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長いこと欲しかった道具が出来るのだから、今度は材料を集めなくてはなるまい。そういうわけで、再び移動である。当初の予定ではオクトウエスト山で薬草集めをするつもりだったのだが、もう夕方とは言えない時間になってしまったので、とりあえずクーの街の周辺で薬草集めを行う事にした。なぜクーの街かと言えば、お地蔵様の掃除をした時に結構薬草っぽい草を見かけていたからである。
「一番宵っ張りだしなあ」
ノウェムウエスト森――お地蔵様の森に来る為に抜けてきたクーの街の活気を思い出しつつ、草を鑑定した。さすが賭け事の街だけあって、ゴーの街とは比較にならないレベルで明るかった。ゴーの街はどっちかって言うと田舎の縁日みたいな雰囲気だったが、クーの街は都会の夜だ。
「クーの街の話ですか?まあ、確かにまるきり寝る気がない感じでしたね。ゴーの街の吸血鬼も住みやすそうです」
イルは私の頭上で座り込み、目を閉じている。せっかく暗いので、洞窟でカリスマさんの見せた妙技を習得すべく練習しているらしい。完全制覇雲を貸してくれと言うから何かと思ったら、まさかの真面目な用途だった。
「ッ!そこッ!」
水のレーダーは数メートル程にとどめ、その外側の気配を探っているのだそうで、時折声が聞こえてくる。多分まだ成功率は低いな、水音が先にするってことは水に引っかかってからやっつけていると言うことだからね。
さて、敵はイルに一任して、採集に精を出しているわけだが。お待ちかね、スゲーシリーズである。このあたりではハイパーシリーズとスゲーシリーズが半々で生えている。もうすっかり最初の薬草シリーズは見かけなくなってしまった。各種状態異常系用の溶け草と若保草は、また伯爵領に戻った時に集めよう。
「右、違う後ろっ」
ハイパーシリーズは少年少女たちにいい加減渡さなければならないし、余分にあっても全然困らない。スゲーシリーズはまず道具ができるまでに二週間――リアルで約二日――かかるので、今回は連絡した通りハイパーのみの納品としよう。
「見える――?見えるぞ、俺にも見えるっ」
「イル、それは本当に見えてるから。月が出て明るくなったからよく見えるだけだよ、私もさっきから採集しやすい」
「ええ、何だあ。とうとう俺もカリスマさんの域に達したと思ったんですけどねえ……いつ目開けちゃったのかなぁ」
唐突に覚醒したかのようなイルの発言にツッコミを入れつつ、採集は順調に進んだ。夜な夜な薬草採集に励む変わり者は私達しかいないらしいので、亀ちゃんも大きくなって辺りを散策している。蛇ちゃんには亀ちゃんほどの自発的な行動が見られないのが残念だ。いつか自分で散歩に出かけたりしてほしいものである。
しばらくイルの試行錯誤を聴きながら採集に励み、結局1000本分のハイパーシリーズ用薬草と同じだけのスゲーシリーズ用薬草を手に入れた。完全制覇雲に糸をくくって、イルの移動を連動させていたので特別会話もないままであった。
「よし、イル、亀ちゃん。そろそろ引き上げようと思うんだけど」
ストレージの入り口を全て閉じ、片付けは終了である。あとは完全制覇雲をしまうだけだ。何処と無く不満そうなイルが雲から降りてきて、亀ちゃんものっそりと戻ってくる。小さくなった亀ちゃんを持ち上げて肩に乗せたら撤収だ。
「ううん、辰砂。カリスマさんって思ってたより凄かったんですね。正直、俺、舐めてました。裁縫師が本職なんだから、絶対負けないと思ってたんだけど」
珍しくイルがカリスマさんを褒めた。どうやら今日一晩では習得できなかったらしい。月明かりの下で反省しているイルは、銀髪が光をまとっていてなかなか美しかった。実に絵になると感心していて、イルの話を全然聞いていないのがバレるのは結構すぐのことであった。
「……辰砂、ねえ、全然聞いてないでしょう」
「あ、ごめん。あんまりイルが綺麗だからさ。日向のイルもいいけど、月夜のイルは特別綺麗だなあ。星みたいだ」
「……!」
なぜか怒られなかった。珍しい事もあるものだ。