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2017/09/22追記:辰砂さんが洞窟の事を思い出す部分を、実際の出来事に沿って修正しました。また、ギルドカードを提出する際の表現を微修正しました。いずれも話の筋に影響はありません。
ゴーの街から東へ行った先がロックの街であるが、東門から出た途端に目に入ったのは何とも不快そうな湿地であった。具体的には蛭とかナメクジがひしめいていそうな感じである。
「うわあ、沼地とは聞いてたけど……予想以上にじめじめしてるなあ」
おふくろさんが嫌そうな顔で、体を持ち上げた蛭を串刺しにした。そう言う現れかたをするのか、いやらしいな。そしてピッケルが地味に強力である。じたばたする蛭を糸で輪切りにして終了。雑魚は全員でかかるほど強くない、まあ当たり前か。
「地下道に入るまでの我慢よ。地下道入口が関所になってるんですって、きゃーいやっ」
カリスマさんがうっかり覗き込んだ岩陰にナメクジが潜んでいたらしく、物凄い音を立てて棒が振り落された。岩ごとナメクジも粉砕したようだ。オーバーキルにも程がある気もするが、いや、気にしてはいけない。
「……クァリスマちゃん、素敵ー。愛しテるー」
「あらぁ、ありがとねウールちゃん。アタシもよぉ」
ウールちゃんの声援にカリスマさんが笑顔で応え、位置関係上頭上に来ているウールちゃんの頭部がもしゃもしゃされている。大変幸せそうな構図であるが、砕けた岩塊が背景なのが何ともアンバランスであった。
「全ッ然進展してない……」
「え?何か言ったか、イル」
「いいえ、何も。それより関所はまだですか?俺は水は好きですけど、淀んだ水は苦手ですよ」
ふむ、関所か。周りに巡らせた糸の動きを止めて、一旦ミニマップを見つめてみる。縮尺を弄ってゴーの街からの距離を目測すれば、概ねの進捗がわかるだろうと思ったのだ。えーと出発して30分経ってて、街からの距離がこれくらいだから……
「うん、もうそんなに遠くないよ。と言うかイルにも水の好き嫌いがあったんだな」
「そりゃありますよ。俺泥龍でも沼龍でも毒龍でもないですもん。龍人ですからね」
何故かドヤ顔を決めるイルだったが、正直私は意外と龍の種族が細かく分かれているらしい方が気になってしまった。それらをみんな祀るのが龍人の筈だから、実は龍人って一杯いるのかもしれないなあ。または世界中あちこちに点在するとか。
つらつらと龍人達の年間スケジュールについて考えていたのだが、先頭を進んでいたおふくろさんが関所を発見したので頭を切り替えることにした。
「あ、もうまるきり洞窟なんですね」
「他の所に比べるとかなり手つかずだわねぇ」
へえー。洞窟と言えば、どっかの坊やの地底湖以来である。関所に立っていた兵士たちがお決まりの注意事項を並べ、それから通行を許可してくれた。ただこれまでと違ったのは身分証明証――私たちの場合は冒険者ギルドカード――を調べられたことである。通行できる階級がⅢなのだそうで、全員がクリアした。
無事に通り抜けて洞窟を進む中、おふくろさんが何故か気まずげな顔をして私を見上げた。どうされましたか。
「辰砂が階級クリアしてくれてて良かったよ。俺、辰砂は冒険者には興味ないかと思ってたから聞こうと思ってたんだ、忘れてたけど」
鋭い指摘であった。ほんの少し前までⅠ階級のままだったので、おふくろさんの懸念はかなり的を得ていると言っていいだろう。
「あー、少し前に階級のせいで指名依頼を受け損ねそうになりまして。それまではⅠだったんですけど」
「あっそれわかる。俺も似たような事あったもん」
「アタシもあるわ。収集依頼掛けようとしたら、階級に見合わない等級の素材だったらしくて、却下されちゃったのよ。仕方ないから階級上げて出直したわぁ」
どうやら冒険者ギルドの階級問題は生産職あるあるらしかった。おふくろさんは家型の野営セットを大量に受注しようとして揉めたそうだ。私と同じパターンだな。しかも請ける時だけではなく、出す時までも階級制限があると言うのは知らなかったな。能力的には問題ないのに、階級が足を引っ張るのか。
「もうちょっと、上手いやり方がありそうなもんなんだけどなぁ。ま、俺らに出来るのは大人しく階級上げる事くらいだわな」
おふくろさんがピッケルを華麗に振り回して抜け目なく鉱石類を採集しつつ呟いたのが、何とも哀愁漂う結論であった。今はそれしかないよなあ。