205
しばらく後。私は無事に合格証と10級公認調薬師を証明するカフスピン風の装飾品を貰って支部を出た。モチーフは葉っぱと熊である。グレッグ先生に師事している証であるそうな。師匠がいれば師匠と同じモチーフに、独学であれば調薬師教会の印章である星とフラスコのピンが支給されるとか。
「つまり師匠が独学だとお弟子さんも独学扱いと言う事になるのでしょうか?何だか損した気分ですね」
「そうらしい。自分のモチーフを考案できるのは特級調薬師の特権なんだそうだ。つまり、やっぱりグレッグ先生は凄いってことだな」
焼き魚と藻塩亭に向かいつつ、雑談を続ける。神殿前の広場は日没直後の最後の賑わいを見せていた。照明設備が特にあるわけではないから、この時間帯で屋台は引き上げざるを得ないのだろう。プレイヤーならともかく、住民で夜間営業する人物にはまだ出会っていない。なおMellowは例外だ、あれは吸血鬼である。
「辰砂はグレッグ先生が好きですねえ」
「だって尊敬できるだろ?最初に師事したって言うのもあるし、やっぱり先生なんだよなあ」
「俺にとってのアルフレッドさんみたいな感じなんでしょうね、きっと」
ふうん、とイルは得心した風に頷いた。確かにイルも現在のスタイル形成の九割ほどはアルフレッドさんが関わっていること間違いなしである。最初の頃の乱暴な言葉遣いはどこに行ってしまったのか、立派な紳士が大分近づいている気がする。
本日の夕食はウンメーアジフライ、トライワシの油漬けのパスタ、ホワイトブリのムニエルから選べた。ホワイトブリは以前食べた鯛味の魚なので、今回は安定のウンメーアジとトライワシを選択。トライワシは名前のまま鰯であった。つまりオイルサーディンのパスタである。強烈な塩っけを上手い事まとめてあり、この辺りはやっぱりイッテツさんはプロである事を感じさせる。
「いつ食べてもこのフライは美味しいです。色々試したけど塩とレモンが飽きなくて良いかな」
ご機嫌のイルは小皿に取り分けたパスタもぺろりと食べてお代わりも要求している。実際には全然栄養にならないからあんなに食べられるのだろうか?腹も膨れないのにどこに収まっているのだろう。
「イル、食べても良いけどサラダも食べておきなさい。出されたものは残さない」
「う。はーい、どうも葉っぱって食べ慣れません」
じゃくじゃくと良い音をさせてイルがサラダを搔っ込むように食べきったので、皿を下げよう。嫌そうではあるが、ごねもせずに食べるようになったのは進歩であろう。
「あ、辰砂さん!今日も来てくれてたんですね、ありがとうございます」
カウンターまでトレイを運んだところで、丁度戻ってきたリンダが顔を出した。しばらく見ていなかったが元気そうだ。
「お疲れ様です、リンダさん。私もイルもここの料理が好きですから、来られる限りは来ますよ」
ありがとうございます、とリンダは笑った。手早く汚れものを分類し始めたのでその場を辞そうとして、そう言えばと顔を上げたリンダと目があった。
「閉鎖されてたロックの街の関所が開通したらしいですね。もう行って見られました?憲兵隊の発表じゃあ、脅威と成りえる問題が解決したからとか何とからしいですけど。全然具体的じゃないですよね、脅威ってだけじゃ」
さすがギルドが古巣なだけあって、リンダは事情通だった。おまけに屋台をやっているので生きた噂話も仕入れ放題である。時事ネタはリンダに聞くのが良いかもしれないな。
「脅威にも色々ありますからね」
「でしょ?でも多分、ニーギャング団壊滅と関係してるんじゃないかって話ですよ。あれからしばらく憲兵隊がばたばたしてましたもん」
おや?憲兵隊と言うのは基本的に街を守るのではないのだろうか。ニーウエスト湾まで管轄に入っているのだろうか?
「へえ。町の外の事も対応しないといけないんですか。大変ですね」
思ったままを口に出すと、リンダは両掌をぶんぶん振って否定した。そんなにも否定しなくても。
「いやいや、そんなこと無いですよ。憲兵隊は街中の治安維持の組織なんですから!だから、多分ニーギャング団がニーの街の中に何かしてたんだろうって噂になってたんです。近頃やっと落ち着いたと思ったら関所解放のお知らせでしょ?これは絶対関係あるよねって」
「成程。それはまず間違いないですね」
互いに肩をすくめて笑い合い、お礼を述べて部屋に戻った。しかしのんびり遊んでいて忘れていたが、そう言えばアップデート中なのであった。もう関所が解放されたのなら、少なくともロックの街は完成したのだろう。明日――現実時間で明日――は行ってみても良いかもしれない。
魔力と精気を交換し、蜂の子箱を設置。水を置いて、びっくりするほど気配を消していた亀ちゃんと蛇ちゃんにも挨拶して、おやすみなさい。蛇ちゃんが嫌にタイミング良く舌を出したけれど、あれは返事だと思っていても良いのだろうか。