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気を取り直して辿り着いたのはサンの街の冒険者ギルドである。やはりニーの街に比べるとこじんまりした建物の入り口側に木箱を降ろしてもらい、イルにお礼としてうさ耳林檎を進呈した。喜んで食べてくれる辺りまだまだ可愛いものである。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドサンの街支部へようこそ!ご用件をお聞かせください」
ここの受付嬢も非常に感じが良い。ゴーの街の彼女だけが特別なのかもしれないなあ。全然関係ない事を考えつつも、ニーの街から昇級試験の為、荷物を運んできた旨を告げる。
「あらまあ。随分お早いお付きでしたね。夕方頃になるかと思っておりました、では検品させていただいてよろしいでしょうか」
受付嬢に促され、イルが木箱を持ち上げた。物凄く重たいはずなのにイルがいたって涼しい顔なせいで、受付嬢が若干引き気味である。
「ええと、こちらの解体室にて検品を行いますね。真ん中あたりにポンと置いていただいて結構ですよ」
「わかりました」
イルが言われた通りの場所に木箱を降ろして、ごく自然に手を洗った。それにまた受付嬢がぎょっとしている、多分イルの事を筋肉系戦士だと思ったのに高等系水魔法まで使ったもんだから立ち位置が解らなくなったのだろう。
バーノン老師曰く、高等系と分類される魔法は使用者が自在に調節できるのだそうで。私の水の宰、緑の手、死の友人はどれもこれにあたる。ちなみに、イルの場合はスキル名だけは普通の水魔法だが実際には高等系の水魔法である。∞世界の魔法の法則ってよく分からない。
関係ないことをつらつら考えている間に木箱がこじ開けられ、中身が取り出されてゆく。インゴット、鉱石、あ。粘液玻璃が一山、見たことのない魔物の素材が出てきて打ち止めになった。これだけ金属やら石やら入っていればそりゃあ重たいに決まっている。感心しつつ、分類されて運ばれているのを眺めていると受付嬢が解体室に戻ってきた。
「検品が完了いたしました。受付へどうぞ、諸々のお手続きを行います」
どうやら試験には合格したとみていいようだ。当たり前か。大人しく受付嬢の後をついていき、さっき預けたギルドカードを返してもらう。おや、カードに一本黒い線が増えている?
「辰砂様は無事昇級試験に合格されましたので、ギルドカードが更新されております。元々線は一本でしたが、Ⅱ階級になりましたので線が二本に増えています」
受付嬢の説明に頷いて私はカードを一旦懐にしまった。またすぐ使うのでストレージに入れるのが面倒だったのである。
「それにしても、噂の戦う調薬師様がこんなに華奢な女性だなんて思いもしませんでした。ガラス素材を2000個以上一度に納品なさったなんて伺いましたから、もっとむくつけき男性かと勝手に想像しておりましたの」
にこにこしながらⅢ階級への昇級試験の手続きを進める受付嬢がそんなことを言い出したのでげんなりしつつ返答しておく。
「まあ、男ではないですし華奢であることも認めます。しかし戦う調薬師と言うのはごく内輪のあだ名のようなもので、皆様に呼んで頂くような類の物ではないのですが……」
くそう店主め。笑えない茶目っ気のせいで私が行く先々で恥ずかしいじゃないか。しかし受付嬢の笑顔は揺るがなかった。
「二つ名の始まりなんてそんなものですよ。精霊戯画様、融解剣舞様、吊られた抱擁様あたりがこの領内では有名ですけれども、いずれも他称が始まりだと言う事ですし」
さらっと受付嬢が述べたのは私どころではない恥ずかしい名前の人たちであった。う、うわあ。吊られた抱擁とかもうナニソレ感が尋常ではない。あんなに恥ずかしかったのに、私のは職業名くらいで本当に良かった、と思い直させる程度の威力である。
「へえ。そのセンスで行くと辰砂は殲滅あたりになりそうですねえ」
「やめろ。本当にやめろ」
間違って本当についてしまったらどうしてくれる。