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「お姫様って聞き上手って言うか相談されやすい人なの?」
カリスマさんも一連の流れは見ていたので、兎少年の相談は自然と聞こえている。
「これまでの人生でそう言われたことは一度もありませんが、∞世界では割と心情を吐露されやすいですね」
たまたまなのだろうが不思議である。そう言えば無愛想でしかないはずの私にも親切にしてくれる人が多い事に気付いた。つまり良い人に当たったと言うことだろう。
「難易度の高い初恋にかなり煮詰まっていたんでしょう。丁度よくいたのが私だったと言うことで」
「ま、そう言う事にしときましょうか。ところで忘れてたんだけど、クッション出来てるわよ?」
おお!裏工作に忙しくてすっかり忘れていた。早速やり取りしてストレージへ。後で人のいないところで浮こう。ちょっと触っただけでもわかるフカフカ具合に頬が緩んだ。
「お姫様は笑うと随分感じが変わるわねえ。三日月みたいな雰囲気が猫みたいになるわ」
「猫は好きです、似てるとは思いませんが。しかし羊もこうして見ると可愛いですね、羊も好きになりました」
よく分からない例えを流しつつウールちゃんを撫でた。もこもこした毛の触り心地が気になってつい触ってしまった。しつこいと嫌われるのはイルを見ていればよく分かるので、ひと撫でで手を引っ込めておこう。
「さて。頼んでいた道具を引き取りに行くので、お先に失礼しますね」
さっきから一つたりとも売れないポーション類にこれ以上望みをかけるのは無意味であろう。目標額は楽々達成しているわけだし、とっととストレスフリーな調薬ライフに移行することとしよう。
「そう?またいらっしゃい、アタシもお姫様の装備のイマジネーション膨らませとくわ」
「楽しみにしています。動きやすくお願いしますね」
別れを告げてフェンネル氏の工房へ移動。すっかり忘れていたけれど、初心者用鋏も研いでもらわねば。
「お、来たな。ご依頼の品はこちらだ。なんたって物がでかいからな、別室に置いてある」
フェンネル氏が案内してくれたのは先日の作業場ではなく、商品を置いておくのだろう倉庫のようなところだった。品数を確認しつつ、ストレージへ収納。これだけ大きいとひとまとめに箱に入れたら出す時が大変である。
確かに全てあったので、即座に70000エーンを支払った。ストレージに収めておきながら払いを渋って盗人扱いされるのも嫌だ。ついでに鋏の研ぎを頼んでみたが、断られてしまった。
「これは初心者用だから刃が薄いんだ。使い込む奴なんてほとんどいないからな。研いだら刃が短くなっちまって、噛み合わせがおかしくなるから買い換えた方がいい。ウチにもあるが見るか?」
と言うわけで採集用鋏も新調した。4000エーンである。最初の鋏が300エーン位だったことを考えると、本当に入門用であったのだろう。道を定めたら普通は道具を新調するもんだと言われてしまった。
「グレッグの野郎、教えてないのか?師匠面しやがって」
「いいえ、グレッグ先生が足を痛められた間の薬草採集を引き受けたのがご縁でして。一緒に採集に行ったことはないんです」
はあ、とよく分からないような顔をされてしまった。まあ、住人からすれば弟子入りして3日で卒業と言うのはおかしいのだろうし無理もないか。それよりもやっとまともな道具を揃えたのだ、24時間営業の作業場へ行こう。
汎用棟103号室にて、新しい道具を並べた。自分でも解るほど機嫌が良い。何が良いって薬研がある事が最高だ。ところで、誰もいなくなったらすぐに出てくるイルが背中にくっついたままなのだがどうしたのだろうか?
「イル?」
返事はない。本当にどうしたんだ?マントを脱いで、さすがに背後を見ることは出来ないが出来るだけ様子を窺った。主張の強いイルがじっとしているとは、腹でも痛いのだろうか。
「……イル?」
よく解らないが、とりあえず頭を撫でてみた。指に当たる角の角度からすると、私の背中に顔が埋まっているようだ。
「……なんだよ。何でもねーよ」
どう考えても何かある様な気がするのだが、断固として服を掴んでいるのでひとまず置いておくことにした。
「言いたくなったら言いなさい。私は作業をしているから」
気にはなるが、言わない以上は予定通り新しい道具の使い心地を確かめることにしよう。薬研を手に取り、スーパーナオル草を粉砕する。あれ程手こずったのが嘘のようにさらさらに崩れてゆく。
買ってよかった事を噛みしめながら手順を進めた。刻んだスーパーヨクナル草を入れた鍋に水を汲み、魔法焜炉に火を付ける。IHコンロにそっくりであるが、まあ仕組みは違うのだろう。周囲の空気も熱いし。あれは確か鍋底だけが熱くなる筈だ。
黙々と作業を続ける。何時の間にか背中の重みも忘れ、集中していた。鍋の沸き方を見極め、混合チップを投入してコンロの火を消した。息を吐いて、冷めるのを待つ。道具を片づけて一息つくか。
「……イル。ちょっとおいで。ちょっと今から真剣に気障な事を言うから。笑うなよ」
備え付けの椅子を出してきて腰掛けた。本当に微動だにしなかったイルに呼びかけてみる。しばし反応が無かったが、ゆっくりと腕を伝って膝の上まで来た。目は伏せられたままで、何と言うか今まで見たことのない落ち込み方をしているな。
「イルの眼は、私が一番好きな蒼玉の色だ。鱗は藍方石で、腹側は月長石。何度見ても驚くほど美しいのにお前はとんだガキだった。殺されると思ったから、私はお前を殺そうと思ったし実行した」
イルはじっとしている。聞いているのか、聞いてないのかわからないが。私も兎少年に偉そうな事を言った手前、たとえ性に合わなくても伝えることは伝えよう。
「……お世話になった精霊さんに頼まれたから、仕方なくイルが幸せになれる所を探そうと思った。海に行こうと思ったのもその為だ」
ぴくりと身体が揺れた。そうだ、最初はそうだった。それが出来なくなったのは、パートナーになってしまったからだ。心が通ったかは未だによく解らないが、名を知りあったのがきっかけであったことは間違いない。そしてそれがイルからの“私の為”の申し出が発端だった事も、私は受け止めなければならない。
「だけど、もう出来ない。お前を一般的な龍としての生活に戻してやることは多分出来ない。もう直ぐ成龍だった筈なのに、こんなに縮んだままなのは多分絆のせいだ」
戦った時の十数メートルほどのサイズが、多分成龍間近の仔水龍だったのだろう。こんな50センチあるかないかのか細い龍ではなかったのに。いや、私も死にたくなんてなかったから、もう一度同じ場面に戻れたとしてもやはり戦うだろうが。
「それほど小さいのにイルは私に食事を提供しようとしてくれた。役に立とうとしてくれている……始まりがどうあれ、私はもう、イルがいないところは想像出来ないよ。イルはどうだ?ひとりの方が良かったか?」
イルは断固としてこちらを向かない。絶対に顔を見せてくれないので、強要はしない事にしよう。
「私はイルに成龍になって欲しい。大きくなった所を見たい。さぞかし綺麗だろうから楽しみなんだ。それに、それだけ大きくなったら心おきなく吸精出来るだろ」
尻尾を撫でた。邪険に尻尾が払われたが全然力が籠っていない。諦めずに何度も撫でてやる。力無く左右に揺れる尻尾が、やがて元通りの位置に収まった。
「……俺、全然ふかふかしてない」
「うん。滑らかだな」
「声も、甲高いし」
「子供だからな」
「しゅ、主張ばっかしてうるさいしっ……」
「黙ってちゃ何も解らない」
「そ、れに……俺、あんま役に立たないし……!戦う時も辰砂が捕まえたのだけじゃん……俺、そんな弱くないのにっ」
おや。それも気にしていたのか。過保護に過ぎたな、悪い事をした。
「それは悪かった。最初の大きさからあんまり縮んだから、心配だったんだよ。今はもう強い事も解ってるから、次は一緒にやろう」
しがみつかれつつ、胸元辺りにある後頭部を撫でてやる。何となく湿っている気もしたが、言及はしない方が親切だろう。それにしても、主張の激しい奴だと思っていたが本当に気にしている事は口に出さない性質だったとは思わなかった。
結局、イルが落ち着いたのは、大鍋一杯のスーパーポーションがしっかり冷めた後だった。龍は泣いても目が赤くならない事を発見し、うっかり口に出して叩かれたのはご愛敬である。
辰砂 Lv.38 ニュンペー
職業: 冒険者、調薬師
HP:690
MP:2060
Str:400
Vit:200
Agi:400
Mnd:555
Int:555
Dex:530
Luk:230
先天スキル:【魅了Lv.9】【吸精Lv.8】【馨】【浮遊】【空中移動Lv.6】【緑の手Lv.2】【水の宰Lv.2】【死の友人】【環境無効】
後天スキル:【魔糸Lv.4】【調薬Lv.20】【識別Lv.17】【採取Lv.28】【採掘Lv.19】【蹴脚術Lv.4】【魔力察知Lv.6】【魔力運用Lv.9】【魔力精密操作Lv.14】【宝飾Lv.5】
サブスキル:【誠実】【創意工夫】【罠Lv.13】【漁Lv.2】【魔手芸Lv.6】【調薬師の心得】【冷淡Lv.4】【話術Lv.6】【不退転】【空間魔法Lv.6】【付加魔法Lv.11】【細工Lv.2】【龍語Lv.5】【暗殺Lv.2】【料理Lv.4】【夜目Lv.1】【隠密Lv.9】
ステータスポイント:0
スキルポイント:17
称号:【最初のニュンペー】【水精の友】【仔水龍の友】【熊薬師の愛弟子】【絆導きし者】
イルルヤンカシュ Lv.15 仔水龍
HP:6200
MP:3800
Str:1000
Vit:1000
Agi:300
Mnd:500
Int:500
Dex:300
Luk:100
スキル:【水魔法Lv.8】【治療魔法Lv.4】【浮遊】【空中移動Lv.4】【強靭】【短気】【環境低減】【手芸Lv.4】【アヴァンギャルド】
スキルポイント:13
称号:【災龍】【水精の友】【ツンデレ】【絆導きし者】