50
とりあえず金策に走ろうと部屋を出ると、丁度おかみさんが部屋の前にいた。危うくぶつかるところだったので謝ると、女将さんは泣きだした。謝ったのに泣かなくても、どうしよう。
「あ、あなたのお、かげでっ……おっ、おかげでっ、ううぅっ」
私がどうしたのだ?ここ数日は寝っぱなしだったのに何がどうしたと言うのだ。
「本当にありがとう。あなたのおかげで俺達はここを離れずに済んだ」
泣き過ぎて何を言っているかわからない女将さんに糸製ハンカチを3枚渡してとにかく食堂まで降り、なんとか宥めようと頑張っていたところでイッテツさんが現われた。いや、お礼より先に女将さんを泣きやませて……ん?
「私は何もしていませんが?」
女将さんも私がどうとか言っていた。それがイッテツさんと同じ事であれば、やはり私が何をしたのかわからなかった。精々から揚げを布教したくらいだ。
「あなたが示唆してくれた揚げ物の可能性を、俺は必死に追求した。そして、屋台販売と言う勝負に向けて食べやすさを考え、棒に刺した。いかに素早く仕上げるかを考えて残念だが小さめにした。レモンだけは譲る事が出来なかったが、かけない味も楽しんで欲しかったから一緒に刺して渡した。そうしたら、どうだ。『焼き魚と藻塩亭』が優勝した」
おお。普段の無口ぶりはどこへ行ったのかという熱弁によればこの宿屋が優勝したと言う事らしい。から揚げはどうやらこの街で受け入れられそうである。
「あの日の売り上げだけで800000エーンを超えた。これでもう大丈夫だと、リンダもギルドを辞めて屋台をやっているんだ。元々あの子はうちの手伝いをしていてくれたからな……よかったら、後で行ってみてやってくれ。会いたがっていたから」
「私は何もしていませんよ。イッテツさんが努力した結果が出ただけではありませんか。リンダさんには後で挨拶しに行きますね」
このまま居れば長くなりそうだ。話が切れそうな所で素早く否定してそそくさと宿屋から逃げ出した。だって自分の為にから揚げ教えただけなんだもの……大袈裟に受け止められ過ぎて動揺する。リンダさんの所に行ってみるか、何となく嫌な予感もするのだが。
「うぅうううう!ぅありがっ、ぁりっ、がとっぅうううう」
予感は正しかった。リンダさんはイッテツさんにも女将さんにも似ているらしい。屋台の行列はさばきつつもボロボロ泣いている。油に水が落ちると危ないので早く泣きやんで欲しい、とりあえず【水の宰】で涙を鍋の上から非難させておこうか。
「リンダさん、これをとりあえず使って、そして落ち着いてください。来たタイミングが悪かったですね。また夜お会いしましょう」
親子だなあと感心しつつ、ハンカチを作って渡した。行列から注がれる視線も痛い事だしとにかくさっさと離れたい。夜に宿屋でとほのめかしてその場を離れた。
「誰だあいつ?リンダちゃん泣かしやがって」
泣かしたんじゃない、泣いたの。行列の声など聞こえないふりをしつつ冒険者ギルドへ移動した。しかしあの行列プレイヤーだらけだったな。ゲームの中でも普段の食べ物が食べられるのが嬉しいのだろうか。あるいはリンダ狙いかもしれない。
ギルドの近くまで来ると、憲兵の数が増えてきている事に気が付いた。物々しい雰囲気で、とある建物の回りで動いている。荷物を運び出しているのを見つけた。適当に声を掛けてみる。
「こんにちは。どうされたのですか?」
「ん?駄目だ、捜査中だから教えることは出来ん!さあどいたどいた!」
そう、捜査中であることが分かればいいのです。失礼しましたと告げて、さあギルドに行こうか――
「おお、大事な捜査中だとも!膿の塊を絞り出すんだからな」
声を掛けた憲兵と違う大声が割り込んできて面食らう。見れば、明らかに位の高そうな服を着ているが頭はもふぁもふぁで帽子もどこかにやったような男が立っていた。その側には腹の黒そうな細面の男が控えている。
「おい誰が止まっていいって?忙しいんだ、とっとと運べ!」
「は、はっ!失礼いたしました!」
荷物を抱えた下っ端憲兵が慌てて走り去り、私は去るタイミングを失ったまま彼らと相対した。私が諦めたライオンの鬣風の髪質を少し短くしたような大柄な男だ。細面の方は白っぽい金髪を長く伸ばして緩くまとめ、冷たそうな雰囲気である。
「なあ!この建物にはどれだけの膿が詰まっていたか!どれほど探しても見つからない証拠の塊が、向こうから転がりこんできたなんて信じられるか?」
大柄な方が大袈裟に手を広げた。こいつらは私に用事があったのか。しかし何故私がやったことが分かったのか?
「何のことでしょう?この建物には何か悪い物があったのですか」
知らないふりをしてみた。かまを掛けられているだけの可能性だってあるのだ、無意味に情報を提供することはない。
「あぁ、それはそれは高純度の悪がな。人を駄目にする悪、人を引きずり込む悪、表現しきれないほどの悪がこの派手な建物には詰まってたのさ」
「そうなんですね。それではこの街はこれからもっと素敵なところになるのでしょう。急ぎますので失礼しますね」
心当たりがとてもある話だが、ここまで来たらシラを切りとおす。適当に挨拶して踵を返した。
「――糸は、無防備なままでは魔力に聡い者には痕跡を悟られますよ。それが聡いだけでなく優秀ならば、例えば本人に会えば間違いなく解られます。覚えておくと良いでしょう」
背後から聞こえた多分腹黒の声に一瞬足を止めた。そんな落とし穴があったとは、糸も素晴らしいだけの武器ではなかったか。
「そうなんですね。いい事を聞きました、覚えておきます」
敗北感を感じつつもギルドに向かう。意地でも振り向くものか。あの二人が憲兵のかなり上の方の奴らだとして、向こうもはっきりさせない方がメリットがあると言う事だ。となれば、私に残された出来るだけ賢い振る舞いは何も知らない振りを続けることだけである。
「……あいつらずーっと辰砂見てるぞ?でかい方がにやにやしてる……キモ」
ちらっとフードをめくって後ろを見たイルが要らん報告をくれた。変なのに目を付けられたなあ。この街は便利だが、移動した方が良いかもしれない。
辰砂 Lv.38 ニュンペー
職業: 冒険者、調薬師
HP:690
MP:2060
Str:400
Vit:200
Agi:400
Mnd:555
Int:555
Dex:530
Luk:230
先天スキル:【魅了Lv.9】【吸精Lv.8】【馨】【浮遊】【空中移動Lv.6】【緑の手Lv.2】【水の宰Lv.2】【死の友人】【環境無効】
後天スキル:【魔糸Lv.4】【調薬Lv.20】【識別Lv.17】【採取Lv.28】【採掘Lv.19】【蹴脚術Lv.4】【魔力察知Lv.6】【魔力運用Lv.9】【魔力精密操作Lv.14】【隠密Lv.9】
サブスキル:【誠実】【創意工夫】【罠Lv.13】【漁Lv.2】【魔手芸Lv.6】【調薬師の心得】【冷淡Lv.4】【話術Lv.5】【不退転】【空間魔法Lv.6】【付加魔法Lv.11】【細工Lv.2】【龍語Lv.5】【暗殺Lv.2】【宝飾Lv.5】【料理Lv.4】【夜目Lv.1】
ステータスポイント:0
スキルポイント:17
称号:【最初のニュンペー】【水精の友】【仔水龍の保護者】【熊薬師の愛弟子】【絆導きし者】
イルルヤンカシュ Lv.15 仔水龍
HP:6200
MP:3800
Str:1000
Vit:1000
Agi:300
Mnd:500
Int:500
Dex:300
Luk:100
スキル:【水魔法Lv.8】【治療魔法Lv.4】【浮遊】【空中移動Lv.4】【強靭】【短気】【環境低減】【手芸Lv.4】【アヴァンギャルド】
スキルポイント:13
称号:【災龍】【水精の友】【天邪鬼】【絆導きし者】