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いよいよ発売の日を迎えました。
今日が有るのは、ひとえに読んで下さる皆様のお陰です。
この投げ遣りな人間がここまで書き続けられたのも、本が出る事になった事も全部そうです。
五体投地で感謝です。
これからもどうぞ、生暖かくよろしくお願いいたします。
さて、お説教も終わり、とうとうイチの街まで戻って来られた。こうなれば後は一直線にモグリ薬品店に向かうだけだ。何だかんだでお師匠様である先生には頼りっぱなしである。
「こんにちは、先生」
薬品店の扉を開けて挨拶すると、すっかり元気そうになった先生がカウンター越しに笑いかけてくれた。
「やあ辰砂君。元気そうだねえ」
どうも全く同じ感想をお互いに抱いたらしい。もしかすると先生は私の懸念もお見通しで、あえてそういう返しを選んでくださったのかもしれないが。あえて体調に触れるのはやめておこう。
その代わりに、湯気を立てている神器の鍋に目をやった。相変わらずギラついているが、みるみるうちに湯気が立ち消えていくのがわかる。やっぱりとんでも性能だ。
「早いだろう? 鍋いっぱいのポーションが冷めるのに1分かからないんだ。もう僕じゃあ、初級ポーションは薬草類を葉っぱのまま入れないと品質Cにならないんだよ……」
「そうなんですか? ちょっと覗いても」
「ああ、良いよ。僕もそんな様子の鍋を見る機会があるとは思っていなかったから」
お許しをいただいて、鍋を覗き込んだ。わあ、鍋に浮かぶのは採集した時の姿のままの薬草類だ。冗談みたいな光景である。おままごとでももうちょっと切ってあるだろう、思わず絶句してしまった。
「はは……はあ、近頃じゃ神器を使わずにまともに調薬できるのか自信がないよ。さて、今日は何か聞きにきたのかな? 薬草辞典を持っているという事は」
さすが先生、ウインクも様になっている。結局見つけられなかった『視界のブレ』を起こす状態異常、または病気――もしかしたら呪いかも知れないが、とにかく調べないことには始まらない――について、尋ねてみた。先生は顎を手のひらで一度さすって、目を伏せた。
「視界の歪みねえ。それは一瞬だけ? それとも継続しているのかな。両目ともおかしくなるのかはわかる?」
「そうですね、一度発症すると動作に支障をきたす状態が少なくとも数分続くようです。もう何度も症状は起きています。症状の度合いは一定ではなく上下します。目は、申し訳ありません、わかりません」
試合を見ていてわかる範囲だけ答えると、先生は珍しく眉根を寄せた。
「継続するのに、治まるんだね。長く視界が歪むような病気は、失明に至るんだけど……しかも、ブレ方が違うのか。ううん。見て見ないと確かな事はわからないけれど、どうも病気と言うよりは毒か呪いのように思えるね」
「そうですか……呪いであれば、解呪をすれば済みますね」
確か、トクメ・イキ・ボウ神(主神の奥方)に甘いものを捧げて祈れば呪いは消え去る筈だ。うん、バーノン老師に聞いた覚えがある。
「そうだね、呪いなら……毒だったら、ちょっと、いや。とても大ごとになるよ」
先生の憂い顔は晴れないままだ。先生は呪いの線は薄いと思っていらっしゃるのだろうか?
「盛る度に表向きの症状が出て、その裏で体に毒が蓄積するって言う厄介な毒がこの世には存在しているんだ。それである日、元気だった人がぱったり死ぬんだよ。だけどご禁制の品でね、僕も現物は見たことが無い」
致死量に至るまで、表向き以外の症状が何一つでないのだそうで、別名『沈黙の匙』と言うそうな。ひと匙程度が最も怪しまれず、死ぬまでも死んでからも事が露見しない事を表しているのだと。物凄く恐ろしいんですけど。
「ええと、ちなみにその毒の名前とは……」
説明を続けつつ、神器から瓶にポーションを移し替えておられた先生は、最後の瓶の蓋をきっちり締めてこちらに顔を向けた。
「滴る羽、だよ」
先生の厳しい顔つきは、これまで一度も見たことのないものだった。
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