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チュートリアル終了。長かった。
「言い方が悪かったかな。糸を使ってくれないと練習にならないんだが」
兎をストンピングで仕留めた私を迎えてくれたのは引きつり笑いのクレマチスさんだった。全くその通りです、申し訳ありません。
「もう一度行くから、今度は糸を扱う感覚に慣れてくれよ」
もう一度同じ兎が現れたので、今度は糸玉を使うことを意識する。糸に魔力をしみこませ……魔力とは何ぞや。
「クレマチスさん、魔力とはなんでしょうか?今までの人生で魔力と言うものを扱ったことはないのですが」
想像はつくけれど、それが自分にあるはずと言われても困る。伊達に現実世界で今まで生きていないのだ。
「すまんうっかりしてた。なんかあんたなら使えそうな気がして、すまん」
慌てた様子のクレマチスさん曰く、魔力は血と共に体をめぐっているそうで、起点は脳か心臓が多いという。鼓動に集中してみろと指示を受けて目を閉じて暫し、鼓動とは別のなだらかな流れを発見した。流れる経路は共有しているが動き方は全く別のものだ。
血流に比べてか細いそれが気に入らず、流れを速めた。足の先から脳天までめまぐるしい速度で回り始めた魔力(仮)に、今度は量を増やさせる。おお太い。しかし心臓付近にはまだ滞留魔力がある、太さに限界を感じ今度は密度を上げて廻した。
サボる魔力を一片も残さず働かせて満足した私は目を開けた。明らかに引いた顔のクレマチスさんがいる。
「何か?」
「い、いや。才能あるよあんた。魔力が動いてるから、もう糸に染み込ませるだけで使えるはずだ」
恐らく褒め言葉を頂いて、私は改めて糸玉に魔力を染み込ませる作業に移った。持っている掌からみるみる糸になじむ魔力。それを編み上げて投網を作り、兎に投げた。絡まった兎を地面にたたきつけて終了。
「なんか違う……」
何か背後から聞こえた気がしたが、振り返れば首を振っているクレマチスさんしかいないので気のせいだろう。そのあとも何パターンか兎で試して無事合格をもらった。
「いや、まあ最後まで受けてくれてありがとうよ。うん。糸の使い方も前衛的なものから古典的までばっちりだしな、うん。最後に必要ないかもしれないが一応ショートカットの設定を教えとくわ」
そう言ってメニューを言われるままに操作して、私の視界にはとあるボタンが二つ付いた。セクハラ通報とGMコールである。ゲームの世界でも下衆は下衆だから、ということらしい。
「それとスキルなんだけどな、練習するなら冒険者ギルドの訓練所が役立つと思う。街中で騒ぎを起こすと自警団に逮捕されるからな。スキル詳細は識別持ってればスキルから表示させられるから有効活用しろよ」
随分打ち解けて口うるさい母親のようになった男性クレマチスさんがあれこれと注意点を並べてくれる。すでにメモ帳は三分の一ほど埋まってしまっている。後で整理しておこう。
「たくさんの事をありがとうございました。精いっぱい楽しみたいと思います」
いつまでたっても注意事項が終わらなさそうなので、きりのいいところでお辞儀をした。私もそろそろ冒険がしたいのである。大人だから言わないけど。
「はっ、ああ、すまん。黙って聞いてくれる人なんて珍しくてな、つい……さて、じゃあいよいよ出発だ、良い旅を!」
クレマチスさんが手を振ってくれたので右手を挙げて挨拶。長いチュートリアルであったが、とうとう私も冒険に出られるわけだ。どんなところなのだろう。
私は知らない。期待に胸を膨らませた私が消えた後、クレマチスさんが「チュートリアルでスキル生やしすぎた天才」とか、「糸の可能性を見たわ」とか「リアル女王様」とかをナビゲーションキャラクター仲間に話して回った事を。それを知るのはだいぶ先である。