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芋虫系が苦手で想像力の豊かな方は、ご注意ください。
さて、お昼時である。砂漠に突っ立っていても事が進むわけはないので、暑くなくて邪魔の入りづらそうな場所を探すことにした。∞世界における白蛇の生態を考えなければならないのだ。そろそろ現実では日付が変わる頃だが、食事の見当がついてもないのに就寝出来るほど無責任ではない。
「お邪魔だったら謝ろう」
困った時の精霊さん、である。そういうわけで私たちはニノース谷を上流に向けて進んでいる。本当ここはいつ来ても寂れているなあ。採集品が少ないからだろうか。
「うーん、まあ。塊肉を嫌がるんじゃあちょっと自分に自信無くしますね」
イルは崖の上に跳び上がって少し高いところから景色を楽しんでいる。残念ながら私は亀ちゃんが高いところを怖がったので道沿いだ。と、肩を2度踏まれる。亀ちゃんが何か言いたい時の合図である。
「――精霊。精霊。助力。不思議」
「うん?私は精霊歴が短すぎて無知なんだよ。だから先達に助言を貰おうと思ってね」
肩乗り亀ちゃんの素朴な疑問に答えつつ――ちなみに蛇ちゃんは私の首にくるりと巻き付き、余りは背中に流れている――さあ、もうすぐ精霊さんと王山椒魚の滝壺だ。
「こんにちは、精霊さん」
「ばあちゃーん」
二人並んで二拍二礼し、声をかけると精霊さんが水面から現れた。金の斧の女神みたいだ。胸にはしっかと王山椒魚が抱かれており、脂下がったニヤケ面を晒している。
「まあ辰砂ちゃんとイルちゃん!今日は新しいお友達を連れてきたのね、可愛いわねえ。精霊器を全然使ってくれないからちっとも会えなくて寂しかったわぁ」
本日もまことに美しい精霊さんがにっこにこで立て続けに色々な話題を口に出され、私達は新婚さん(?)に気を使った結果が裏目に出たことに気が付いた。
「すみません、精霊さんのご都合も考えずにお呼び立てするのはいかにも気が引けて……」
「いいのよ、そんなの気にしなくて。何しろ精霊器で呼び出されると、私が二人になった気がして面白いんだから。たまにはおばあちゃんにも冒険を味あわせて頂戴な」
ええ?予想外のコメントである。二人になる、と言う事は精霊さんご本人を精霊器で呼び出すと言うわけではないようだ。召喚システムの詳細には精霊を召喚することが可能になる、とだけ記載されていたか。成程、そのもの全てを引きずり出すとは書いてない。
「それでは、今後は気兼ねなく使わせていただきますね」
「ええ、是非そうしてね。楽しみにしてるのよ」
精霊さんに渡している装身具に魔力を充填し終えて、私は早速今日の要件を説明した。即ち、白蛇の食事である。塊肉を受け付けない話を聞いて、精霊さんはさもありなんと言ったお顔で頷いた。
「砂漠で生きていたんでしょう?皮も毛もないお肉なんて食べたことがないんじゃないかしら。ご飯だと思えてないんじゃない?」
言われてみれば至極ごもっともであった。砂漠に多いのはやはり虫の類であろうし、そう言えば砂漠にはファングラビットなんて生息してなかったのだ。うーん、しかしそうすると手持ちの中で虫の類――ん。ストレージに唸っているアレは、そう言えば虫であった。
「蛇ちゃん、これはどうかな」
集めに集めたストレッチワスプの蜂の子である。それに持て余している蜜女王の乳を垂らして、地面に降ろした蛇ちゃんの前に木皿に乗せて提供してみた。蛇ちゃんは舌をしきりに出し入れしている。確か蛇は舌で匂いを感じるんだったかな。
しばし匂いを確かめ、蛇ちゃんは蜂の子ににじり寄った。そしてそれまでの慎重な動きから一転して獲物に食らいつき、丸呑みした。流石∞世界、一瞬で消化したのか蛇ちゃんの腹は全然膨らまない。物欲しそうに皿を探っているので、まだ欲しいのだろうと解釈して欲しがる限り与え続けることにした。
途中で腹減ったと主張する亀ちゃんにも薬草類やら余っていた果物やらを与えまくり、イルに呆れられたのはご愛嬌である。薬草は半分残しているんだから許してほしい。こちらにも王乳をかけてみたのだが、亀ちゃんがとても酸っぱい顔をしていたのが面白かった。亀も案外表情豊かである。