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普段より時間をかけてモグリ薬品店へ到着した時には、どうやらカストリ女史にもある程度の説明がなされた後のようだった。なぜかと言えば、ひとまずカストリ女史が椅子に腰掛けているからだ。不満げに足をブンブンしているものの、グレッグ先生が一生懸命書いている手紙を睨んでいるだけだ。
「ただいま戻りました」
「ああ、お帰り辰砂君。ちょっと待っていてくれるかな? この手紙で最後だから」
先生に一声かけてカストリ女史の隣に移動した。先生は便箋に視線を落としたままだが、いつも通りの穏やかさで返事してくれた。どうやらポーションの作成は終了したらしい。しかし、何の手紙なのだろう? ペンが紙を引っ掻く独特の音を聞きつつ考えてみたのだが、全然思いつかなかった。
それほど間を開けずに手紙は書き上げられた。便箋に葉っぱが押し当てられる。すでに書き上げられていた他の封筒たちと一緒に素早く封蝋が施されて、特級調薬師の印章が押された。という事は、どれも公認特級調薬師としての手紙だ。
ふうっと細く息を吐いた先生が、奥方が持って来てくれた上着を羽織った。あ、胸元にカフスピンっぽい装飾品が付いている。樹木と熊の意匠、確か私がもらった十級調薬師のピンが葉っぱと熊だったから……あれが特級調薬師のピンなのだろう。
「ええと、先生。それらは?」
「うん、ごめんね。僕はね、伯爵領から出るときは何ヶ所かに連絡しないといけなくて。まあ手紙でいいから簡単なんだけど……そういう訳で、先に冒険者ギルドで手紙を出したいんだ」
成る程。特級調薬師にもなると所在地とかはっきりさせておかないといけないのかもしれない。という事は、もしかして住所不定の来訪者は特級にはなれないのかも? あるいはどこかの陣営に取り込まれることが前提なのか。
冒険者ギルドで先生の手続きを見守りつつ、考えを巡らせる。が、30秒ぐらいでやめた。どう考えても私が特級になるとは思えないし、考えるだけ無駄だ。
「全く冒険者ギルドの事務手続きときたら本当に煩雑で非効率だよ。ピッとしたらポンと完了させるくらいのことはできないものかね!」
カストリ女史は受付対応が非常に不満らしいが、十分スピーディだと思うけどなあ。ギルドカードをピッとやるだけで各種手続きが完了するのだから、現実世界どころじゃない効率である。
「冒険者ギルドに籍があれば早いんだけどねえ。特級になる前は僕も冒険者ギルドに籍があったんだけど……懐かしいなあ、日銭を稼ぐ日々」
「熊ったら過去を捏造するんじゃないよ。熊が日銭稼いでたのなんてそんなに長くなかっただろう。すぐ調薬系の依頼ばっかりになっちゃってぶすったれてたの僕は覚えてるからね」
「そうだったかなあ? でも本当に楽しかったんだよ、丸腰で魔物に追っかけられたのもいい思い出さ」
先達二人が思い出話をしつつ、南門へ進んでいく。どうやらこのお二人は同年代で、元々一緒に冒険者をやっていたということのようだ。
「何が丸腰だよ、いつだって素手だったくせに。いいかい熊弟子、熊を怒らせるとぶん殴られて挽き肉になるから気をつけるんだよ」
急に話を振られてびっくりしたが、先生を怒らせるつもりは毛頭ない旨を答えておいた。そもそもこの穏やかなグレッグ先生が怒る場面を想像しづらい。
「ちょっと、カストリ先生こそ大袈裟だよ。本当に挽き肉になるんならカストリ先生はここにいないじゃない」
ん?
「ふん、僕は脚一本持ってかれたの忘れてないからね! っとに熊が部位再生ポーション作れなかったら毒殺してるところだよ」
ええと……
「カストリ先生はちっとも丸くならないよねえ。僕も随分実験台にされたの覚えてるんだけどなあ、いつだったか滴る羽を再現するって張り切って――」
「さー早く行かなきゃ滴る羽が逃げっちまうよ! 無駄口叩いてる場合じゃないよ! さあ早く早く!」
「……」
無言でイルと見つめあってしまった。そして無言のまま、今のやりとりを記憶から消去することが決定したのであった。
こっそりお知らせ。
ここまで3日に一度更新してきましたが、9月からは更新ペースを落として参ります。
折良くここからいろいろ思惑が絡むパートなので、矛盾しないように書くつもりです。
いつも楽しみにしてくださっている方々には誠に申し訳ありませんが、どうぞ生暖かく見守っていただければ嬉しく思います。