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 すっと目が覚めた。なんかあちこち痛い。視界が暗い中、唯一光が差し込んできている方へ目をやってちょっと驚いた。何でか高いところからの景色が見えるのである。月明かりの下は一面の森、その先の随分向こうに灯りがちらついている。何がどうしてこんなところで寝ているのだろう。


 しばらく考え、そう言えば危うく殺されるところだった事を思い出した。そして同時にイルの変貌を目にした事も。イルは木立ごと射手を殺した。そして不意に私のフードを咥えて物凄いスピードで飛んだのだ。ただでさえ腕が痛かったのに、息が出来ないほどの風圧をくらって気絶したのか。で、石の上で寝てたから身体が痛いんだな。しかしイルはどこに行ったんだろう。


「……イル?」


 月明かりに目を奪われたが、イルを探して見回すと穴の奥がうすぼんやりと光っているのが解った。意識を失っていても光るんだなとどうでもいい事に感心しつつ、にじり寄る。イルは力尽きたようにだらりと伸びていた。いや、実際に力尽きているのだろう、ぴくりともしない。普段なら声をかけると反応するのに。


 鼻先に指を持って行き、呼吸を感じて、我知らず詰めていた息を吐いた。それから今使ったのが左手だった事に気付き、肩を触る。矢が無い。どころか触っても痛くなかった。イルが治してくれたのか。


「何から何まで……」


 PKから救われ、騒ぎから逃がされ、傷は癒されて。保護者面をしていたのを改めたばかりなのに、今度は恩人扱いしなければならないかもしれない。きっと嫌がるだろうが。


 スーパーマナポーションを取り出してイルにかけておく。HPバーは全快だが、MPバーはすっからかんなのが見えていた。全快までに品質Cで5本使った。800回復するのだが、さすが龍と言うべきか。


 ため息をひとつ吐いて、穴の壁に身体を預けた。イルの姿に思いをはせる。今のくたびれ方を見れば、あれが気軽に使えるような力でないことは明白だ。


「……う。うう?」


 物思いに耽っていると、イルが身動きした。MPの完全な枯渇は昏睡を招くのかもしれないな。ややあって、瞼が開いた。見えた目が青であったことに安堵する。


「あ、辰砂だ。おい無事か?」


「……全然、無事じゃ無さそうなイルに言われたくないけど。無事だよ。怪我も治してくれたんだな。ありがとう」


 べったりと伏せたままだが口は元気なようだ。内心が出来るだけ出ないように笑い、礼を伝えた。イルは目だけでこちらを見ている。


「……死んではないな。とりあえず。でも、腹減ってるだろ。飯食えよ」


 ぎくりとした。日付が変わるのが近いのだろう、目が覚めてから、じわりじわりと空腹が襲ってきていた。とは言え吸う相手はイルしかいない、明らかに不調なイルしか。


「元気な時なら甘えるけど、今は」


「だからー、お前が死んだら俺も死ぬの。餓死したら何のために俺、こんなんなってるか解んねーじゃんか」


 全くその通りの正論である。押し問答をする体力は双方ない、私は大人しくイルに手を添えた。


「あ゛ああ~吸われるぅ」


【吸精】を使って分かったが、いつもより吸える量が多い。もしかしてステータスにも何かペナルティがかかっているのではないのか? あっという間に吸いきった。


「うー、おやすみ。しんどい。寝る」


 頃合いだと解ったのか、イルの目が閉じた。あっという間に元通り、伸びた蛇の出来上がりだ。こいつ少しは人の話聞けよ。若干腹が立ったが、寝ているものを起こすわけにはいかない。とにかく私も休むことにした。――ああ、くそ。今日も徹夜だ。


 陽の光が顔にさして目が覚めた。∞世界の睡眠は夢も見ない。起きてもう一度外を窺った。やっぱり、随分高いところだ。下を見れば崖、上を見ても崖。断崖絶壁の横穴である。どう言う意図でここに来たのか考えたが、多分あの状態のイルの体の都合だと思う。森に降りるには大き過ぎたのだろう。


 今日ばかりはイルを起こす気にはなれず、隣で水晶を磨く。沢山あるから、少し廃棄率を上げて数珠を作っても良いかもしれない。黙々と削り、磨く。とにかく集中して下らない事を考えないように努めていた。例えば、どれだけの思いをしてイルが私を救ってくれたかわからないのに、それに対して申し訳ないと思っている事、とか。


 水晶と4粒の青曹珪灰石ラリマーの数珠を仕上げた頃に、イルが目覚めた。


「ん……おはよう辰砂。腹減った」


 起きるや否や気楽な奴だ。黙って魔力塊を口に流し込んでいく。すぐに要領を掴んだのか、伸びたまま器用にうつ伏せから仰向けになって口を開いた。


「あー生き返るわー」


 消耗が激しいのか今日の要求量は留まるところを知らなかった。スーパーマナポーションを計4回飲んでやっとである。これだけで3200回復したぞ。


「あれ、思ったよりしんどくないな?腹一杯食ったからかな」


 体をうねらせて調子を確かめるイル。昨日の話を持ち出す頃合いだろうか。口を開こうとしたら先んじてイルが話し始めた。


「あのさ、俺のスキルに【短気】ってあるじゃん。あれ、すっげー怒った時だけ使えるんだ。昨日の大きさになって、魔法も思った通り使えるようになるんだよね。で、代わりにいつもは3日くらい動けないんだけど、今日はなんか治ったわ」


 なんと、普段ステータスに対してMPの使いようがいやに少ないと思っていたら、普段の魔法は上手く制御できる範囲でしか使っていないらしかった。それであの威力が出るのか、やはり反則だ。


「ステータス見れるようになって、アレが【短気】ってスキルなんだって解ったんだけどさ。怒らないと使えないスキルだから、全然使える気がしてなかったんだよな」


 隠してたわけじゃないんだけど、と続けられた言葉に、イルにも何やら葛藤があったらしい事を察した。龍が皆持っている技能ではないのか。もしかしてかつてそれが原因で何かしらがあったのかもしれない。


「いや、私の方こそ悪かったよ。油断していた。網を破った時点で人目なんて気にせずに街まで飛べば良かったんだ、嫌な事は続くからな。それと、言いたくなかったんだろうに教えてくれてありがとう」


 尻尾を一撫ですると、ゆらりと揺れた。これ以上この件に固執するのは野暮だな、もう思考を切り替えるべきだ。さて、それではこれからどうするかだが。


「イル、昨夜はニーの街からここまでまっすぐ飛んだか覚えてるか?」


 昨夜の景色を思い出す。確か人工的な明かりが一か所だけあった。あれが街なら、多分南西の方角にニーがある。


「うーん? うん、とにかく早く離れたかったから真っ直ぐ飛んだな。多分逃げる時に見られたとは思うけど、辰砂迄見られたかは解んねえ」


 そんなところまで私を気遣っていたのか。感謝をこめて一撫でして、ニーと思しき方向を見つめる。


「……戻んのか? あの悪い奴等にまた遭うんじゃないのか」


 大丈夫なのか、と言外に問われる。大丈夫かどうかと言われると今のままでは大丈夫ではないのだが。


「でも、世捨て人になるにはまだちょっと早いから。片手の指で足りるような悪い奴の為に、まともな良い人たちとも縁を切るのはちょっと辛いだろ」


「だよな。そんな気がしてた。わかったよ、戻ろうぜ」


 呆れたようにイルが笑った。我儘で悪いな。パートナーになった以上諦めてくれ。



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