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性能の事は一旦忘れ、白一色の装備から白黒装備へリニューアルした私は、馴染んだイルの重みを感じながらニサウス洞窟とウエスト森の間……シルクスパイダー農場へ向かっていた。ブーツの履き心地は以前にも増して快適であり、足取りは軽いし魔物を踏んづけたら瞬殺である。素敵なブーツをありがとう、カリスマさん。
薬草採集をしながらもどんどん進んでいく。この世界は場所によって密度の差こそあるが、薬草がそこら中に生えていて、結構気軽に集められるという素晴らしい仕様だ。これで調薬師がたった1人だと言うのだから全く理不尽な話である。
イルもこっそり風を吹かせてみたり雷を発生させたりと魔法の練習に余念がない。やはり水龍だからこその水魔法の威力だったらしい。風魔法も雷魔法もあれほど強力ではないのである。とは言え勿論、この辺りの魔物は一撃だが。
ピクニック気分で歩くこと一時間程度だろうか。手慣れた作業をこなしつつ、農場の物と思われる柵に突き当たった。これに沿って歩けば、やがて農場に関係ある建物に当たる事だろう。
「組紐用の絹糸だったっけ、ゴホン、でしたか。譲ってもらえると良いですね!」
多少敬語に慣れたのか? 微妙なイルと喋りつつ柵沿いにどんどん進む。蜘蛛の農場なのにこれほど広大な敷地が必要なのだろうか? しかも、柵の内側は牧草地と言うよりは籔に近い気がする。無作為に生やしている訳でもないようだが。
「あ」
「え?」
藪の中からにわかに突き出た顔と目があった。なお、あ、の方が私である。線の細い少女が疑問形の方だ。少女は野草が付けた花を摘み取って手籠に納めていたところであったようだ。葉っぱをあちこちにくっつけたまま可憐に笑った。
「こんにちは」
「こんにちは。ここはシルクスパイダー農場で間違いありませんか? 絹糸の購入と見学に参りました」
挨拶ついでに用件を伝えると、少女は顔を輝かせた。見学がそんなに嬉しいのだろうか。
「素敵! あちらがスパイダー達のお家です、ご案内しますね! ああん嬉しい~」
ご機嫌な少女が立ち上がって、私は思わず硬直した。急いで後をついて進み始める。数歩先を足取り軽く進む少女には気付かれてないと思いたい。
まさか彼女の下半身が蜘蛛だとは欠片ほども思わなかったのだ。イルも一瞬肩を掴んだので相当驚いたと思われる。
「あ、見えましたね! あの大きな平屋がスパイダー達のお仕事場ですよ。中々お客様なんて見えなくって、一生懸命ご案内しますね~」
八本脚でもスキップが出来る事を証明しながら少女が進む。絡まりそうで絡まらない絶妙な足取りに目が吸い寄せられる。どうなっているんだろう。
「お邪魔します」
少女が笑顔で扉を開けてくれて、恐縮しつつ私はスパイダー農場内へ足を踏み入れた。ざわ、と空気が動いたように感じて壁を振りかえる。親指の爪ほどの無数の蜘蛛が蠢いていた。仕事場と言うか、明らかに棲み家である。
「あっ、休憩中でしたね! ごめんなさい、お仕事風景はもうちょっとだけお待ちいただけたら見られますよ~」
ご機嫌に少女も小屋に入って来ると手を二度打ち鳴らした。小さな蜘蛛達が一度に部屋の奥の方へ移動し始めて、思っていたよりもずっと多いシルクスパイダー達をただ眺めることしかできなかった。
促されて、蜘蛛達が向かった奥の部屋へ行く。蜘蛛達は実に行儀よく木製の機械の前に列を作っていた。
「綺麗な行列ですね。彼らとは意思疎通ができるのですか?」
「あっ、解ってくれますか。そうなんです、あんなにちっちゃいけど私達のお願いはちゃんと聞いてくれるんですよ! あ、あちらの方ではもう作業が始まってますね」
ほら、と手で示された方を見てみる。ああ、機械が回転して蜘蛛達がそれに順に集っては糸を吐きだして降りて行く。連係プレーだ。機械を操る蜘蛛人と、糸を吐きだす蜘蛛達の速度が揃わなければ糸は真っ直ぐにならず、また途切れてしまう。
「熟練の技ですね。生糸をここで作っているのですね」
果てしなく続いていく糸とそれを巻き取る機械の妙を長い事見つめていたが、少女がいい加減私の傍でニコニコし続けているのが気になってしまい私は仕方なく観察を諦めた。
「そうなんですよ! あちらの建屋で私がさっき集めていたお花で糸を染めるんです~」
「そちらも見せて頂いても良いですか」
「もちろんです~。ご案内しますね」
にこにこしながら少女が建物を出た。ついて歩きながら少女に種族を聞いてみた。
「蜘蛛族に会うのは初めてですか? まあ、固まって暮らしてますからね。私達は蜘蛛に準ずるもの全てと話せるので、大体が紡ぎ手や織手、染手などになるんですよ~」
糸の太さや質感、長さまで生産者にリクエストできるそうだ。8本ある脚の前側4本はかなり器用で、織機も蜘蛛族専用設計であるらしい。
「まず腕の数が足りないので、他の種族では操れないんです。持つ所が6つありますからね」
前脚と呼んでいいのか、器用な脚4本と、人間部分の腕2本を全部使いながら織っていくのだそうだ。想像がしづらい、まあ、後で見られるだろうと期待しておくか。
染色工房は、川の近くにあった。艶やかな糸が沢山干されている。完全に天日干しなのだが、盗まれたりしないのだろうか?
「あはは、そんな命知らずはいませんよ~」
尋ねてみれば笑い飛ばされてしまった。シルクスパイダー製品の取引は領主の管轄であり、盗難となれば領主軍が出張る事態になるそうだ。いくら高くても用途上足が付くので、割に合わない獲物に手を出す者などいないのだと言う。
「正規じゃない販路で買った方も死刑ですからね~。戸棚に隠しとけばわからないかもしれませんけど、それじゃ盗む意味もないですし」
「なるほど。ところで、とてもたくさんの色合いがありますが染料には何を使われているのですか」
花は先ほど籠に入れているのを見たが、干された糸をぱっと見ても十数種類の色が見える。さぞかし手間を食うのだろうと思ったが、それにしては工房の規模が小さすぎるように思った。
「んん? さっきの花ですよ。あれを潰した汁を水で伸ばして、生糸と一緒に煮るんです~。色の調節は煮る時間と水にさらす時間で決まるんですよ、これが腕の見せ所なんですよね」
こんな所でファンタジー感が出てきてしまった。何色でも同じ花の汁でオーケーだなんて。煮る時間が短いほど青く、やがて黄色みを帯び、長く煮るほど紅くなるのだそう。さらす時間は日中ならば薄く淡くなっていき、夜間にやると鮮やかに濃くなるのだとか。月の満ち欠けで明度と彩度の変化具合が変わるとかなんとか、絶対に現実ではあり得ない設定であった。
満月の夜が最も色が鮮やかになり、白と黒を染めるなら新月の夜が一番だなんて急にロマンチックすぎる。




