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大穴男氏が戦う相手は、まあ当たり前なのだが先日とは別人だった。大穴男氏は上背があるがそれほど横幅が無い。脂肪や筋肉からとことん無駄を省いたらこんな体型になるのかもしれないな。
「やっぱり納得いかない……」
イルが不満もあらわに唇を尖らせている。なぜかと言えば、大穴男氏が善戦虚しく負けてしまったからだ。
本日の対戦相手は、大穴男とは対照的にスモウレスラーぽいがっちりした男だった。試合開始直後は大穴男氏が間合いを巧みに取りつつ、先日も使っていた片手剣で攻め立てると言う安定した試合運びだったのである。この辺りではイルもうんうん頷きながら試合を観察していた。
ところが、5分ほど経過したあたりだろうか? 大穴男氏の動きが急に鈍ったのだ。反応が遅れ、踏み込みが浅くなり、避ける幅が足らなくなった。そうすれば当然避けられていたものが当たるし、攻撃は届かなくなる。あとはスモウレスラーの張り手一発で吹き飛ばされて終了だ。
「常連の話じゃ、体型からしてスタミナ不足だって事らしいけど」
「そんなわけないです。たった5分であんなふらつく程弱い気配して無いですよ、彼。まるで眩暈でも起こしてるみたいです」
最後に残っていたショコラオランジュを3枚重ねて齧り付こうとしたイルだったが、なにやら思い直したらしく1枚くれた。お礼を言って私も齧る。うーん、まろく甘くほろ苦く強烈に甘くじんわり苦い。この味の時間差って狙うと中々出ないんだよな。
「眩暈か……。負けた試合は今日初めて見たから、不自然かどうかはちょっとわからないな。こないだの勝った試合はどうだったんだっけ」
「あの時も、5分くらいで動きが悪くなりましたよ。今日みたいに露骨じゃなかったから、最後にどうにかカウンター決めて勝ちましたけど、決まってなかったら今日と一緒で押し込まれて終わったでしょうね」
ふむ。よく覚えているイルの話を聞きつつ、視線を空中に彷徨わせた。まあ、同じタイミングで常に服毒させられれば試合の狙ったタイミングで発症させることも可能である。随分高いハードルではあるが、全く不可能というわけでも無い。
とは言え毒とも決まってないし。ただ単純にスタミナに致命的に恵まれていないだけかもしれないし、何か病気を患っているのかもしれない。昔の怪我の後遺症の可能性だってある、決めつけは良く無い。
「仮定の話を私たちがいくら議論しても何も変わらないね。一度直接話しができるとまた少し考える材料ができるんだけどな……出待ちでもしてみるか?」
当然だが出待ちを知らないイルに簡単に説明する。すなわち、目当ての選手が出てくる筈の出入り口に張り込みするのだ。そして出てきたところを直撃しちゃうのである。もし出待ちが禁止されていれば、また他の手段を考えよう。
「それ、良いですね。あの不自然さの謎は解き明かしておきたいです」
「ん、じゃ、行こう」
そういう事になった。亀ちゃんは寝たままなので糸帯で肩にくくりつけ、良い子にしっぱなしの蛇ちゃんに蜂の子を食べさせる。亀ちゃんは一日中何かしら食べているが、蛇ちゃんは主張しないのでいつ空腹なのか全然わからない。口元に差し出すとパクつくあたり、お腹が空いているのだろうか? 蛇の表情の機微も読めていないままだ。どことなく歯痒いが、こればっかりは早いところ蛇ちゃんとの意思疎通が可能になることを祈るばかりである。
とりあえず5つばかり蜂の子を食べさせたところで蛇ちゃんが口を閉じたので、多分これで満足したのだろう。いつも通り頭を指で撫ぜておいた。
「お待たせ。移動しようか」
「待ってないですよ。蛇は亀に比べると全然食べないですね。食べるものが違うからなのかな」
話しながら、闘技場の出口に向かう。帰る人の流れに乗れば良いので、人数の割には歩きやすかった。客と選手が同じ出入り口を使っている可能性もあるけれど、他の入り口が有るかどうかだけでも調べてみよう。安全面を考えると、別に入り口があると思うんだけどなあ。