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「こんにちは、冒険者ギルドゴーの街支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
今日はイルを口説こうとする彼女がいないようだ。イルの気配が穏やかになったところで昇級試験の手続きをお願いする。
「ええと、そうですね。辰砂様はこちらでご依頼を受けたことがおありではないようです。他領でⅣ階級になってらっしゃいますから当領でもⅣ階級としてお取扱いいたします。しかし当領での実績が全くございませんので、幾つか依頼を受けて頂く必要があります」
今までと少し違う説明を受けて得心した。そうだ、フェンネル氏がそんなこと言ってたな。ここはアンカトル伯爵領ではなくてサンクヌフ侯爵領なのだった。了承を告げて、手ごろな納品依頼を探してもらった。
しばし後。納品依頼としてはゴノース森のパラミリピードの脚、ビッグパリキートの筋繊維、ストレッチワスプの幼虫と蛹の納品を請けることが出来た。パラミリピードは巨大ヤスデ、ビッグパリキートはゴカイである。それぞれおふくろさんの仮面作りの副産物だ。蜂の子も使い道が無くてあぶれていたし、一安心である。
「はい、ありがとうございました。ですが、残念ながら昇級試験を受けるには少しだけ貢献度が足りません。そこで、普段はお勧めしないのですが、これだけのストレッチワスプの納品をこなす辰砂様なら完了できそうな依頼がございます。お話だけでも聞いていかれませんか」
「え、ええ。わかりました」
随分物々しい依頼のようだ。受付嬢の表情が硬い、そんなに危険だったり厄介だったりするのだろうか……まあ、聞くだけならタダだ。
「ありがとうございます。ストレッチワスプ達は普段蜂蜜を集めて暮らしているのはご存知ですか?」
いいえ?まあ、蜂の形が蜜蜂系だったのでそうだろうなとは思うけれど。前回は残念ながら蜂蜜は入手できなかった。と言う事は、蜂蜜を集めろと言う事になるのだろうか?
「彼らは極々稀に、蜜よりもずっと栄養のある『蜜女王の乳』と言う物を蓄えていることがあるのです。それもほんの僅かな量なのですが……これは、それを納品して頂く依頼です。量は問いません、何しろ見つかることが本当に稀なので。また、この依頼は特例として、達成できなくても一切のペナルティがありません」
説明を聞き終えて暫し黙考する。見つかる見込みの薄い蜜女王の乳、だが見つからなくてもペナルティは無し。ついでに巣を集められることを思えば、今日中にⅤ階級になれないかも知れない事は大したデメリットでもないか。よし、請けよう。
「わかりました。見つかるかわかりませんが探してみます。ただいつまでもかかりきりにはなれないので、本日日没までを期限とさせてください」
「う。そうですよね、わかりました……」
あっちゃー、みたいな顔をしている受付嬢。もしや見つかるまでやらせるつもりだったのだろうか。案外腹黒いなこの人、油断してはならないタイプなのか。
「……はい、では受注手続きも完了いたしましたので、行ってらっしゃいませ。是非、とも!よろしくお願いいたします」
深々と下げられた頭に、込められた熱意が垣間見えた。何だってそんなにこの依頼に固執するのか不思議だが、完全に藪蛇なのでつつくまい。足早にゴウエスト林へ向かう。
「ねえ辰砂、あんまり探す気ないでしょう?何だか彼女すごく必死でしたし、蜂以外は俺引き受けますから辰砂は一生懸命探してあげて欲しいんですけど」
えっ何でばれたんだ。思わず横を見るとイルと目が合った。
「そんなわかり易かったか」
「彼女は気付いてないと思いますよ、辰砂が巣を集めてるのも知りませんしね。単純に期待してる感じでした」
む、そう言われると心が痛い。期待を裏切るのは私としても本意ではない。特に、今日誠実さの塊みたいなどこぞのおっさんを見かけたばかりでもあるし。
「わかったよ、巣集め:乳探しを9:1で考えてたけど逆にしておく」
まあ、当てがないわけでもないし。蜜女王の乳ねえ。名前がわかり易いだけにあたりも付けやすい。イルがほっとした顔で頷いたので、試すだけは試してみようか。