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寝不足は良くないと物凄く実感した。頭が回らなかったのだ。翌日のログインは1分無かったと思う、イルに挨拶だけして魔力充填が終わったらログアウトした為だ。
そして週末、今日は腰を据えてやることができる。今日はカレーに飽きたので違うものも食べたし、体調は万全だ。気合を入れてログイン。
「おうおはよ! 辰砂は腹減ったころ起きるなあ」
今日は暇過ぎたのか、本を読んでいたイルが挨拶してきた。それはいいがどこで本を読んでいるんだ、私は本置きじゃないぞ。魔力を渡しつつ本を退ける。
「悪い悪い、角度が丁度良くてさ。寝てる間にだいぶ騒ぎも静まったみたいだぞ」
夜の明るさが元に戻ってきたらしい。部屋から出る気は毛頭ないそうだが、窓から外は眺めていたようだ。
「そうか。後は少し見た目を変えれば何とかなるかな」
フード付きの白マントだったから、カリスマさんのセンスに任せつつ適当に姿を隠せる感じの装備を頼みに行こうか。
泊まり賃を一旦精算して宿を出た。いい加減長いこと泊まっていたせいで10000エーン以上に膨らんでいて驚いた。
カリスマさんにメッセージ。今日もいつもの場所にいるらしい。露店マットを借りて合流した。
「久しぶりね。昨日は来れなかったの?」
「いえ、寝不足が祟りまして。イルの食事だけ用意したんです」
「寝不足? あんな寝てんのに?」
イルが不思議がっている。まあ、確かにイルからすれば意味が解らないほど爆睡しているのが私だろうが。気づかないふりをしつつウールちゃんにも挨拶、ちら見してくれた。嫌われてはないと思いたい。
「そうなのね、ところでとうとうマントを脱いでくれたのね! やっぱり顔も姿も隠さない方がずっと魅力的よ」
やはり言われたか。カリスマさんは私を広告塔にしたいのだから当然だろうが、仕方なくなんです。しかし事情をこんなところで話すわけにもいかないし。
「あー、今日は露店を終えた後に少しお時間頂けませんか? 話しておきたいことがあって、それと装備の件なんですが」
新しいマントに準じるものが欲しいと言うと露骨にがっかりされた。物凄くがっかりさせてしまってこちらが焦る。
「イルも隠れられてとても便利なんです、今なんてスカートの裾ですよ可哀想に。目立たせず一緒にいるには必須ですよ」
この間のPKの時も、最初からイルが表に出ていたら狙いが二手に分かれて対応しきれなかったかもしれないし。一人のふりにはある程度効果があるだろうと思っている。
「そうか、それはそうだわね。だけどデザインは任せて頂戴よ?材料は何にしようかしら」
気持ちを切り替えれば後は創作の喜びしかないらしくカリスマさんは手持ちの材料を引っ張り出し始めた。
「あ、それなんですが新しい素材があるので使えるか見てもらえます? ちょっと、色を白から変えてほしくて」
カリスマさんの露店が散らかる前に、慌ててストレージからとりあえず翼竜の素材を取り出した。翼膜と皮あたりが使えそうな気がしたが、どうだろう?
「まあ艶消しの黒の革素材なんて素敵、ダーク系にしても……」
瞳を煌めかせたカリスマさんが素材を受け取った瞬間固まった。素材を凝視したままで、顔の前で手を振ってみても反応がない。まさか変な呪いでもかかっていたのだろうか?いやしかし私にはかかってない。
「……お姫様、これ。何?」
「翼竜の翼膜と皮です。沢山あるので使えればいいなと思ったのですが、向いてないでしょうか? 他にも色々ありますよ」
ストレージを開いて他の素材を物色しようとしたが、腕を抑えられた。どうしたのかと見やればカリスマさんが首を振っていた。首がもげそうなくらいの勢いである。こんなカリスマさん見たことない。
「ここで出しちゃ駄目! 装備の話も露店が終わった後聞くわ。今はとりあえずいつも通り露店やりましょう」
強硬なカリスマさんの意見によりストレージを閉じて、大人しく店番をすることになった。確かに珍しいかもしれない素材だが、どうしてあんなに焦っていたのだろう。後で聞こう。
「お久しぶりですー! ずっといないからもう諦めようかと思ってました」
いつもの少年少女に残ったスーパーポーションとスーパーマナポーションをすべて買い取ってもらった。私が移動したのかと思っていたらしい。
「ポーションが一杯使えてレベルもすっごく上げられるから、あたしたち今じゃ最前線組に入ってるんですよ!」
最前線組と言うのは、とにかく先へ進むプレイスタイルの中でもトップの人たちの事らしい。トップでない人たちは攻略組と言うそうだ。
「ポーション屋さんがいつもポーション沢山売ってくれるからこそです。これからもよろしくです!」
ご機嫌な少女二人組は、私がいない間にウールちゃんには警戒されるようになっていた。ひと撫でしか許してもらえずに早々に引き揚げてきておしゃべりに花を咲かせている。
「それにしてもポーション屋さん、フードなんか被らない方が絶対いいじゃないですか! びっくりするくらい綺麗なのに勿体ない~」
「凄いナンパされたりするんじゃない? 断るの大変すぎて隠してたとか!」
きゃあきゃあ。私は一言も喋っていないのだが、いつの間にか私はモテモテすぎて困る美人だと言うことになっている。モテた事はないのだが、否定しようにも全然口を挟む隙が見つからない。喋りにかけてはプロのようだ。
「あー。最前線組ともなればレベルも高いのでしょうね。もう100位ですか」
強引に割り込むのは諦めた、話題が今挑んでいるフィールドボスに移った時にそれとなく聞いてみた。物凄く急なレベルアップを果たしてしまった私達なのだが、正直今どれくらいの立ち位置にいるのだろう。
「100!? 行くわけねーだろ! 、今のレベル制限80だぞ! 明日のアップデートでレベル制限100まで解放されるのに何言ってんだアホか」
黙っていたシュンが急に突っ込みを入れてきた。あ、そうなのか。アップデートがあることすら知らなかった。∞世界では明日、現実では午前2時から6時までログインすることができなくなるらしい。ちなみに彼らのレベルは60台前半らしい。追い抜いてしまった。