り込んで、ペンダントヘッドに水をぶち当てて砕いた。粉々、と言って差し支えない状態で黒い石が床に散らばり、おや。黒色が石から抜けていった。どう言う事だろう。


「この糞爺辰砂に何すんだよ! それでも師匠か!」


 暢気に石を観察している間にイルが老師を殺そうと水を呼び出し始めていた。いかん、老師がバラバラに殺害されてしまう。老師の顔色も悪い、何を言っているかは分かっていないが殺気は感じるのだろう。


「ちょっと弟子よ! わしに悪気もなけりゃ害意もないと水龍に伝えてくれい! 識別を勝手に使用させるように強制力を付けたら呪いに判定されちまった失敗作を活用しようと思っただけじゃって言うておくれ」


 言わなくてもイルは解っているのだが。イルの方もまだ目が金色ではないから、本気ではないと思うが私はイルの背を撫でた。


「だって辰砂……」


「大丈夫、私の無精を解消しようとしてくれただけらしいから。まあ、呪いの品を押しつけようってのはどうかと思うが。生産職に就くものとしての心構えがなってないってことは自分でも思ってたんだ、これからは心を入れ替えて真面目に識別します、老師」


 最後の部分だけは老師に向かって伝えた。イルは渋々引き下がってくれる。大分不満そうではあるが、一応静観することにしたらしい。


「辰砂に変な事したら店ごとぶっとばしてや、りますからね! 覚悟の上でおやりなさい!」


 その脅し文句はちょっと違うと思うけれど、イルの気持ちは嬉しいのでちょいちょいと頭を撫ぜて向こうに行って貰った。老師は顔じゅう汗だくである。水龍の恐ろしさを老師は認識しているらしかった。


「だって魔力の密度が半端ねーんじゃもん! わしが十人でかかっても勝てんわ。ごほん、残念ながら同じ効力の物は今ないので、お主の性根を鍛え直す手伝いはしてやれんわい。しかし早いうちに少なくとも鑑定には進化させておくようにの。出来るなら上級鑑定か特級鑑定くらいにはしておくとよかろうよ」


 弱冠語調が乱れているものの、途中で立て直したのは歳の功と言うべきだろうか。助言に留まってしまったが、常に情報収集を怠らぬようにと言う心がけだけは学べた。破壊されてしまったがそのうち自分で同じ効力を持つ物を作成しても良いかな。


「ところで老師、先程イルが呪われていると言っていたのですが、老師は呪いもかけられるのですか?」


 砕け散った欠片を二人で掃除しながら、先程から気になっていた事を聞いてみた。道具作りの傍ら呪いまで教えられては困ってしまう、今でもスキルを育て切れていないのに。


「そう言えばスーパー素人じゃったのお主……魔法と呪いは紙一重じゃよ。来訪者と言うのは皆こんなに常識を知らんのか? 世界が呪いと判定した魔法が呪いじゃよ。正確な基準は未だに解明されとらんのじゃが、条件次第で呪いになるようだの。呪いになった魔法はとにかく黒くなるのよ、そして何らかの制約がかかる」


 意外な事実が判明してしまった。とにかく艶やかで光を吸い込む黒い魔法または物は呪われているので気をつけるようにとまで言われ、さっき呪おうとしてましたよね、と思わず突っ込んでしまう。


「あれは制約としては外せなくなるだけじゃったからのう。物によっちゃ着けとる限り身動きできないとか、魔力が常に枯渇するとか、ロクなもんが無いわい。気をつけるんじゃぞ」


 なお、トクメ・イキ・ボウ様に呪いの重さに見合う甘い食べ物か可愛い物を捧げて祝詞を唱えれば呪いは解けるそうだ。解けると言うか消去されてしまうので、それまでの効力は無くなることを覚悟する事、とのこと。意外な所で神様頼りなのであった。



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