206 アップデート その2
「……」
はあ。溜め息しかでない。まだ週の真ん中でしかないのだけれど、予定外の出来事が続くと草臥れる。気力が湧かず、今日の夕飯は買ってきた弁当で済ませてしまった。あんまり動く気にもなれないが、風呂が沸いたらしく呼び出し音が鳴っている。
ログアウトの後に他の事をする気にはなれないので、のろのろと最低限の事を済ませてからベッドに潜り込んだ。早くイル達に会いたい。
「おはようございます。バージョン1.0.3のアップデート内容をお知らせする為、アップデート第一段階が完了後初めてのログインをされた来訪者様にこの場にお越しいただいております」
変わった景色が見慣れたものでなかったので私は目を閉じたのだが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。逃避するなと言う事か。
水槽の中にいるのはいつぞやお会いしたランチュウ、天草さんである。天草さんは本日も盛んに口をパクパクさせていた。
「……お久しぶりですね。今回は何が変わったのでしょうか」
雑談をする気にはなれないが、聞かなければ我が癒し隊に会えない。大人しく聞く姿勢に入ると天草さんはご機嫌に尻鰭を振った。
「ええお久しぶりですね。あなたはとてもとても興味深い道を進んでいるのでワタクシ共の注目の的でございます。さて、ではアップデートの内容をお知らせいたします」
何やら不穏な台詞が聞こえたが、ひとまず聞こう。追及は後でも出来る。
「第一にロックの街に至る関所が解放されました。同時にナナ、ハッチ、クーの街に至る関所も解放されています。第二に大規模討伐隊級ボスが追加されました。第三に、上限レベルが解放されました。レベル上限は種族ごとに異なります」
まあ、順当な内容であった。驚く程の事でもなかった。ただ、種族毎にレベルの限界が異なると言うのは何かの布石のようにも思えるが。
「第四に、大多数の要望にお応えして職業『従魔師』が追加されました。特定のボスから一度ずつドロップする各種『卵』を孵す、またはMobモンスターを服従させられればモンスターと仲間になれます」
「従来の絆システムは一度きり、一体のみでしたけれども従魔は最大999匹まで仲間にすることが出来ます。ただし連れて歩けるのは6体までで、パーティを組んだ状態ではパーティの最大数に達するまでとなります」
おや、どこかで聞いたような。前回の説明時にとてもよく似た没システムのお話を拝聴した覚えがある。
「第五に、こちらはあまり関係ある方がいないのですが、絆システムによるパートナーのデスペナルティ内容を一部変更いたしました。具体的には何度死んでもレベルダウンしなくなりました。まあ、あなたのパートナーは一度も死んでないので関係ないかもしれませんがね。以上がこの度のアップデートの主だった内容でございます、ご質問があればどうぞ」
天草さんは言い終わっても盛んに口を開閉している。やっぱり明らかに喋るのには向いてない構造だよなあ。どうしてこの人説明要員になったのだろう。
「ええと、説明された順に聞いていきます。レベル上限解放と言う事でしたが、私はレベル幾つが上限ですか」
「ええと辰砂さんはニュンペーでしたね、妖精系統の精霊系譜、ニンフ属ですから……500レベルですね」
「500ですか」
これはまたどえらい数値が出て来たものだ。今確か97だから、あと403回レベルアップすれば上限か……気の長い話である。
「かなり上位の種族ですからねえ。まあいいじゃないですか、天部系統なんて2000ですよ。しかも、」
天草さんは突然口を閉じた。全ての鰭が激しくぴらぴらしている。
「そう言えば他にも質問がおありのようでしたが何でしたかね?」
「……えー、従魔師は、以前お伺いしたテイムモンスターシステムとは別物なのですか?」
あからさま過ぎてむしろ誘いだろうと思わせる誤魔化し方は、あえてスルーすることにした。知っても良い事にはならない気がする。
「ええ、とは言え基幹部分は同じものなのですが。絆システムとの干渉部分を解消させた結果、結構な別物になったのは否めません」
ざっと聞いた感じ、以前は卵は何色だろうと1人1つだったけれども、現在は色が違えば入手できるそうだ。つまり、カリスマさんなら白卵以外の卵をゲットできると言う事か。
また、以前のテイムモンスターは1匹限りであったのが999匹とか言う過剰な数字になっている。どうもこの辺りが干渉していたのだろうな。Mobを服従のくだりは新規の要素のようだ、これが要望が多かった点だろうか?
パートナーのデスペナルティ変更に関しては、経緯が何となく透けて見えたので何も言わずにおいた。敢えて死なせて再度レベリング、スキルポイント大量入手みたいなことをやったプレイヤーがいたのではないだろうか。絆システムの説明文をきちんと読めばすぐに思いつく手段である。
本当に実行すると築いた絆も消し飛びそうな気がするのだが、対策が打たれたと言う事は何かしらがあったのだろう。
「もうないですか?第五の内容に関しては?」
天草さんはとても喋りたそうではあったのだが、これも聞いて気分のいい話ではなさそうだった。首を振る。
「後味の悪い話は知らない方が幸せですから」
「うーん。賢明ですねえ。あなたは結んだ絆が永遠でないとご存じのようですね。つくづく災龍と絆を結んだのがあなたで良かったと思います」
少なくともワタクシは――と、天草さんが笑った。本当、意味深である。