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 受付嬢がカウンターから出てきて――並んでいた他の娘たちも訳を知っているのか快く送り出した――と、酒場の机を借りて座ることしばらく。受付嬢が奢ってくれたオレンジジュースを飲んで間を持たせているが、肝心の受付嬢は俯いたままである。


「……冒険者さんに、しかも来訪者さんにお願いするのはとても心苦しいのですが……『焼き魚と藻塩亭』は私の生家なんです。近頃お客様がめっきり減ってしまって」


 もう帰ろうかと考えていたら唐突に話が始まった。事情をまとめると売り上げが落ち込み、このままでは宿屋を手放す羽目になりそうで、3日後に迫った町おこしのイベントで優勝して客を呼ぼうとしているらしい。


「街中の料理人が腕を競うのですから目玉の食材を手に入れなくちゃいけないんです。父の腕なら熊の掌を活かせる筈です、絶対優勝しなくちゃ、家が……すみません、取り乱しました」


 話しているうちに感情が高ぶってきた受付嬢、リンダさんだったが我に返ったのか深呼吸をした。ちなみに私は定期的に数秒ずつ目を閉じて聞いている、魅了の発動を防ぐためだ。


「お譲りするのは吝かではありません。きちんと対価を頂ければ喜んでお譲りしますが、ご両親は熊の掌を使う予定がおありなのですか?」


 コンテストに出すメニューを本番3日前に決めていないなんてことがあるのだろうか?料理人が試作を繰り返して作品を作り上げる期間が2日間なんて考えにくいのに、今更こんな癖の強そうな食材を投入するメリットがあるのだろうか。


「それはっ、でも、父なら何とかしてくれるはずでっ――!」


「……手紙か何か、頂けますか?今から訪ねてみますから。お父様が必要だと思われればお譲りしましょう」


 親の心子知らずと言うやつだろうか。全幅の信頼を寄せるのは結構だが、父親の意見自体は丸無視である。おまけに食材の用途も丸投げだ、なんと投げ遣りなサポートなのか。


 とは言え了承するまで帰してもらえなさそうなので、一度宿に行ってみることにした。感じの良い宿ならそのまま泊まってもいい。手早く書いてくれた手紙を携えて路地を抜ける。立地としては通りから少しだけ入ったところだ、隠れ宿みたいで悪くないが。


『焼き魚と藻塩亭』に入る前に外観を眺めてみた。建物も汚くないしごみも落ちてない。扉の側の小さな植木鉢の植物が可愛らしい。何が原因で寂れてしまったのだろう?


「こんにちは。イッテツさんはいらっしゃいますか」


 戸を叩いて宿に入ったが誰も見えない。客がいないと言うのは伊達ではなく、厨房の方からも火の気が感じられなかった。


「いらっしゃい、イッテツは俺だが。何の用だい」


 少し待つと、厨房から明らかに職人肌の男が現れた。口数も少なく好感が持てる。


「娘さん、リンダさんから手紙を預かって参りました。先に読んで頂けますか?」


 熊の掌売りに来ました、といきなり言ってもただの押し売りである。リンダさんが事情を書いてくれている筈なので、イッテツさんが手紙を読み終えるのを待った。


 短いのだろうその手紙を読み進めるうちにイッテツさんの眉間に皺が刻まれてゆく。何を書いたんだリンダさん。


「……悪いが。もう献立は決めてあるんだ。珍しい物を持ってきたのはあんたでもう10人目だ。とにかく珍しい食材を使えばいいと思ってるんだろうな、あいつは」


 皺の理由はすぐ判明した。リンダさんは手当たり次第にここに誰かしら送り込んでいるらしい。この親子はもう少し話し合った方がいいのではないだろうか。


「そうでしょうね。頑張ってください。ところでしばらく泊まりたいのですが」


 リンダさんへの義理は果たした。後は本来の関係に戻るだけだ、すなわち客と宿屋である。イッテツさんは物言いたげな顔をしたけれど、何も言わず了承してくれた。


「2階上がってすぐ左の部屋だ。食事は必要か?……要らんか、じゃあ後は好きにしてくれ。一泊500エーンで最終日に精算だ」


 イチの街と宿泊料金が変わらないのはありがたかった。それにしてもさっきの熊代は10日分しかならない、早いところ掌を売ることにしよう。イッテツさんから鍵を受け取った時だった。


「―――!!」


「――!!」


 金物が叩きつけられたような音と、言い合うような声が外から聞こえてきた。イッテツさんが血相を変えて飛び出していく。赤の他人が渦中に飛び込むのは躊躇われるので、小窓から外を窺った。


「借りた金は返さなきゃあいけねえだろうがよお!ええ!?踏み倒そうって魂胆かああ!?あぁあ!?」


「んおおお!?どおおおうなんだよおおお!?」


「一週間後に800000エーン!びた一文負けねえからなぁ!!」


「負けねえええ!からなあああ!」


 だいぶ頭の悪そうな合いの手がとても気になるが、この宿が性質の悪い誰かに金を借りてしまったことは間違いないようだ。そして寂れた理由も。チンピラの見本市の様な集団が、妙齢のご婦人を取り囲むようにしていた。イッテツさんはご婦人をかばうように割り込んだ形である。


「……必ず返すと、伝えただろう。店の前で騒ぐのは止めてくれとも」


 険しい顔つきのイッテツさんが低い声で答えた。チンピラたちはにやにやしている。一人が牛乳缶に似た容器を蹴飛ばした。さっきの音はこれが原因だったか。


「親切心だよぉ!毎日言ってやらなきゃあ、忘れっちまっちゃいけねえからなああ」


「うははははは」


 三流の映画でも見ているようだった。特にチンピラ集団のエキストラ感が凄い。しかし、まあそれはそれとして気分の悪い光景ではあるのでお帰りいただくことにした。糸よ、よろしく。


辰砂しんしゃ Lv.27 ニュンペー

職業: 冒険者、調薬師

HP:525

MP:1730

Str:330

Vit:200

Agi:330

Mnd:530

Int:530

Dex:530

Luk:200

先天スキル:【魅了Lv.7】【吸精Lv.2】【馨】【浮遊】【空中移動Lv.5】【緑の手Lv.2】【水の宰Lv.2】【死の友人】【環境無効】

後天スキル:【糸Lv.24】【宝飾Lv.5】【調薬Lv.15】【識別Lv.12】【採取Lv.21】【採掘Lv.19】【蹴りLv.28】【魔力察知Lv.4】【魔力運用Lv.7】【魔力精密操作Lv.12】

サブスキル:【誠実】【創意工夫】【罠Lv.12】【漁Lv.2】【魔手芸Lv.6】【調薬師の心得】【冷淡Lv.2】【話術Lv.2】【不退転】【空間魔法Lv.6】【料理Lv.1】【付加魔法Lv.10】【細工Lv.2】【龍語Lv.5】


ステータスポイント:110

スキルポイント:25

称号:【最初のニュンペー】【水精の友】【仔水龍の保護者】【熊薬師の愛弟子】

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