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調子に乗って作れるものをあれこれ作っているうちにおふくろさんから返事が届いていた。受け取りに行くのでどこかで待ち合わせしないかと言う事であった。しばし考え、もし徹夜コースならニーの街の神殿でこれからではどうかと送る。今度は即座に返ってきたメッセージには了承の旨が記載されていた。
「でーきた」
あれこれ散らかした部屋を簡単に片づけている間に、イルも初めての編み物を完成させたらしい。何を作ったんだろう?さりげなく背を向けられていて、結局作品を推測することはできないままである。
「もう見ていいか?」
「いいですよ、はい」
きちんと糸の端をまとめて始末し、イルが誇らしげに掲げたのは……手のひらほどの服を着た水色の熊に見えた。あれ?最初真っ直ぐに編んでなかったっけ?
「編んだってほどけるのがいいところですよね。これはこうやって作ろうって決めたので、これでいいんですよ」
にっこにこのイルが編みぐるみを私にくれた。というかこれ、グレッグ先生に見えてきてしょうがないんだが。
「ありがとう。良く出来てる、初めての作品とは思えないよ。もしかしてグレッグ先生がモデルなのか?」
「えへへ、あ、わかります?先生そのままだと色が足りないので、白衣の雰囲気だけ残して可愛くしました」
うん、可愛いよ。イルの見た目からは全く想像できない乙女感漂う作品になっている。首の付け根からどこかに引っかけられるように組紐も取り付けられているし、よく見たら目は黒瑪瑙である。イルの潜在能力が恐ろしい。
「しかし、何処につけようかな……」
普段私は鞄を持っていないので、上手い事括りつけられそうな場所が無いのである。うーん。ベルトにつけてもいいが、ローブが上から被ってしまって見えないのではつまらないし。貰ったものは身につけたいのだが良い場所が見つからないな。
しばらく考えたが、せっかくなら機能性も持たせたい事に気づき、イルに何点か仕様を変更してもらうことにした。せっかく作ってくれたのに申し訳なくもあるが、使ってくれるならその方が良いとイルはご機嫌な様子だったので一安心だ。
「また出来たら渡しますね」
「ありがとう、大事にするよ」
と言うやり取りの後、なぜかしきりに角辺りを揉みこむイルとニーの街に移動した。おふくろさんは既に来ていて、待たせてしまったらしいことに焦る。
「すみません、遅れてしまって」
「ああ、大丈夫大丈夫。二人とも元気そうだねー」
相変わらずおふくろさんはやんわりした雰囲気のマスコット感である。鶴嘴を背負っているあたり実にあざとい。早速ポーション類のやり取りを行う。302000エーン也。
「助かるよ、相変わらず薬品店は品薄すぎて。特に俺はマナポーション必須だからさ」
今回はきちんとお金を頂いて、今回も良い取引が出来た。ついでに近況を聞けば、おふくろさんは近頃一人で修行場のⅨに挑戦を繰り返しているらしい。
「何か近頃サンの街の魔法道具屋から指名依頼が入ることが増えてさ。辰砂に作った家に似た感じの動かせる家を納入してるんだ」
とは言え大工仕事ばかりやっているとそのうち行われるはずの武闘祭に向けたレベリングが捗らないので、近場で修行しているらしい。次は入賞すると意気込んでいた。
「今使える鉱石類もほとんどマスターしちゃったし、ほんとアップデート待ちなんだよなあ」
流石廃人は言う事が違うなあと感心しつつ、そうなんですねと相槌を打っているとおふくろさんが手をポンと打った。
「そう言えば、近頃瓶が硬くて割れないって話は聞いた?昨日だったかな、薬品店でプレイヤーが揉めててさ、今まで割れてた瓶が割れなくなって困るって騒いでたよ」
何か知ってる?と話を振られ……心当たりしかない。それは多分、いや確実に硝子の原材料のせいである。
「割れなくなったと言うのなら、瓶が頑丈になったんでしょうね。えーと少し前に私の知り合いの硝子屋さんが材料が入らなくなって困っていたんですがどうも解決したらしいのでその辺りに原因があるんじゃないですかねえ」
一息に言いきってから、今のは我ながら不自然だったと思った。明らかに誤魔化しにかかっている感があった私の言い訳は、幸いなことに追及されることはなかった。おふくろさんが大人なのか、本当に気付かなかったのかはご本人のみぞ知る。