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日没近くに住民の家を訪ねるのは不躾なのかそうでもないのか怪しいラインであるが、こんな腑に落ちない感じを抱えて次の日を迎えるのは落ち着かないので構わず訪問することにした。
「どなたですか」
教えられた家の戸を何度か叩くと、息子さんなのかお婿さんなのか、受付女性と同年代の成人男性が出て来た。一度会釈をしておこう。
「突然の訪問失礼いたします。私は調薬師の辰砂と申します。ギルドにお勤めの女性から、気になるお話を伺いましたのでこちらを訪ねました」
「リエから?おふくろの事か……?何だってんだ」
「こちらを」
地図と一緒に受付嬢が言付けを書いてくれていたので、それを男性に見せる。受付嬢はリエさんと言うのか、あれこれ聞いておきながら名前も知らなかった。
さっと目を通した男性が眉間に皺を寄せつつも私たちを家に招き入れてくれた。どうもこの男性も何か思うところがあるようだ。
「……本当に見つけて来たのか?本物なのか?」
「ええ。自分で探してきましたし、ギルドの検品も通りました。私は修行中の調薬師なので、お母様を診察することはできないのですが、お薬の方なら僅かなりとお手伝いできる事があるかもしれないと思いまして」
人物の容体を確認するスキルを私は持っていないので、お母様をいくら見たって全然わからないのである。鑑定を進化させていった先にはあるかもしれないが。男性はそうか、と呟くと奥の部屋へ続く扉を開いた。
「近頃おふくろはあまり起きないんだ……今も寝てる。静かにしてくれよ」
今診察しないって言ったじゃない、と内心のツッコミを押し殺して私は男性の後に続いた。部屋が薄暗いせいなのか、こけた頬がくっきり影を刻んでいていかにも衰弱している初老の女性が眠っている。
そろりと手首を持ち上げてみると枯れ木のような細さと軽さであった。皮膚も乾燥しきっている。と、お母様の枕元のチェストから男性が小さな布袋を取り出した。
「これが毎日飲んでいる薬だ」
一粒だけ摘み出して、掌の上に乗せてくれる。さっと【鑑定】をかけてみた。
『ごみ丸薬 等級Ⅰ/品質F 調薬に失敗した丸薬。失敗により蓄積・持続型のHP毒を持つが、極めて弱い。10粒摂取毎に12日間10ダメージ』
絶句した私の肩をイルがそっと押した。そ、うだな。今彼に事実だけ言っても事態は全然改善しない。とりあえず丸薬を握りしめて居間と思しき部屋まで戻る。
「……何かわかったか?」
男性が落ち着きなく机を指で叩いた。何かしらの改善が見つからないか、彼だって藁にでも縋りたいのだろう。ええとしかし。
「足りない材料は私が集めましたから、明日からは代用品ではないお薬を飲むことが出来る筈ですよ。今日はこちらではなく、一旦効果を消す為にこちらを飲んで頂ければと。『気分ハツラツ』と言う物で、異常解除の効果が有ります」
とりあえず、お母様が発症している筈のHP毒を解毒してもらおう。息子薬師が糞なのか別の何かなのか調べなければ、言うに言えない、これが微弱な毒だなんて。動揺する私をよそに、男性は安心したような顔をして受け取ってくれた。
「そうなのか、……よかった」
よしここだ。すかさず要求をねじ込む。
「あのうもしよろしければ、こちらの丸薬を作られた方とお会いしたいのですが。ぜひ意見を交換したいんです、お名前など教えて頂けませんか」
自分では自然に切り出せたと思うお願いは快く引き受けて頂けた。息子薬師の名前はトウエモン、住居はこの家の真裏。よし、このまま突撃しよう。
「では、お邪魔しました」
夕飯時でもあるしそそくさとお暇して、件の薬師のお家前まで移動。悪者だった場合を考慮して糸を展開、水を呼び出し。イルは陰に潜んでもらい、私が下手を打った時のフォローに入ってもらうことにした。
「ちょっとやりすぎなんじゃないですか」
「用心するに越したことはないだろ」
戸が開いた瞬間山賊が飛び出しても大丈夫なくらいの備えはできたかな?よし、では戸を叩こう。
「はい、どうされましたか……どちらさまで?」
出て来たのは住民には珍しく私達には見慣れた顔の中年男性である。トウエモンと言う名前と言いアジア系の顔と言い、訳有り感満載であった。
「少しだけ、お話を伺いたいのです。材料の足りない丸薬の事で」
「……辰砂、顔が悪いですよ。抑えて抑えて」
イルの失礼なツッコミを受け流して、私はトウエモンを押し込むようにしてお家に侵入、じゃなくてお邪魔したのであった。