253
「違います。絶対に違う。この間の方が症状が軽かった。だから勝てたんです」
珍しい。イルが人の話を遮った。まあ、なんとなくジッドレはこの話題に触れて欲しくなさそうである。あのまま話させていたら、逃げられていたかもしれない。では、私は違うアプローチをしてみようかな。
「イル、誰でも触れて欲しくない話題ってあるから。なんでも直球に聞けばいいってものじゃない。突然お邪魔しました」
珍しくジッドレを見据えて動かないイルに声を掛ける。イルは不服そうだったものの、顔をこちらに向けたのでこれ以上追求はしないだろう。最後だけジッドレに体を向けて軽く会釈しておく。
「ジッドレさん。私は辰砂と申します。来訪者ですが薬師もやっておりまして。もしかしてお困りでしたら多少お力になれるかもと思ったのですが、余計なお世話でしたね」
「……いや。良いさ」
ジッドレは、どこかが痛いような顔をした。なんとなく、全然心当たりのない顔ではないように見えるが。まあ初回はこんなものだろう。
しかしこんな意味深なやり取りをしていると、なんだか自分が刑事になったみたいな気分である。次はあんパン買ってこようかな? そもそも売っているのか、プレイヤーがやっているパン屋とかないのかな。
「じゃ、イル。引き上げよう。では失礼します」
イルの背中をやや強引に押して向きを変えさせた。これ以上ここで粘っても何も出てこない。押して駄目なら引いてみろ、なのだ。何度か通ってみよう、イルがどうしても解明したいならだけど。捨て置くならこの縁はこれきりだ。
「待ってくれ、辰砂ーサン、あんた薬師って言ったよな」
ん? なんか変な呼ばれ方をされたような。いやまあそれはいいや、路地に入ろうかというところでジッドレに呼び止められた。ちょっとチョロ過ぎやしないかい。
「ええそうです」
「なあ、目の疲れに効く薬ってないかい。なんて言うかさ、ほらよくあるだろ、急に何もかもがブレブレになる時が」
とてもよくあるとは思えない感じの症状を、やや早口で述べたジッドレはこちらをじっと見ている。落ち着きなく手指が動いていて、彼にとってはかなり勇気の要る申し出のようだ。
「今は持っていませんが、ありますよ。そうですね、いつまでに欲しいものですか?」
「そうだな、次は3日後に試合だから――いや別に試合で使うわけじゃないけどさ。あー、そうだ、日常生活に支障をきたしちゃいけないだろ? な? だから明後日くらいには欲しいって事になるな」
「では、明後日の正午に、神殿の主神像の前ではいかがですか」
特に宗教的問題もなかったらしく、あっさり了承したジッドレに今度こそ別れを告げて、私達はとっとと宿屋へ向かった。やる事が増えたのだからぼんやりなんかしてられないのだ。
薬学事典第1巻もめくらねばなるまいし、錬丹術の本も探してみなければなるまい。どうも欲しがっている物が継続的効果をもたらすもののようだし、錬丹術の範疇かもしれないな。
「喜べイル、どうも秘密が分かりそうじゃないか?」
「ううん……今回は俺、下手打ちましたね。そっか、俺が知りたい事が向こうには触れて欲しく無い事かも知れないんだ。辰砂に聞けば答えてくれるのとは違うんですね。俺にとっての××××みたいなもの……勉強になりました」
イルは何やら反省しているが、まあ最近大人になったんだから気にすることでは無いと思う。背中を強めにさすっておいた。
迫る8月24日発売予定の当物語に関して、お知らせその5です。
口絵を追加で掲載いたします。
グレッグ先生、イル、ウールちゃんです。
同じものを活動報告にも載せております。
グレッグ先生は熊耳になりました。知性的な感じです。
イルは言わずもがなですね。
ウェブ版では見る影もないやんちゃな頃のイルルヤンカシュです。
ウールちゃんもダルデレ感がイカしています。
このウールちゃんがカリスマさんの頭部を飾ってくれるわけで、胸熱ですね。
・書籍の予約に関して。
紙、電子版ともに絶賛(多分)予約中です。
実は電子版を買うかどうか悩んでいます。
作者なのに買うのも……でも記念に欲しい。
ジレンマですね。
以下は宣伝です。
・ツイッターのダッシュエックス文庫公式アカウントの方でも、当作品の宣伝ツイートが時々呟いてもらえます。
もしよろしければ時々チェックしていただけると嬉しいです。
ダッシュエックス文庫公式ツイッターはこちら:https://twitter.com/dx_bunko
書籍情報については、ダッシュエックス文庫HPの、刊行予定ページにてご確認いただけます。
ダッシュエックス文庫HPはこちら:http://dash.shueisha.co.jp