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ギルドに戻って来てしばらく。緊急依頼を受けたものの中止になった2パーティがギルド長室に通されていったので、私達も完了報告を行うことにした。受付嬢がちゃっちゃと手続してくれ、問題なくギルドカードの線が3本に増える。
「今日はここまでかな。1回ニーに戻ろうか」
泊まるならやっぱり焼き魚と藻塩亭が良いのである。気心も知れてるし、一家皆が良い人と言うのはなかなか得難いように思う。イルも異論はないようで頷いてくれたし、さあとっとと行こう。プレイヤー達が出てくる前に。
Ⅳ階級に上がる為にはヨンの街の冒険者ギルドを訪ねる必要がある。が、神殿と言う便利な施設がある以上、焼き魚と藻塩亭を諦める理由にはならない。さっさと街を移動する。
伯爵家長男を警戒しつつ、何とか無事に焼き魚と藻塩亭に到着した。途中、お付きのロン毛……多分副官……の後姿を発見した時には焦ったけれど。幸い一人だったので路地に逃げ込んで事なきを得た。
「らっしゃい……おお、辰砂さんか。今日は早いんだな」
いつの間にやらさん付けで呼ばれる仲になれたイッテツさんが、夕食の支度をしつつこちらを向いた。こんにちは、今日は何ですか?
「今日はウンメーアジフライかマッサバの包み焼きか、ブレイドフィッシュのムニエルだよ。沢山獲れたからってんで格安で譲って貰えたんだ……なんかなぁ、手がかかる魚は売れねえらしくてよ」
アジフライと聞けば夕食を頼まざるを得ない。ウンメーアジ2人分を注文して、気になる魚の話をもう少し突っ込んでみよう。
「ウンメーアジって、そんなに小魚でもなかったと思うんですが、それも船で獲ってくるのに」
だって鯵だもの。おまけに陸から釣るわけでもなし、30cmくらいだろうか?確かイルが悩んでる間に糸で釣った奴はみんな30cm以上あったと思うんだが。イッテツさんが無言で取り出してきたのも同じサイズである。何が手がかかると言うのか。
「一人に一匹捌かないといけねえってんで人気ないんだわ」
「ええ……」
絶句、である。そんなこと行ったらコハダの鮨も、小鯵の南蛮漬けも、小鰯の唐揚げも、サヨリの刺身も、なんなら天ぷらも全滅である。
「マッサバは下手打つと身が崩れるってんで嫌がるんだな、んでブレイドフィッシュはとにかく平べったくて長いもんだから面倒だってんだろ」
イッテツさんが持ち上げて見せてくれたのはマッサバとブレイドフィッシュである。なお、そのまんま鯖と太刀魚の姿をしている。名前を知っているのはこれらも釣り済みだからだ。
「来訪者向けにマルヤキの塩焼きは人気があるみたいなんで、あれは小さくても良く売れるって聞いたがな」
ちなみに、マルヤキは秋刀魚の事だ。鱗を落として塩振って焼くだけなので、割とどこの店でも食べられるそうだが、あまりにも魚の待遇に差がある気がして悲しい。
「んー美味しい!ねえイッテツさん、お魚だけお代わりってできますか」
「ああ、良いよ。だけどウンメーアジは人気だからな、2回目は違う魚で頼むぜイルさん」
さすが本職、会話しつつも手際よく支度してくれた夕食を頂くことにした。考え事は一旦やめようとは思うのだが、ついつい不遇な魚の事を考えてしまう。そうしてその間にイルは3種類の魚を全部2皿ずつ食べていた。ほんとにイルはここの料理が好きだなあ。でも野菜もちゃんと食べなさいね。
私は1人前を、イルはお代わり5回分をゆっくり食べ終え、食休みを兼ねてぼんやりする。普段夕食を頼まないし、いつも人の多い時間帯を外しているので食堂がこんなに賑わっているのを見るのは初めてである。プレイヤーと思しき団体も住民っぽい団体も、お一人様も喜んで魚を食べている。
「食べる側は美味しい物が食べたい。作る側は出来るだけ簡単にしたい。難しい話になっちゃうよなあ」
リンダが屋台を終えて戻ってくるまでは、食器は各自で戻す必要があるらしい。いつの間にやら壁に張り紙がしてあった。お早い時間帯のお客様は、どうぞカウンターに食器をお持ちください――だそうで。綺麗になった机の上で、イルも頬杖をついて食堂内を見渡した。
「さっきのイッテツさんの話ですか?うーん、だけどそのうち安く、美味しくを両立させる誰かが現れる気がするんですけどね。みんなが同じお魚を使ってたらどこも変わんなくて人気も出ないんじゃ?」
「無難な物だと安定するけど大成功はしないからなあ」
野心溢れる誰かが頑張ってくれるだろうか?そう思うとそんなに心配することも無いような気がしてきた。どうせ本職でもなし、自分で食べる分だけ心配してればいいか。
「台所、楽しみだな」
「沢山作ってくださいね」
二人してニヤニヤしてしまいつつ、席を立った。この辺り実に以心伝心である。