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「はー……お腹いっぱいですよ」
ゆっくりした食事を済ませた昼下がり。後片付けはイルも手伝ってくれてさっと終了した。亀ちゃんと蛇ちゃんは日向ぼっこ中である。おふくろさん謹製の縁側の素晴らしさをしみじみと噛みしめているところで、イルが不意にこちらを向いた。
「ところで取り出した材料の割に出てくる量は普通でしたね?ストレージに入れたんですか」
よく見ている。縁側で編み物してたはずなのに、なぜ相当量のあれこれを揚げたことがばれているのだろう。まあ隠す事でもないので正直に答える。
「油が勿体なくて、限界に挑戦してみた。揚げ物って普通保存が効かないけどストレージなら出来たてのままだからさ」
ちなみに天ぷらの衣を使い切った後はから揚げ、竜田揚げ、素揚げと移行していったのだが、まあこれは言わなくてもいいか。
「こないだの左千夫君事件の時、まともな食事を取らせてあげられなかったのを思い出してね。料理の度に備蓄していけば、いつかおかしなことになっても少々大丈夫だろう?」
「ああ、そう言えば……ひもじい顔してましたもんね、彼。まあそうそうあんな事になってもらっても嫌ですけど」
まあ、それもそうなのだが。しかし料理の類をストレージに入れると表示される名前が今一つである。『味噌汁(鍋)』『天ぷら(山盛り)』『精進揚げ(ドカ盛)』『竜田揚げ(大盛)』『から揚げ(並)』『フライドポテト(今にも崩れそう)』『素揚げ野菜(小盛)』……特にポテト。確かにちょっと乗せすぎたなとは思ったけれど、それは品名ではないだろう。
と言うわけでストレージのカスタマイズに挑戦することにした。量がわかるのも便利と言えば便利だが、中に何が入っているのかわからないのは微妙である。試行錯誤の結果、単一の材料の皿は材料名が表示されることになった。具体的には『から揚げ(並)』は『ハウスコカトリスの唐揚げ(並)』になった。まあ、これくらいなら今後収納の際に気をつければいいだけの事だし妥協してもいい。
「さてと、草取りするか」
作業のきりが良くなったので、私は伸びをして立ち上がった。イルが呆れ顔をしている。
「錬丹ですか?それより早いうちに10級を取っちゃいましょうよ。薬学辞典の作り方ときたら、どれもこれも同じような手順じゃないですか」
十分試験に通る筈だと言わんばかりの視線を浴びたが、いやいやこれに関しては私にも言い分がある。
「今ちょうど草原に居て雑草が採り放題だろう?折角効能が違うんだし、サンプルで渡そうと思ってさ」
森や山は薬草類も結構な量生えているのだ。どういうわけか草原は薬草類が極端に少ないのである。今なら手当り次第にストレージに放り込んでおけば後々楽が出来る……筈だ。
「あー……継続するからですか?そこはわからなくもないですが。でも辰砂ってやりだしたら長いでしょ、絶対夕方まで草取ってますよ。間違いなく」
「うーむ、反論できない」
止められない止まらない採集癖があるのは自覚している。貴重な平日のログイン時間を草取りに費やしていいのかと言う思いもあるが、うーん。時間を決めて草取り、いや自信ないなあ。
考え込んでいると、縁側が二度叩かれた。目を向けると亀ちゃんがこちらを見上げている。
「――草。我。可能。収集。即時」
なんだって?草を一瞬で集められると言うのか?亀ちゃんの手は普通の陸亀の手である。爪で掘り出すとでも言うのだろうか。
「ええと、どうやって?」
聞いてみると、亀ちゃんはおもむろに1m程度の大きさになり、縁側から降りた。そして家から離れていくのだが、どう見ても徐々に巨大化している。成程家の近くで大きくなったら家が壊れるかもしれないからね、細やかな気遣いを見せる亀ちゃんである。
最初の大きさからすると半分くらいか、大体20メートルくらいの大きさになった亀ちゃんは爪を地面に突き立てて口をぱかっとあけた。
「おお!」
周りの草が亀ちゃんの口に飛び込んでいく。みるみる口に溜まる草。丁度口いっぱいになったところで亀ちゃんは地面から爪を抜いて、こちらを振り返った。口の中の草を地面に落として私の方を見ている。心なしかドヤ顔である。
「…………ありがとう亀ちゃん!後何回か集めてくれるともっと嬉しいよ!」
私の精一杯のお礼の言葉に亀ちゃんは明らかに嬉しそうに口を開けた。イルの物言いたげな顔を意図的に無視して私は集められた草に水の宰を全力で行使した。いいんだ、洗えば涎も取れるから!別に変質するわけじゃないから!洗った後の水がだいぶ粘ついているのも綺麗になった証拠なんだから!