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しゃらしゃらと、もう私にも聞こえる音量で錫杖を鳴らしておいでなすったお地蔵様。なにぶん身体が石で出来ているため、新雪の上にはくっきりした後が残されている。まあ、お地蔵様が軽快に歩いている姿も想像しづらいけれどね。
ずず、ずず、と大体30cm刻みでこちらへやってきたお地蔵様が不意に止まった。もちろん石製のお地蔵様なので、別に目が開いたりはしていないが何と無くこちらを意識しているような雰囲気である。この場合は何かしらこちらからアクションを起こすべきなのだろうか?
多分全員が同じことを考えたようで、複数の視線が交錯した。どうしよう。とはいえ、お地蔵様って話しかけるものなのだろうか?全員がためらい、そしてカリスマさんが意を決したのか一歩踏み出して膝をついた。一番身長差があるからね。
「どうされました?」
非常に汎用性の高い呼びかけを選んだカリスマさんだったが、お地蔵様からのアクションは特にないままだ。話しかけるのがキーというわけではないらしい。戸惑い再び、である。と、錫杖が浮かび上がった?
丁度1mほどの高さまで浮いた錫杖は空中で三度ほど左右に振るような動きを見せたあと、垂直に地面に落下した。また不思議なのが、地面に刺さっているわけでもないのに倒れないところである。まるで見えない手に握られているかのようだ。
「……あれ。雪、止んだ?」
おふくろさんの声にはっとする。そう言われればそうだ、何しろ自分が全然関係ないから気づかなかった。おふくろさんのつんと尖った鼻に積もった雪をイルが払ってあげている。どうにも世話焼きな龍なのだ。
「ありがとー」
「いえいえ」
ほのぼのしたやり取りを尻目に、カリスマさんとお地蔵様は向き合った状態から動かない。カリスマさんは珍しく戸惑い顔、お地蔵様は——石像なので表情とかないか。わずかずつ動く視線と頤はまるで話を聞いているかのようだが、私の耳には何も聞こえない。
カリスマさんが躊躇いがちに一つ頷いたのが何かのきっかけだったのだろうか?錫杖が再び浮き上がり、カリスマさんの目の前で数回打ち鳴らされた。何度聞いてもいい音だ。そのまま私たちの方にも一度だけ鳴らされて——なんか物凄くついで感があった——ひと抱えもある葛籠が3つ各々の目の前まで浮遊してきた。なんか、この葛籠見たことあるな?
「『調味料・香辛料セット(印)』……あっ」
早速鑑定して見たらしいおふくろさんの色々察したお声が先だったか、お地蔵様が消えたのが先だったのか。私たちはいつの間にやら推定ナナリの街の前に突っ立っていたのであった。
「アレだね、隠しボスって昔話シリーズなんだろね。確かヨンの街あたりでかちかち山だったっけ?」
「ええそうです、あれもずいぶん唐突でした。でもあれでお醤油が手に入ったのは嬉しかったですね。でも、今度は印ですから……インドでしょうねえ」
おふくろさんがワクワクしながら葛籠を開けて見ている。私も自分の分はストレージにしまい込んで品定めを手伝うことにした。何しろカリスマさんが戸惑い顔でフリーズ中なのである。
お地蔵様がいたところをじっと見つめているカリスマさんは、多分きっと私たちとは少しばかり違うイベントが起きていたのに違いないのだ。いや、勝手な推測だけどね。思わせ振りな悪ふざけをするタイプではないのだから、カリスマさんの硬直には意味があると見るべきだ。となれば友人たる私たちにできることは、カリスマさんが再起動するのをのんびり待つことくらいなのである。
種類ごとに硝子瓶に詰められ、ご丁寧にラベリングされたスパイス類は実に数十種類に及んだ。しかもものによっては乾燥させたものと生のものと揃えてある。多分このアイテムを考えた人は余程ココナッツが好きだったのだろう。油脂、搾り汁、粉末果肉、細切り果肉と充実の品揃えだ。どうやって使うのやら。
「ねえ辰砂、この種って砕いてありますけど食べ物なんですか」
イルが訝しげに覗いていたのは、多分ひよこ豆のひき割りというやつだと思う。豆に関しては自信がない。その隣の細かいやつは見当がつかない、何豆だろう。
「水につけてから煮ると美味しいよ。結構時間かかるからあんまり私は扱わないけど食べるのは好きだな……ん、亀ちゃん?食べて見たいって?あとで私の分からあげるから、ちょっと待ってほしい」
「ふうん?この粒々がねえ……想像しづらいなあ」
身になるようなならないような話をしながら、葛籠の中身をリスト化する。おふくろさんが掲示板に情報をあげてくれるということなので、お手伝いである。イベントを起こした条件も親切に提供できそうだとのことであった。まあ多分お供え物だろうなあ。