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Ⅲ階級への昇格試験が何かと言えば、ざっくり言うとお守であった。引き受け手がおらず、厄介で、かつ取り下げを頼めないと言う途轍もなく碌でも無い依頼である。
「何だお前ら!偉そうな奴らだな!」
「坊ちゃま、この方々が坊ちゃまのお手伝いをしてくださる方々です!優しくしてあげて下さい!」
お子ちゃまと若造執事の組み合わせである。ええー。ちらりと受付嬢の説明を思い返してみるが、『①依頼人は金持ちの年の離れた末っ子で②冒険に憧れて度々依頼を出すが物凄く評判が悪く誰も引き受けない③おまけに親が甘やかしているせいで諦めると言う事を知らない』――なんて心躍らない情報だろう。
「あの人たち、辰砂が我慢出来ると思ったんでしょうか……?良いですか辰砂、相当感じ悪いお子様ですけどうっかり始末とかしちゃ駄目ですからね」
「イルは私の事を何だと思ってるんだ?」
いやそりゃ殲滅とか言っちゃうわけだし聞くまでも無いけど。それにしたって私が殺す時は殺さねば殺される時だけである。無軌道な殺人をしているわけではないのだ。失礼しちゃうのである。
「おいこらお前ら!僕を無視するな!名前くらい名乗れないのか、これだから貧乏人は全く!」
こそこそと囁き合ったり睨んでみたりしている間に坊やは私達に自己紹介するよう言っていたらしい。図らずも指示を無視した私達に坊やは再沸騰していた。何と火の付きやすい導火線だ。そして若造執事がおろおろする以外の役に立たなさすぎて笑える。アルフレッドさんの方が百倍は執事らしいし一億倍は有能だ。
「あー、失礼しました。私は辰砂。こちらはイルです。本日は砂漠薔薇の滴をご所望と言う事でよろしいでしょうか?」
このお守が特別人気のない理由の一つである。この坊や、身の程知らずにもあれこれ欲しい物を自分で手に入れたいと言うのだそうだ。街のすぐ側で採れるようなものにしとけば可愛い我儘なのに。
「ふん、何が目的かくらいは覚えていられるようだな!そうだ、僕は砂漠薔薇の滴が欲しいのだ!さあ連れて行くが良い!」
鼻息も荒くドヤ顔をした坊やを我ながら冷めた目で見降ろした。将来が心配になるレベルでお子ちゃまだが大丈夫なのだろうか。見た感じ十歳いかないくらいだろうか?こんなもんだったかなあ。
「わかりました。では早速西門に行きましょう」
果てしなく偉そうな坊やを先頭に、西門まで歩く。いくら偉そうでも普段全然運動してないのが歩くペースで丸わかりである。しかももう疲れてるし。これ多分砂漠まで保たないな。
最後尾をおろおろする若造執事は放っておいて、露店で目についた頑丈そうな木箱を1つ購入。丁度子供を4、5人放り込める程度のサイズでお誂え向きである。乗り心地のせいで煩いといけないので、隣の露店に置いてあった坊やと同じくらいの縫いぐるみも3つ購入して木箱に放り込む。いい具合に子供一人分の隙間が出来た。
「え、そ、それってまさか……」
おろおろ執事がおろおろしながら木箱を覗き込んだが、視線と笑顔で黙殺して木箱をストレージに仕舞った。そう、君の分は無いのです。頑張ってついてくるんだぞ。
「はあ、はあ、はあ、あれ!?馬車はどこだ!?輿は!?」
今日は西門が空いていてすんなり街の外に出られた。幸先が良いようで何よりだが、坊や的には息を整える間もなかったらしい。しかも砂漠に行くのに馬車が無いとか、馬車に乗っていく気だったのかい坊や。また人気のない理由が一つ分かってしまった。
「馬車も輿もありませんが、これ以上歩く必要もありませんよ」
一応言葉尻は優しめに気をつけつつ、ストレージから木箱を取り出した。坊やが何だそれとか言っているが構う事は無い。坊やの両脇に手を差し入れて持ち上げ、木箱の中に差し込んでやる。熊さんが3匹もいるからぶつけたりはしないだろう、うん。我ながら雑な仕事である。
糸でひっくくってゆっくりめに【飛行】を使う。イルは単独で【高速飛行】で先行させる。おろおろ執事を置き去りにして、ギルドで教わった砂漠薔薇の滴の取れる辺りまで移動した。1時間くらいかかったろうか?結構暑いので坊やには【冷蔵魔法】をかけておいた。
「遅かったですね」
「坊やがちびっちゃいけないからさ」
砂漠の上に木箱を降ろす。初めの方はぎゃあぎゃあ騒いでいたが現在はすっかり静かである。気でも失っているのかと思ったが、確認するたび頭の向きが変わっていたので意識はあるようだった。
「も、もう着いたのか?おい僕をここから出すのだ!」
熊ちゃんを抱きしめて周りを見ていたらしい坊やがはっとして偉そうに指示を出した。偉そうな顔は縫いぐるみを離してからした方が良いと思うが、何も言わずに木箱から出してやった。砂を踏んで坊やはふんぞり返った。
「さあ、砂漠薔薇の滴はどこにあるのだ?こっちか?あっちか?」
現在地は修行場から少しばかり南の地点である。しかしこの坊や、わかっているのだろうか?お目当ての物は地底湖の水底でしか採れず、たどり着くまでに地下洞窟を進まなければならない事を。
「おい掘っても出て来ないぞ!どうなってるんだ!」
まだ返事もしてないのに足元を掘ってみて見つからないと怒る坊や。これは絶対わかってない。イルとちらっと視線を交わして、とりあえず洞窟に案内することにした。洞窟に着くまでに坊やが力尽きたら今度は抱えて飛ぶつもりである。