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さて、Ⅳ階級への昇級試験はとても簡単なものである。幸いギルド長は所用とやらでお出かけ中らしく、私は実に真っ当な試験を用意して頂けた。
「サトヤマタヌキの玉袋の納品ねえ」
真っ当な依頼だからね、言っておくが。品物がちょっと微妙な名前なだけである。何に使うかは一切不明だが、とにかくシサウス山のボス狸を周回すればそのうちドロップするだろう。一度倒したことはあったが残念ながら持ってなかった。
「あんまり触りたくないですね、玉袋なんて」
「それは否定しないな」
くだらない話を続けつつ、現在5週目。一度山から出れば復活するので、倒してドロップ品を確認後山を出て折り返す、と言うのを繰り返している。
「ふん、ぬっ」
一度飛び上がって加速をつけて首に着地。【暗殺】が仕事をしてくれて、あっさり勝利である。ドロップ品を確認するも、残念ながら玉袋は存在しなかった。うーん。
「もいで倒さないといけないとか、条件があるのかもしれないですね?」
「かもなあ。次は糸でもいでみようか」
「それがいいかもですね」
山の麓で折り返し。ちなみに移動はずっと【飛行】を使っている。何故なら、徒歩だとつい山菜取りに励んでしまうからである。急ぐときは宝物は視界に入れてはいけない。
「じゃあ、俺が気を引きますから辰砂はもいでくださいねー」
イルが手を振り、タヌキに突進した。タヌキの体当たりを華麗にかわし、尻がこちらを向くように誘導してくれる。あんまりじっくり見たいものでもないので、手早く糸を該当箇所に巻きつけて一度息を整えた。せーの!
途端、悲痛な叫びが響き渡った。ばったり倒れたタヌキの嘆きはあまりにも聞くに堪えなかった為、素早くとどめを刺しておいた。タヌキよ、すまん。君の犠牲は忘れない。幸い今のでドロップしたからもうやらないからね。
ギルドに玉袋を納品して、晴れてⅣ階級に昇進できた。受付嬢がホクホクしているのは多分気のせいではない。ちなみに用途を聞いてみたら、好事家がクッションを作るのに使いたいのだそうだ。∞世界にも色んな趣味の人が存在するらしい。
無事に昇級できたし次はゴーの街に行こうかと受付嬢に別れを告げたところで、ギルドの扉が開け放たれた。勢いよく入ってきたのは会いたくなかった人物である。
「ただいまー!んーもう父上ときたら勝手なんだから!僕は今日はお出かけの気分じゃなかったのにさー、まあ素敵な付加守貰っちゃったからまあいいけど……っひゃああああ!ひひひ酷い糸使い君じゃないか!元気かい」
ずかずかと進んできたギルド長は受付嬢に向かって挨拶と愚痴を立て続けに喋り、ついでに私を見つけるや否や飛び上がらん勢いで驚愕し、失態を取り繕おうとして失敗した。ここまで10秒もかかってない。実に忙しい男である。
「……ギルド長もお元気そうで何よりです。どうもお久しぶりです、酷い糸使いです」
無礼極まりない呼び方をあえて繰り返してやると、ギルド長の顔色は更に悪くなった。無意識に呼んだのかこいつ。何とも失礼な話であるが、数えきれないほど足蹴にした覚えもあることだしこの辺にしておこう。
「ああギルド長とても良いところに!半年ほど放置されておりましたカワツテル様のご依頼が辰砂様のご活躍で解決いたしまして!さすがは戦う調薬師様ですと感激していた所なんです」
無難にその場を辞そうとしていた私たちの機先を制したのは、まさかの受付嬢であった。上機嫌な受付嬢の報告を受けたギルド長は、なぜかまた驚いて私の方を物凄い勢いで振り返った。
「戦う調薬師」
「はい、定例会議で通知されました戦う調薬師様です!硝子素材高騰を解決し、塩漬け依頼を嫌な顔一つせず鮮やかに解決して下さる素晴らしい方です!」
おうむ返しにギルド長が呟いて、受付嬢が私に胡麻を擦りまくった。信じられないと雄弁に表情で語るギルド長が、一度床に目を落とし、天井に目をやり、それからまた私の顔を見た。
「つまり君が戦う調薬師で、父上曰く有望な付加術師で、かき氷屋で、酷い糸使いで、名前が辰砂ってことなのかい」
「……有望と酷いと言う部分は否定しますが、まあ概ねそうです」
あと魔法道具職人と召喚師もやっている、絶対公言しないけど。これ以上噂されて堪るものか。固い決意の元に出した肯定の声を聞いた瞬間ギルド長が走って逃げだしたのは、私のせいではないはずだ。後ろに控えていた秘書の人が謝ってくれたけれど、それにしてもあの次男はメンタル面が脆すぎやしないだろうか?
「申し訳ありません、当ギルドの恥部が」
とか言われてしまっていたし、何ともリーダーシップに欠けるトップである。