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「そうそう、週末なので、露店の頻度が上がると思いますよ。またご贔屓にどうぞ」
文句を言いつつも(シュンだけ)いろいろ教えてくれた少年少女が立ち去って、売るものが再びブレスレットだけになった。そこでカリスマさんが立ち上がる。いつの間にか片付けまで終わっていた。
「早いけど今日は店じまいしましょ。あたしも今日は約束とかないし。ちょっと、お姫様を優先した方がいい気がしてきたわ」
提案を受けて私もマットを巻き取った。ブレスレットは仕舞いやすくてよろしい。ウールちゃんはカリスマさんの頭部に乗っている。後ろから見ると禿頭にもっこもこのカツラを装着したみたいになっているのだが、移動時は常にこれなのだとか。
「歩く速さが違い過ぎてウールちゃんが嫌がるのよねえ。それに後ろ頭がふかふかで気持ち良いのよ」
そう言うものか、まあ確かにカリスマさんは肩の位置が推定2メートルだしウールちゃんは40センチくらいしかないし、不便ではあろう。毛の手触りも素晴らしいし、言っていることは間違っていない。見た目が気になるだけで。
喫茶店に行こうかと思っていたが、素材を広げるなら作業場を借りた方がいいだろうと言うことで二人で汎用棟107号室を借りた。個室だと思っていたのだが、パーティ単位で借りるのが一般的らしく変な顔はされなかった。
とりあえず、素材の整理ついでにストレージとアイテムボックスから何もかもを取り出していく。出しても出してもまだ出てくるので終わったころにはうんざりしていた。カリスマさんもドン引きしている。
「こ、こんなにあるのね」
所有権云々が面倒なので、再びパーティ登録をして二人で検分することにした。素材としては翼竜、猿、蝙蝠、巨人の4種類だがいかんせん数が多い。
翼竜からは翼膜、皮、鱗、牙、蹴爪、角、肉。猿からは毛皮、牙、尻尾、爪。蝙蝠からは翼、牙、耳、なぜか黒焼き。巨人からは皮、脂肪、肉、筋繊維、涎、魔石が出てきていた。魔石とはなんだろう。そして涎はだいぶ要らない。
呆れるほど多かった収穫品を種類毎にまとめ、肉と脂肪だけは生ものなので仕舞っておく。後の物は用途も考えたいし出しっぱなしだ。
「断トツで翼竜の物が多いわね」
「崖を下りている時にイルが撃墜してくれて。助かりました」
「いったい何をやってたの……」
完全に困惑しているカリスマさんに、一連の流れをかいつまんで話した。PKされたところで怒り、イルが変身したところで驚き、戻ってきた下りで納得顔に変わるカリスマさんの表情が言いたいことを物語っている。
「大規模討伐隊級ボスの出現は、誰かがイベント起こしたんじゃないかって話だったの。ひと暴れした後は一目散にどこかに行ってそれきり現れなかったから。まさかそれがイルちゃんで、しかもPKが絡んでたなんて。辛かったわね」
痛ましい顔で頭を撫でられた。いい年をした大人ではあるのだが、慰めてくれる気持ちが嬉しくされるままにじっとしていた。
「結果としては返り討ちにしているので、気にしていません。魔物の詳細も出回ってないようで安心しました、イルが狙われるようではこの辺りにはいられませんから」
情報では、魔物は空を飛んでいて水を使った位しかわかっていないそうだ。しばらく水魔法は控えさせた方がいいかもしれない。そうして落ち着いた頃にカリスマさんは素材に目を落とした。
「お姫様は【鑑定】スキルを取ってる? この素材、見たことがない等級なんだけど確認した?」
【鑑定】は【識別】を進化させた先にあるスキルらしい。素材の等級や特徴、大雑把な相場が見えるようになるそうだ。私も進化させた方がよさそうな気がするな、薬草の鑑定ができるようになりたい。
「今一般的に流れてるMob、雑魚敵の事よ、の素材の等級がⅡなの。フィールドボスの等級の中で一番高いのがⅣ。これはトップクラスのパーティしか撃破に成功してないから、アタシも掲示板のスクショでしか見たことないわ」
ふむふむとメモを取りつつ拝聴する。それでこれらは、とカリスマさんが素材を手で示して続けた。
「Ⅶよ」
「えっ?」
「Ⅶ。この数からしてMobなのに、Ⅶなの。本当に、いったいどこまで行ったらこんなことになるのかしら」
この辺りのボスがⅣ、あの森に跋扈する雑魚がⅦ。カリスマさんが慌てた理由がわかった。今こんなものを市場に流したら大変面倒なことになるのが目に見える。
「私もどこまで行ったのかよく分かってないんです。北東方向なのと、樹を伝って空中移動を続けたことくらいしか」
なんたって行きはイルにくわえられて気絶しているのだから、証言できないのだ。カリスマさんは北東、とつぶやいてしばらく考えていた。
「北東ってものすごく深い谷がなかったかしら?」
「ありましたよ、出来るだけ枝が張り出したところを選んで糸を伸ばして渡ったんです。猿だらけだったんですがイルが寄せ付けないでくれたので無事に渡れました」
「うーん、コメントに困るわぁ。二人にしか出来なさそうな渡り方だわねえ……そうなると、やっぱり。情報提供は早いかしらね」
行けないところに餌があっても、不満が出るだけだものとカリスマさんは苦慮したように頬に手を当てた。巻き込んだ上に気を遣わせてすみません。頭を下げておく。
「うん、でも、わかったわ。さっきの話は胸に秘めて、前向きに凄い素材が扱えるって考えることにする。でなきゃ秘密が多すぎてアタシひっくりかえっちゃうもの」
やっといつも通り笑ってくれたカリスマさんにほっとして、私も笑った。
結局マントの素材は少々失敗しても大丈夫な翼竜を使うことになった。等級が上がるほど扱いが難しい傾向があるらしい。スキルレベルも上がるので今回は料金は要らないと言われてしまった。それでは気が咎めるので、他の素材も適当に置いて逃げ出した。あまりにアンフェアなのでそれくらいは受け取ってほしい。