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「これだけ変えれば充分でしょうか?」
個人情報的観点での話である。竜胆さんは項目の数を指でなぞり、少し間を開けてから微笑んだ。
「もう少し変更しなければなりません。ご希望が無ければ私が調整させていただきますが、いかがでしょう」
ありがたい申し出に頷いた。これ以上何を弄れというのだろうか、もう思いつかない。竜胆さんは手早くウインドウを操作した。どう変わるのだろうかと眺めていたが一向に変化が訪れない。
「できました」
変化が解らないまま竜胆さんから完了が告げられた。何を変更したのだろうか?
「変更点を教えてくれますか」
「はい勿論です。花の顔をご覧ください」
おかしな言葉が聞こえたが、無視する。丁寧語だと勘違いしているのだろう、反応しないのが親切だ。覗き込んだ私の顔には泣きぼくろが付いていた。私の垂れ目を強調している。そしてどういうわけか紅が目尻に引いてあった。
「紅は止めてください。むしろ現実に近づいています」
急に物凄く見慣れた顔になってしまった。これは頂けない。心なしか残念そうな竜胆さんが紅を消し、その代りとばかりに全体的に線が細くなった。どうやら骨格か何かを少し弄ったようだ。
「いかがでしょうか?睫毛量及び長さを最大に変更し、けぶるような瞳を実現させています。また泣きぼくろで与える印象をかえてあります」
気づかなかったが睫毛も伸びているらしい。まあ前が見えればどうでもいい。竜胆さんの満足げな顔と言い、これで行こう。
「ではこれで決定してください。他にすることはありますか」
「はい、キャラクターの素体が決まりましたらここから種族を変更します。現在は人族に設定されていますが、人族とはいわゆる汎用型のステータスですね。不得手がない代わりに得手もありません」
続く説明によれば、魔法を使いたければエルフ、妖精、魔族に、生産したければドワーフ、獣人の内の猿型に、武器を使いたければ竜以外の獣人に、武器を使わず闘いたいなら竜型の獣人を勧めるとのことだった。
「あくまでも傾向として、ですが。高等な魔法や生産、特殊な武器等は必要なステータスも特殊なことがままありますので、一概には申し上げられません。また何になるか解らない代わりに、通常の選択には表示されない種族も選べるランダム選択と言うのもございますよ」
竜胆さんの勧めに従おうと思ったのだが、ランダムと言うのは心惹かれるものがある。聞けば最大3回挑戦出来て、気に入らなければ通常表示の種族限定で変更も利くとのこと。まあやるだけならタダである。
1回目。狐の獣人。髪と同じ色の耳が生え、ふかふかした尻尾が魅惑的に揺れている。しかしこれは通常表示の種族であるためリトライ。
2回目。額から一本角が生えた。よく見ると唇の端に牙があり、爪が長くとがっている。魔族の中の鬼族らしい。これも通常、リトライ。
3回目。線の細い体型に磨きがかかる。しかし局所的な肉付きが現実と乖離した。心なしか瞳が潤んでいて、唇の赤みが増したように思う。
「あら、これはレアですね」
と竜胆さん。全体に人間にしか見えないが人ではないらしい。
「ニュンペーです」
ニュンペー、ニンフともいう。下級女神とも妖精とも精霊ともいわれる存在で、若く美しい女の形をしている。居る場所により、海精、樹精、冥精など特性と名称が変わる。確か、ニンフォマニアの語源でもあるんだったか。
「そのニュンペー?」
「はいそのニュンペーです。おめでとうございます」
どこら辺がおめでとうなのか全く分からない。別にゲームの中で助平になろうとは全く思っていないのですが。
「利点が全く分からないのですが」
「それもそうですね、ご説明いたします。ニュンペーは系統としては精霊のニンフに属しています。この二種は∞世界では似て非なるものとお考えください」
なるほど、なんだってマイナーな方の名称なのかと思ったら通常とレア扱いと二種類いるのか。
「ニンフは己の属する環境を設定しなければなりません。水と親和性の高いナイアス、樹木と親和性の高いドリュアス、死と親和性の高いランパスの3種がありますね。いずれかを選ぶので、どうしても苦手な属性が発生します」
ニュンペーはニンフの上位互換だと考えてくれていい――と竜胆さん。しかし死と親和性が高いというのはどういう状態なのだろうか。死にやすいのか?
「まず精霊であることから魔法に適性が発現します。そして環境を苦にすることがありません。火の中水の中どんと来い、ですね。溺れたりもないです。おまけに手先も大変器用です」
「あーそれはニンフ由来ですか?」
その通りだって。ドヤ顔で頷く竜胆さん。まあ男さらっていたしちゃう精霊だか女神だかだし、ぶきっちょでは話が進むまいが。
「それにそれに身体能力もニンフは貧弱ですがニュンペーはさすが下級女神だけあって高いのですよ、汎用型ではなく万能型なのです!先天スキルも一般の種族より多いですし、精霊方には珍しく鉄に拒否反応も起こりません、精霊でありながら闇属性にも通じることができ――」
「ええと。すこし、待ってください。口を閉じて」