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夕方になったし、次の巣で切り上げる事にして見つけた巣は今までの物より遥かに巨大な巣であった。軽く2倍以上あるけどほんとに同じ種類なのか?出入りする働き蜂はストレッチワスプにしか見えないが……。
少し迷ったけれど、【魅了】が問題なく通るのでとりあえず働き蜂を視界に収めることに集中した。同じように代表蜂に話しかけて乳を分けてほしいと頼む。
「――大キイ女王様ニゴ飯アゲタイ!小サイ女王様ガ良イッテ言ッタラアゲラレル!大キイ女王様、小サイ女王様ニ聞ク!」
相変わらず私は巨大な女王蜂扱いであるが、ここで今までなかった回答が返ってきた。今までの蜂たちは私を女王だと誤認していた、筈である。ところがこの蜂は元々の女王と別に私を認識しているのだ。見た目の差は解らないが、明らかにこの巣の蜂の方が賢い。
「そうか、わかったよ。ちょっとお伺いを立ててみよう」
とは言え、巣の外から話しかけるわけにもいかず。結局謝りつつ巣をバラした。そそくさと巣を拾い集めて――糸まで駆使した――残った女王蜂の部屋をしげしげと眺める。全然中が覗けないってわけでもないんだな、だって中から働き蜂の5倍くらいありそうな大きな頭がこっち見てるもの。
しばし見つめ合う。女王様は巣を作った後は移動がほとんどできないのだ。【魅了】が通ったかはよく分からないけれど、【精神感応翻訳】が仕事してくれればありがたい。
「突然巣を壊してしまってすみません。『蜜女王の乳』を分けて頂きたいのですが良いですか?」
話しかけて、女王は首を傾けた。それから反対側にも傾く。
「――お主、前も来たろう。大きな娘たちを誰も殺さなかった珍しいヒトだ。今日は乳が欲しいのか」
おや。今までより随分流暢な話し言葉である――出てくるのは私の口からだけれども。女王が口を閉じたので、私が喋れるようになった。
「そうですね。私は巣が欲しかったのですが乳も頼まれまして。全部頂くとお困りでしょうから半分ばかり頂けたらなと」
「――構わんよ。今回も大きな娘たちは元気なようだ。妾と大きな娘たちが無事ならそれ位は構わん。妾達を殺して乳を奪う年老いたヒトが近頃来ぬ故、仲間も随分増えたことだしな」
ん、何か重大そうな情報を得てしまった気がする。女王には手を出さないのがマナーの筈なのに、乳集めの為に女王まで殺す年寄りがいたと言う事だろうか?来ないとはどれくらいの期間の事だろう?
「ちなみに、近頃とはどれくらいかわかりますか?」
「――そうよな……大きい娘たちが死に絶える時が2、いや3度来たかの。女王を殺された大きな娘たちは近くの仲間の巣に知らせるが、何も来ておらぬのだから、老いぼれが来なくなったのであろ」
成虫が全滅すると言えば冬だが。えっこの世界って季節あるのか?設定的な話だろうか?若干混乱しつつも一応お礼を述べる。
「ありがとうございます。私たちの間では女王様には決して触れぬようと教わりました。そのような礼儀知らずがいるとは露知らず」
女王様は触覚をピコピコ動かした。蜂の顔って結構可愛いと思うのは私だけだろうか。
「――娘全てが同じ方を向くわけではあるまい。お主も大きな娘であろ。……ぬう、お主がかわゆく見えてきた。これ以上はいかぬ。妾はお主と永き友になりたい、頭を垂れるような仲にはなりとうない。疾く去ね、そしてまた来るが良い。大きな娘を傷つけぬ限り、妾はお主を迎えよう」
なんと、これほど長い間話していたのに女王様は【魅了】にかかっていなかった。しかも、自分がおかしくなる兆候まで察知できるとは、全く只者ではない女王様だ。おまけに素の状態で友達になりたい的なお言葉まで頂戴してしまった。
「ありがとうございます。では、また参ります」
ちょっと簡単だが再会を約束して、私は巣に背を向けた。多分これで魅了効果はリセットされたはずである。ただ、乳集め出来なかったのがちょっと惜しかったかな。恰好がつかないのでもう言わないけど。しかしあの女王様絶対にただのストレッチワスプじゃないと思うんだけどなあ。これも、また次回、か。忘れませんように。