195
しばしの雑談を終えた私たちは夜明けとともに別れた。おふくろさんはこれから魔法道具店で家の制作と納品らしい。おふくろさんは鍛冶も大工も受注生産がほとんどなので、コンスタントな現金収入はありがたいのだそうだ。
「辰砂ももっと大きい家が欲しくなったら言ってくれな!木造限定だけど2階建てまでなら作れるから」
と明るい顔で言ってくれたおふくろさんであったが、二人に今の平屋は十分すぎるので、おふくろさんが内装も手掛けるようになったらお願いすると思います。
さて次は、カリスマさんにメッセージをお送りする。返事を待つ間に私は砂漠の薬草集めをしようかな?薬学辞典第1巻には採集場所別に自生する薬草の一覧が付いているので便利である。
「辰砂は薬草集めですか。このあたり敵弱いし、俺は編みぐるみの手直ししようかな」
イルが肩をすくめてふわっと浮いた。地上3メートルほどの所まで上がって手芸セットを取り出している。そうしながらも魔物に雷が落ちているとか、もう意味が解らないレベルに達している。
解らない事を考えても仕方ないので、私は岩陰に生えている二枚羊歯、点々と生えている隔靴掻葉、麦不要、青縁の実、鈍感豆水仙人掌その他諸々を這いずり回るようにして採集した。どれもこれも地面に沿うように生えているので立ち上がるのが面倒だったのである。
「しかし砂漠に麦が生えるとは……ファンタジーだなあ」
そんなこと言えばシダ類もブルーベリーも本気の砂漠には生えている筈がないのだけれど。こればっかりは仕様だからと納得させて、次々と豆の鞘を切り取って袋に入れる。鈍感豆は1本見つけると沢山採れるので楽だ。
「……んー?辰砂、この辺にしては大きくて強そうなのがこっちに来ますよ」
無心で作業を続けて数時間、すっかり日も高くなった頃合いでイルからそんな声がかかった。強そう?
「別に用事はないなあ。きりも良いし、逃げ帰ろうか」
「そうします?ただ、何となくこっちを狙ってる感があるんですよね。一直線なんです」
「おや」
それはいけないな。トレインになりかねない。じゃあ、別に用事もないけど戦おうか。
「地中を進んできてるんで、辰砂も浮いた方が良いですよ。出てくるときに巻き込まれそうです」
イルがとても大事そうなことを言い、私は即座に飛び上がった。激突も丸呑みも御免である。待つ事数分、砂が海面よろしく盛大に飛び散り大きな影が全貌を現した。こんもりと丸いシルエットのそれをしばらく眺める。
「……陸亀だ」
いや、わかっていたけどね。丘みたいな甲羅がすいすいこっち来ているのだから亀以外は考えづらい。つぶらな瞳の直径は50cmまでいかないか?元のイルより大きい生き物は鷹龍さん以来だな。
「動きませんけど今のうちに殺りましょうか」
結構物騒なイルの提案であるが、結構可愛いしできれば友好的にいきたいので却下しておこう。なぜかイルが天を仰いでいるが、戦いたい気分だったのだろうか?
「好みが広すぎて手に負えない……」
「何?」
「いいえ何でも」
手に負えないって何の話だろうか?この亀そんなに強いのだろうかと思いつつ、何気に頭の上にとぐろを巻いている小さな蛇も観察してみる。白蛇だ、縁起が良いな。
「あの。何か御用ですか」
しばらく互いに沈黙を保っていたのだが、本当に何も起きないので仕方なしに口火を切った。亀も蛇も私達をじっと見ているだけなのである。急いで来た割に暢気なものだ。
「――龍。蛇。保護。希望。白。脆弱。砂漠。危険。依頼」
亀がゆっくりゆっくりと首をめぐらせた。そうして私の口から満を持して出て来たのは端的な――と言うより単語の羅列である。龍、はイルだろうし蛇は白蛇の事だろうし言いたいことはなんとなくわかるのだけれども。
「その子蛇を保護しろって言うんですか?何だってそんなに肩入れするんです」
イルが心底不思議そうな顔で尋ねた。確かに、親子と言うわけでもないのに何故だろう。
「――拾得。空腹。与。仙人掌。不食。困。蛇。食物。不理解。発見。龍。来々」
「えーと、拾ったその蛇が仙人掌を食わなくて?龍なら何食べるか解るかと思って来たってことでいいですか?」
「――是。依頼。依頼」
イルのざっくばらんな解釈に亀が肯定を返して(私の口なのだけど)、イルははっきりと困った顔をした。
「俺たち龍は魔力で生きてるんですよ。蛇って卵とか蛙とか虫とか鳥とか食べるんでしょう。龍だからって理由に意味が見いだせませんよ」
「――其処。何卒。龍。希望。亀。御伴。面倒。無」
あ、今のはわかったぞ。そこを何とか、もしご希望なら亀――つまり彼自身――も付いて行くよと言っているのだ。是非ともうんと言って欲しい。イルがこちらをちらっと見て、何やら諦めたような顔をした。
「……亀、あなたは小さくなれるんですか?人の掌くらいまで小さくなれるんなら、両方まとめて面倒を見てくれるとこの人が言っています。いいですか、俺じゃなくてこの人ですからね。俺のパートナーに失礼な真似をしたらすぐ放り出しますよ」
ぶすっ垂れた様子のイルがつけた条件に亀は頷き、蛇が心得た様子で地面に降りた。見る間に亀の輪郭が解け崩れて縮み、残ったのは小さな蛇と小さな亀である。可愛い……。
「――精霊。合格。不合格。不明」
あんまり可愛いので地面にしゃがんで見つめていると、亀の方から話しかけられた。喋っているのは私だけれども。いや勿論合格ですとも!
「亀さんも蛇さんもこれからよろしく」
了承を得て2匹を持ち上げ、にやにやする私をイルが白い目で見ているのは気のせいに違いない。可愛いなあもう!
これが、急展開。