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一度に3組、制限時間が15分ほど。試合と試合の間隔は1時間で、顔見せから投票締め切りまでが15分。これ以外、待ち時間の間に最終的な倍率の発表と、それに従った払い戻しが行われる。ちなみに、払い戻しは当日しか受け付けないので注意するように大きく書いてあった。
最初の組の武闘家の組と魔法使いの組にイルは投票したらしい。どちらも本命とされる方に一口ずつ賭けて、見事的中させていた。払い戻しをしてきたイルは興奮するでもなく普通のままだ。嬉しいもんなんじゃないの?
「え、だって」
尋ねてみると、イルは何やら言いかけたけれど口を閉ざした。こう言う反応は珍しいな。どうしたのかと見ていると、顎に手をやり考えている風だったイルが一度首を振った。
「宿屋で話します。確かめてからの方がよさそうだから」
意味深長な台詞を残し、2試合目の顔見せに出てきた3組を見つめ始めたイルであった。横顔を意味もなく眺めてみる。見た目に中身が追い付いてきたのだろうか、考えに耽る様子からは子供っぽさが抜けていた。もしかしてアルフレッドさん的紳士スタイルの影、くらいは見えてきたのかもしれないな。良い事だ。
成長を実感して思わずニヤニヤしてしまい、イルに不審な顔をされるアクシデントはあったものの、概ねイルの初ギャンブルは上手く行ったようだった。夕方6時から9時まで、全部で12組の試合があったわけだがこのうちの6組ほどに賭けて全部当たりと言う驚異的的中率である。しかもそのうち1つは大穴だったらしく、おふくろさんが大盛り上がりであった。
「いやー、凄かったねえイルさん!博才あるんじゃない!?だって倍率777倍って!うわーいいもん見たあ」
倍率が大変縁起の良さそうな数字になったのは偶然なのだが、普通のギャンブルで700倍なんてなかなかないのだとか(しかも、複勝式じゃなくて単勝でとかもうマジ意味わかんないレベル……らしい。私はやらないので、よくわからなかった)。
「イルちゃんの遊び方、アタシ好きだわあ。絶対一口しか買わないじゃない?当たると気が大きくなって、掛け金太くなる男って多いのよねぇ」
カリスマさんもイルの遊び方には好感を抱いたらしい。偉い偉いと褒め倒している。何だろう、ギャンブルにはまった男に苦労させられた事でもありそうな雰囲気を感じる。絶対に触れまいと肝に銘じておく。
「じゃ、明日の夜明けに集合して、ナナリの街のボスから回っていくってことで大丈夫かな?」
「ええ。クーからナナリの街、ナナリからハッチの街、それから一応ナナリからサンの街のボスまでで今のフィールドボスは全部の筈だから」
二人の話を聞き、近辺図と街の位置関係を頭の中に描く。うん、間違いない。
「はい、それで大丈夫です。じゃあ、また明日、おやすみなさい」
「おやすみなさい、お姫様。イルちゃんも、亀ちゃんと蛇ちゃんもね」
「おやすみー」
宿屋に丁度ついたこともあって、ここで一旦解散することになった。続きは明日だ。とは言え、寝る前にイルが保留にした話を聞いておかないとな。忘れてしまう。
「イル、さっきの話だけど」
部屋に入って水を向ければ、イルはすんなり頷いた。
「だって、見たらどっちが強いか大体わかるのに、どうしてみんなわからないのかなと思ったんです」
イルの発言は、ちょっと私の予想をはるか斜めに突っ切って行った。何だって?見たらわかる?
「あ、むしろみんながわからないんだろうなって言うのはもう理解してますよ。だってそうじゃなきゃ賭けなんて成立してないでしょ?俺、見てわかるほど力の差があった組だけ賭けてみたんです」
成程、イルの的中率には大いなるタネがあったのだ。力の差が見て取れるのなら、選手が戦うこの賭けについては明らかに有利だろう。
「だから、何であの人が大穴だったのか物凄く不思議だったんですよね。今日見た中で一番強いと思ったのに、紹介文も強くなさそうな感じで書いてあったし」
今日一番強かった?たしかあの大穴の試合は終始本命側が押していて、最後のとどめのタイミングで大穴側が一か八か繰り出したカウンターがぎりぎり決まった、みたいな流れだったと思う。そんなずば抜けた実力がありそうじゃなかったけどなあ。
「だから、力だけで勝敗が決まるんじゃないのかもと思ってその後の試合も幾つか賭けたんですけど、全部当たっちゃって……おかしいなあって思ってるとこです」
成程、イルの中の答えと倍率が食い違う試合が1つだけあるせいで結論が出せないのか。ううん、とは言え内情も何もわからないしなあ。
「明日のボスめぐりが終わったら、また来てみようか。もう何個かやってみたら、今日のが変なのか、力だけで試合が決まるんじゃないのか、はっきりするかもしれないよ」
私の提案に、イルは素直に頷いたのであった。そうと決まれば、何はともあれ寝ましょう。魔力交換の後、布団にもぐりこんだのであった。